48:リビングでの応酬
「おまたせ〜」
「あ…おかえり、新菜、さん」
足下までしっかり暖かそうな私服に着替えた彼女は軽い足取りでリビングにやってくる。
両親の元ではなく、僕の側にやってきた彼女が言いたげな事は何となく分かる。
分かる、のだが…。
「どう?」
「…似合っているよ。新菜、さんらしい」
「…やっぱりさん付けに戻ってる。薄情者」
流石に、ご両親の前だぞ…。名前呼びかつ呼び捨てにしているだなんて、目の前で睨みを利かせる君のお父さんに知られてみろ。
大変な事になるのは明白じゃないか。今だって全然表情を変えないというか、じっと僕の方を見ているし…!
「も〜。お父さんが睨み付けるから成海君が恐縮しちゃってるでしょ〜?」
「…別に睨んでいない」
「ごめんね、成海君。この人いつもこうなのよ。元々人付き合い凄く苦手なのに、仕事で無理してる分、私生活だと黙りこくっちゃって」
「先程は、よく話されていたように思いましたが…」
「仕事をしている時と同じ感じだったわ。リモート会議の時に聞こえていた声と同じだもの」
「うちの弟もそんな感じですよ〜。私生活は口数少ないけど、お店に立つ時はちゃんと話すんです。ま、小言は元々多いですけど」
「お母さん…!」
「姉さん…!」
僕と和久さんの抗議が同時に部屋へ響く。
僕の隣に腰掛ける新菜さんだけ笑って、僕らは気まずさを覚えながら視線を逸らす。
「そうだ。せっかくだから工房をご案内させてください。今日は動かしていませんし…店の方もゆっくり見られるかと」
「あら、お父さん。せっかくだから見せて貰いましょうよ」
「そうだよお父さん。成海君の硝子細工も置いてあるし、見て欲しいな!」
「…しかし、お邪魔だろう」
「お姉さんの提案を無下にしちゃうの?それに貴方、こうしているから伝わりにくいけど、成海君と話すのを楽しみにしていたじゃない」
「なっ…!」
「新菜の手作り弁当が食べられるようになったのは彼のおかげだ〜。お礼しなきゃな〜とかぶつくさ言いながら、家中の金券を集めて貢ごうとしていた男には見えないわ」
「…お父さんそんなことしてたの?」
「ち、違う!確かに最初はそうしていたが!」
彼女の父親から家中の金券を貢がれる寸前だったのか、僕…。
僕と姉さんが目を点にする中、新菜だけは和久さんに厳しい視線を送っていた。
「…今は、ちゃんと。お母さんと相談して、カオンの商品券にしておいた」
「ねえその商品券いくら分?」
「そういえば、聞いていないわね」
「やだな。千円十枚セットだよ…普通だろ?」
机の上に、青い封筒が置かれる。
あの中に、金券が入っているんだろうなぁ…受け取りにくいなぁ…。
「どちらにせよ…娘の友達に贈るものじゃないでしょ」
「ぐふっ…!」
和久さんが新菜の正論を浴びて疼く中、僕は隣にいる新菜さんを小突いておく。
「…さっきのは、意趣返しか?」
「そんなことないよ〜。ね、く・す・は・ら君?」
名前呼びの事を根に持っているじゃないか。
苗字呼びに戻して、からかうように小突き返してくる。
「ま、新菜の言うとおりではあるけれど、贈るものが分からなかったのも事実よ」
「麻紀さん…」
「体の良いことを言えば、何が好きなのかすらわからないもの。何を贈れば喜んでくれるかわからない。変なものを贈って困らせるぐらいなら、金券を渡して、これで好きなものを買ってね…なんて、気持ちも理解できないことはないのよ。勿論、新菜が言うとおり恥ではあるんだけどね」
「…それは」
「ま、これから長い付き合いになりそうだし…楠原さん…特に成海君のことは時間をかけて私達も知っていけたらと思うわ」
「…なんで長い付き合いになると」
「あら、その距離感だもの。何もないとは思わないわ〜」
何かを察している麻紀さんの言葉を拾う限り、何というか…これは。
なんというか、デジャブを感じる。
「…なあ、新菜さん」
「なにかな、楠原君」
「…ご両親に、僕との関係話してない?」
「…照れくさくて話してない」
「あら。人の事責められるの?成海もそうだったわよね」
「…苦い思い出」
揚げ足を取るように、姉さんが横やりを入れてくる。
思いっきり過去の行いで刺される中、麻紀さんもまた、動き出す。
「新菜」
「は、はい!お母さん!」
「私は別に誰と付き合おうが文句は言わないわよ?年頃だし、私も同じぐらいだったもの。ね、お父さん」
「にいな、つきあう?へ?」
「お父さん、戻ってきて」
「あ、ああ…なにが?」
「とぼけないの。私と貴方が付き合い始めた時期よ。高校一年生の冬だったでしょう?」
「そうだけど…」
「で、新菜はいつから付き合い始めたの?」
「夏休みが終わるぐらい!」
「「そういうことはもっと早く言え!」」
「きゅう!」
「どうしようどうしよう和久。娘の彼氏との初対面、最悪すぎない?私達金券プレゼントしたのよ?おかしいでしょ」
「にいな、かれし…もう、そんな…まだ、パパだいすきって…しょうらいぱぱとけっこんするって…いってくれて…」
「戻ってきなさい、和久!涙目でとんでもないこと言わないの!その新菜は小学一年生の新菜よ!」
胸ぐらを掴まれた和久さんは、動転した麻紀さんに揺らされ、頭を交互に動かす。
そんな彼の目は、点になっていた。
僕と姉さんはそれを呆然と眺め、新菜さんは頭を抱える。
でも、なんというか…新菜のご両親って感じがする。
一緒にいたら、楽しい人たちだから。




