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49:形成された今を貴方に

二人が落ち着いた頃、僕らは改めて工房へと通じる廊下を歩いていた。


「ごめんなさいね、成海君…」

「いえ、お気になさらず…。黙っていた新菜の気持ちも理解できますし」

「事実、成海も妹経由でバレるまで私達に黙っていましたので。二人揃って内緒にするだなんて、似た者同士かも」

「ふふふ。そういう考えもアリね、一海ちゃん」


気がつけば打ち解けていた麻紀さんと姉さんの笑い声を背に、僕と新菜は肩身の狭い思いをし続ける。

…僕らは付き合っていることを隠していただけで、どれほどの期間弄られるのだろうか。

これが隠し事に対する罰だというのならば、重過ぎやしないだろうか。


しかし、それよりも気にするべき事がある。

姉さんと麻紀さんの背後でのんびりついてきている和久さんだ。

終始目が点のまま。半泣き状態で歩いている。

あれはあれで大丈夫なのだろうか…。


「お兄ちゃん、洗濯物干し終わった。もうだらけて良いよね」

「一海、お風呂掃除とトイレ掃除終わったけど…」

「お疲れ、美海」

「お疲れお父さん。あ、こちら新菜ちゃんのご両親」

「はじめまして〜。新菜の母です。お世話になっております〜」


さらりした紹介を聞いた父さんは、慌てて身なりを整える。

そして僕と姉さんの耳元に顔を持って来て、さりげなく抗議をしてくるのだ。


「…一海さん?成海さん?来られているのならお父さん呼びに来たっていいんじゃないですか?」

「すぐ戻ってくると思ったもの。何頼んでもいないトイレ掃除までしてるのよ。昨日したからしばらくいいのよ?」

「…お風呂場に呼びに行ってもいなかったから、てっきり工房に…まさか二階にいたとは」

「そこは携帯鳴らそうよ…まあいいや」


僕らを離し、工房にいる時と同じく営業モード。

楠原海人は、新菜の両親に向き合った。


「こんな格好の上、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ないです。楠原海人。三人の父やってます。新菜ちゃんには成海は勿論のこと、一海も美海にもよくしていただいておりまして…」

「あらあら、こちらこそ。夏休みのアルバイトもですが、楠原さんには色々とお世話になっているようで…」

「もしかして、今から工房ですか?」

「ええ。一海ちゃんが提案してくれたので、せっかくですし、見させていただこうかなと」

「なるほど」


保護者トークに花を咲かせつつ、父さんはさりげなく僕らと合流を果たす。

そして、成り行きでついてきた美海も…。


「…なんか、新菜さんのお母さんって新菜さんって感じだね。そっくり」

「そう?確かに、お母さんそっくりだねって言われる時が多いかな」

「それに、何か仲よさそうで羨ましいかも…」

「そう見えると、なんか嬉しいな」


知らない大人がいるのは久しぶり。

美海は新菜さんの隣で麻紀さんや和久さんの様子を伺い続ける。

父さんと話している麻紀さん、そして呆然としている和久さん…。

なかなか声をかけにくいようだ。


「そういえば、お母様はどちらに?」

「妻とは、数年前に死別しまして…三人は私だけで」

「それは、申し訳ないことを…」

「いえいえ」


新菜が初めて来た時も感じたが、仏壇なんて気まずいもの、見せない方がいいかなと思い、二人がリビングに来る前、閉じていた。

閉めていたらぱっと見ただの棚にしか見えなくなる。

しかし…今回は予め見せていたら、麻紀さんにあんな顔をさせることはなかったよな…。

何が、正解なのだろうか。


「ね、成海君」

「ん?何?」

「夏休みの終わりに作ったグラスアクアリウム…あれ、今どうなっているの?」

「ああ、あれは父さんに。父さんからの宿題…依頼品みたいなものだったからさ」

「せっかくだから、持ってこようか。事務所に飾っているんだ。凄く綺麗なんですよ、成海の作品。見ていってください」

「そうですか?では、お言葉に甘えて…」


新菜と父さんが新しい空気を運び、麻紀さんの表情を変える。

こういうさりげないフォローは、僕にはできないな。

廊下は自宅から工房へ。

遠野夫妻は、硝子の世界に足を踏み入れる。


◇◇


店先の硝子の中から、僕と姉さんが作った作品が展示されている場所へ。


「まあ、これ全部二人が?」

「ええ。一海は小物関係を中心に、成海は幅広く。ありゃ、今、一海の分しか残ってないのか」


案内した棚には、姉さんの作った小物しか残っていない。

そういえば、昨日また売り切れたと聞いた。今は量産中。


「そういえば、売り切れていたのか…」

「…売り切れ、多いんですか?」


硝子細工をぼんやりと眺めていた和久さんがやっと口を開く。

父さんと姉さんは僕の方を一瞥し、背中を押してくれる。


「ええ。ここ最近は自分の得意な細工にこだわり続け、細かい造形の作品の製作をおこなっています。おかげさまで、手に取って貰える事が増えて…」

「写真とか、あるのだろうか」

「今、お持ちします」


レジ下の棚に、パートのおばちゃん達が作ってくれたポップがある。


『あら、これなるちゃんが作ったの?』

『私達も欲しいわぁ…』

『作るの、大変だろうけど沢山売れて欲しいわ』

『その辺りはおばちゃんに任せなさいな』

『おしゃれなポップ、作るからね!』


今は売り切れているので片付けている作品のポップ。

おばちゃん達が写真を撮って作ってくれた、作品を推し出す、もう一つの作品。

それを和久さんに手渡すと、彼は息を飲む。


写真は凄く綺麗に撮れている。おばちゃんの一人がよく行く写真館に併設された美容室の息子さん…写真家として賞を何度も撮っている子に、作品交換を条件に撮ってもらったから。

作品も、写真も、そしてそれらを彩る言葉も全て、最高の仕上がりだと感じている。


「…慕われているね、君は」

「そう、でしょうか」

「それに、作品の造形もきめ細やか。ここまでの代物を作る子だとは、思っていなかった。職人として、大成しているのでは?」

「そんなことはありません。やっと歩き出せた、見習い程度です」

「…?」


「僕はあることがあって、ずっと燻っていました。自分の得意は理解していても、母の影を追うことしかしてきませんでした」

「…」

「作品を欲しがってくれたこと、僕の作品を褒めて貰えた事、もっと見たいと言ってくれたこと…新菜の言葉が糧となりました」

「…そうかい」

「母の面影ではなく、僕自身の作品を作れるようになったのは、職人として一歩を歩き出せたのは…間違いなく彼女のおかげだと、断言します」

「…うちの娘は、君にいい影響を与えたようだね」

「はい」


「…君は、うちの新菜を…どう思っているんだい?」

「愛しています。これからも支えたいと思うぐらいに」

「なっ…!?」

「あらあら〜」

「…家族の前でやらなくていいでしょ」

「…自分の事じゃないのに、なんか恥ずかしい」

「やっぱ俺と透さんの子だな、成海…」

「十六歳だろ!?覚悟が決まりすぎだ!」


やっと和久さんが崩れる。

こんな大きな声を出せる人だったんだと感じる中、顔を押さえる新菜以外の視線が何故か僕に刺さる。


麻紀さんは穏やかな上、何やら嬉しそうで…。

姉さんと美海は呆れきった目線を…。

そして父さんは…かつての自分を思い出すような視線を、こちらに向けていた。

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