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Praesens8:楠原姉弟の大仕事

引っ越しを終えた数日後。

仕事に戻った僕は、ふとした瞬間にあることを思い出す。

思い出したのは、お義父さんと初めて会った時の事。

こういうとき、大体いつも決まって…。


「あ、電話」

「あら、誰から?」

「お義父さ…和久さんだよ」


姉さんと仕事の話をしている最中、電話がかかってくる。

表示されている名前は「遠野和久」僕のもう一人のお父さんだ。


「ここで出ていいわよ。はい、メモ」

「助かる。もしもし」

『もしもし、成海君。今、仕事中かな』

「仕事中です」

『じゃあ、また夜にでも…』

「僕はほら、融通が利くのでお気になさらず。それよりも何かありました?」

『うん。この前、引越祝いで色々送ったんだけど…そろそろ届いたかなって』

「僕は見ていませんが…少し待っていてくださいね」


通話をそのままにして、スマホを操作する。

メッセージを確認すると、家にいる新菜から「実家から荷物来てる!ちんすこういっぱい!」と送られてきていた。

家には到着しているらしい。


「新菜からメッセージ来ていました。届いているようです」

『よかった。あ、この前の旅行の時に話していたキットも一緒に送っておいたから、暇な時に』

「ありがとうございます」

『いいんだよ。楽しんでね』

「はい。お祝いも含め、色々とありがとうございます」

『いえいえ。それじゃあ、また今度』


「はい。あ、和久さん」

『何かな』

「今日は平日ですし、和久さんもお仕事ですよね」

『ああ、そうだけど…』

「お仕事、頑張られてくださいね」

『うん!がんばる!』


本当に子供っぽい人だ。いくつになっても、関係が変わっても変わりない。

忘れっぽいけど、義理堅い。

仕事の時はその忘れっぷりは不在らしく、頼りになる存在だと、カオンに就職し、彼の部下として働いている祐平が言っていたな…。

一緒にいて、楽しい人だし…安心感がある人。

最初は寡黙で無愛想。新菜と真逆だと思っていたけれど…結構似ているんだよな。

子供っぽいところとか、一緒にいて楽しいところとか、安心感があるところとか。


「相変わらず仲いいのね」

「まあね」

「この前も、一緒に旅行に行ったんでしょう?」

「麻紀さんと新菜も一緒だよ」


「いいわね。なんで誘ってくれなかったのよ」

「麻紀さんに会いたかった?」

「久々にね。最後に会ったの、成海と新菜ちゃんが結婚する前にした顔合わせ?の食事会の時だし」

「それでも半年前ぐらいじゃないか?」

「半年会わなければ久しぶりになるのよ」

「それもそうか」


我が家の保護者ポジションである姉さんと遠野家のお母さんである麻紀さんは、初対面以降も連絡を高頻度でやりとりしていたらしく、新菜と美海を交えて女性陣だけで出かけたりとかもしていたらしい。

