50:長い付き合いになると良いわね
しかしなんだ。まずは一つ訂正を入れさせて貰おう。
「すみません、和久さん。僕は十六歳です」
「そんな細かい訂正はいいんだよ!新菜と同い年だろ!」
「お父さん、私も誕生日迎えているから十六歳なんだけど」
「…あ」
顔を隠して悶えていた新菜が急に真顔を曝け出し、和久さんを睨み付ける。
麻紀さんは空気を察して顔を背けていた。
暖房がうっすらと効いた冷えた空間。
凍てつくとまではいかないけれど、 流れる空気は外の様に寒かった。
「まあいいや…お父さんが私の誕生日忘れたの、今に始まったことじゃないし」
「ごめんよ新菜ぁ…」
「大丈夫よ新菜。新菜の誕生日を忘れるなんて序の口よ」
「娘からしたら全然笑い事じゃないんだけど」
「付き合っている時からお父さんは私の誕生日をしょっちゅう忘れているし、何なら自分の誕生日も忘れるわ。記念日は当然の様に忘れているわね。もう慣れたわ」
「「「「えぇ…」」」」
楠原家全員の呆れた声がこだまする。
子供の誕生日、奥さんの誕生日、記念日…まあ、頓着しない人ならばあり得るかもしれない話…とは思いたくないが、自分の誕生日まで忘れているのは…流石に…。
「…お母さんよく結婚しようと思ったね」
「目を離すと、その辺で死んでそうだったもの」
「…なんか分かるのが切ない!」
和久さんが再びダメージを受けたのか、床に蹲る。
この人、家族の前では面白い人だな…。
「まあ、そういう冗談はよしておいて…ふふふ」
「…何、お母さん。気味の悪い笑い方して」
「ううん。大事にされているわね〜って思って」
「…これはまだ序の口だよ」
「その割には、とても照れていたけど…これ、お出しされるの初めてだったんじゃない?」
「そそそそそそんなことないもん!私達、毎日イチャイチャしてるもんね!ね、成海君!」
「ぐはぁ!?」
「和久さん!?」
「…一海、美海、家戻ってな。この面白…げふげふ。新菜ちゃんのお父さんはちょっと今、お前らに見せられる精神状態じゃ」
「やだ、この面白おじさん見ていたい」
「美海、向こう行くわよ」
「えー…」
姉さんが美海の耳を塞ぎながら、自宅スペースに戻っていく。
僕もついていきたい。切実に。
「ふーんだ!あんたも娘が彼氏紹介したり、付き合った報告したらこの気持ちが痛いほどわかるさ!」
「やめろ!想像しただけで俺の繊細な心が傷つく!」
「僕だってなぁ!僕だってなぁ!喜びたいんだよ!新菜すっごい大事にして貰ってるし!楠原さんご家族皆優しいし!」
「「あ、ありがとうございます…!」」
「でもでも正直彼氏がいるって聞いて受け入れがたい僕もいるし、成海君ぐらいしっかりした子がお出しされたら納得せざるを得ないという僕もいて…どうしたら良いんですか…!」
彼の必死な叫びに対し、父さんは彼に寄り添うことを選ぶ。
いつか未来の姿を想像し、悔しそうに下唇を噛み締めながら…。
「…とりあえず、和久さん。事務所で二人お話ししましょうや」
「うん!」
「…と、いうわけで落ち着くまで俺が面倒見ておくんで…麻紀さん、ゆっくりされていてください」
「よろしくお願いしますね」
泣きじゃくる和久さんの肩を抱き、父さんは事務所へ案内する。
麻紀さんは笑顔でそれを見送った後、大きなため息を吐いた。
「…相変わらずなんだから。ごめんなさいね、成海君。あの人、本当は嬉しいのよ」
「な、なんとなく分かります」
「ありがとう。ご飯の事といい、いっぱいお世話になっているから、金券を用意してでもお礼をなんて考えていたわけだから…あ、これ是非受け取って頂戴」
「でも、流石にお金は…」
先程テーブルに置かれた封筒を再び手渡される。
流石に受け取りにくい代物だ。どう断ろうか考えていても、大人には勝てっこない。
「これね、今度月村にオープンするカオンモールだけで使える商品券なの。系列の映画館でも使えるらしいわ」
「へぇ…」
「彼女の親から貰った商品券をダシに、新菜を誘って遊びに行ったり、なんなら我が家に遊びに来たりにする口実にしたら良いのよ」
「…いいのでしょうか?」
「是非貰って頂戴。それに貴方の作品は…ああ、事務所で見せて貰うのよね」
「ええ、おそらく」
「うちにも、和久が学生時代からちまちま作っているものがあるの」
「ボトルシップだよ、成海君」
「そんなご趣味が…」
それが何か知らないわけではない。
和久さんも手先が器用な人らしい。あんなピンセットだけで作り上げる作品を作れるだなんて…。
「興味があるのなら、和久が休みのタイミングで会いに来て欲しいわ。あの人、趣味の話ができる人がいないのよ。興味があるのなら、付き合ってくれると嬉しいわ」
ボトルシップか…ボトルの方にも興味があるけれど、中身の方も少し気になる。
それに、和久さんは悪い人ではない。
できれば、仲良くしていきたい人ではある。会う機会を作れるのなら、それを利用しない手はない。
「では…お言葉に甘えて」
「素直な子は好きよ。ほんと、良い子で良かったわ」
「…お母さん」
「あら、いいじゃないこれぐらい。それから、娘を今後ともよろしくね。できるだけ、長い付き合いができたらと思うわ」
「僕も、そう思っています」
麻紀さんから封筒を受け取った後、僕らは改めてリビングに戻る。
それから腕を組んで意気投合したらしい父さんと和久さんがやってくるまでの時間を過ごした。