母さんとの思い出が少ない美海にとって、お母さんと過ごす時間は初めてばかりのことが多く、僕や姉さん、父さんには見せない甘えた姿を見せていたと聞く。


それだけじゃない。姉さんは新菜と本物の姉妹の様に二人きりで出かけたり、姉妹コーデなるものに挑戦したり好き放題している。

…僕の彼女を何だと思っているんだ。自分の妹か?もう義妹だけどさ。


「…何よその顔。嫉妬?」

「思い出すと、嫉妬したくなる部分もあるんです」

「新菜ちゃんとペアルックしないの?」

「…する」

「するならどこに嫉妬する要素があるわけ?」

「…姉妹コーデしたい」

「女装しろ、馬鹿野郎。新菜ちゃん喜ぶわよ」

「絶対喜ぶだろうな…」


『きゃー!かわいー!』

『最高だね!成海!ちゅちゅしよ!ちゅ!』

『もうこれは抱くっきゃないよね!今夜は寝かさないぜ!』

『でも脱がせるの勿体ないな…」


…なんでこう、碌でもないことは頭が回るのだろう。

こんな想像がすんなりできるんだ。期待している自分もいるわけで…色々と複雑すぎる。


「ふふふ」

「なんだよ、姉さん」

「ちゃんと新菜ちゃんとも仲良くやっているじゃないと思ってね」

「…まあね」

「ま、その辺りの心配はしていなかったけど」

「当然だ。心配されるような事にはなっていない」

「ならいいの。でも、仲良くしているのなら、あの子の体調にはちゃんと気を遣うのよ〜」

「勿論、お互い気にかけているが…」

「あら、やることやってんでしょ?それに結婚式挙げなかった理由もあるんだし、妊娠の兆候見逃すなって言ってんのよ」


「弟に忠告することか!?」

「身内の事よ!一番近い位置にいる人間に気にかけろっていうのは当然よ!」

「姉さんも大概新菜の事好きだよな…」

「あら?妹みたいに思っているわよ。超大事」

「…姉と嫁の間柄が良好過ぎることに、僕は素直に喜んで良いのだろうか」

「険悪よりはマシじゃない」

「そうだけどさ」


「それにあんたも大事。美海も大事。ちゃんと幸せになってほしいもの。多少の下世話と恨まれ事ぐらい、呟いたっていいじゃない」

「その下世話が込み入りすぎなんだよ…」

「ふふふ。姉心よ。迷惑でも受け取りなさい」

「へいへい…」

「ついでに仕事も受け取りなさい」

「あいよ…」


姉さんから用意されたのは、神栄市にあるホールの展示室で行う企画。

主催は巳芳ホールディングス…場所も主催側が持っているスペースのようだ。

この企画に沿って、作品を作れとの事らしい。


「…へぇ、合同展示?」

「即売会兼個展よ」

「…はい?」

「あんた、この前買い付けに来たお坊ちゃんのこと忘れたの?巳芳様」

「覚えているけれど…」

「彼が手を回してくれたのよ。「やっぱ実物見て買うの最高だわ。周囲にも買わせる」ってね」

「仕事が早くないか!?」

「ちょうどホールが空いていたし、機会は逃すなって感じでねじ込んでくれたみたい」

「うっへぇ…」


「そもそもね、成海。あんたは自分を無名だと思っていたみたいだけど、あんたの作品撮影で組んでくれている子の影響で、そこそこ名前が知られていたらしいわ」

「…悠真君?」

「そ。あの子、巳芳様と一緒にいた卯月さんに聞くまで知らなかったけれど、幼少期から賞総ナメ系らしいわね」

「もう十年近い付き合いがあるのに知らなかった…」


仕事は確かに一流だし、作品交換だけで受け入れてくれるレベルの人だとは思っていなかったし、互いに大人になってからはちゃんとお金のやり取りを行うようにしたが…。


「もしかして、そのお金も安すぎる部類なんじゃ…」

「本人と取り決めて「お得意様価格」にして貰っているんでしょう?適正価格よ」

「そうだといいんだけど…」

「ま、互いに畑違いのことは知らないものなのよ。仕方無いわ」

「でも、個展を開けるような知名度じゃ…」

「新菜ちゃんのプロポーズの時に出した作品、SNSでバズってるのよ。藤本硝子が拡散してくれたおかげでね」

「…は?」


姉さんがスマホで見せてくれたのは、新菜のインステアカウント。

この前送った硝子の靴を履いた写真は「よきかな」がいっぱいついていた。


「おかげさまで、うちの広報用インステ垢も「支えるで」がいっぱい増えていて、お客様も増えているのよ」

「そ、そうなのか…」

「でも最近は、このインステのスクショを片手に「コレを作った職人さんに依頼をしたいです!」なんで男も多くて。オーダーメイドの金額で黙らせてるけど、あれまた来るわよ。どうする?別の女の足を象って硝子の靴を作れとか言われたら」

「…全力で断って別の作品を提示する」

「了解」


「でも、なんで硝子の靴がそんなに求心力を発揮しているんだ?」

「あら、成海。分からずに作ったの?」

「は?」

「自分にしか履けない硝子の靴…それもプロポーズときた」

「ああ」

「シンデレラに、一度は誰しも憧れるものなのよ」

「…左様ですか」


「そういうこと。さて、成海。ここからもっと忙しくなるわよ!気合入れて働きなさい!」

「勿論ですとも…」


姉さんと二人、どういうコンセプトで作品を作っていくか決めていく。

こうして姉さんと仕事をするようになってから、五年近くが経過している。

当時は反対だった。

姉さんには行きたい大学があると聞いていて、モデルの仕事も続けたいとも言っていて。


それなのに、高校三年生の姉さんが定めた進路は…工房の裏方に回り、企画営業をすることだった。


お義父さんとお義母さんが初めてうちに来た日。

その日に姉さんが定めた進路を僕は知ってしまった。

あの日の後はかなり揉めた。

僕ら姉弟の…最初で最後の大喧嘩はこうして収束している。

姉さんの気持ちも夢も知った今、僕が手に取るのは…職人としての道と誇り。


せっかくだ。原点を振り返るのもいいかもしれない。

いいコンセプトも、出せるかもしれない。


あの雪の日。泊まった新菜と和久さんが帰宅した日の夜に遡ろう。

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