47:対面
玄関の鍵を開け、扉の先にいる二人を出迎える。
「お父さん、お母さん!」
「おはよう、新菜。昨日は大丈夫?よく眠れた?」
「うん。ほら、元気でしょう?」
「そうね。よかった。本当に…」
「…事情、話して協力して貰ったんだ」
「あら、新菜ちゃん」
「一海さん」
「もしかして、お父さんとお母さん?」
ちょうど二階からリビングに移動していた一海さんが玄関先に来てくれる。
「うん。ちょうど到着して…成海君が手を離せないから、私が代わりに」
「もー…お客様が来たんだから、家事の手ぐらい止めたら良いのにね」
「お母さん、お父さん。こちら楠原一海さん。成海君のお姉さんで、今日のお泊まりも沢山手助けしてくれて」
「ご紹介にあずかりました、楠原一海と申します。いつも弟が娘さんにお世話になっております」
「…しっかりされたお嬢さんね」
「ありがとうございます。さ、上がられてください。寒かったでしょう?うちで暖まって行ってください」
「まあまあ…では、お言葉に甘えて。ああ、これ。ささやかですが…」
お母さんが一海さんに何かを渡す。
ここ最近、両親がどハマりしているおまんじゅう屋さんの贈答品のようだ。
「あ、ここのおまんじゅう、うちの家族みんな好きなんですよ。ありがとうございます」
「そうなの?私達もここに来てからよく食べていて…」
「せっかくですから、お茶請けに出しましょうか。今、弟もお茶を準備している頃でしょうし」
「まあ。あ、新菜。これ着替え。暖かくなれるのを持って来たけど…」
「ありがとう」
「私の部屋、暖房つけているからそこで着替えておいで」
「ありがとう、一海さん」
「いいのよ。これぐらい。ご両親はこちらへ」
服を貰い、促されるままそのまま二階へ。
…そういえば、お父さん一言も話さなかったな。
緊張でもしてるのかな…?
◇◇
姉さんが見知らぬ男女をリビングに通す。
「成海、こちら新菜ちゃんの。ここ、替わるから二人とお話ししていなさいな」
「わかった」
台所で姉さんと交代し、入り口に立つ二人へ声をかける。
「こんにちは、遠野さん」
「貴方が、もしかしなくても成海君?」
「はい。新菜さんにはいつもお世話になっております」
「遠野麻紀です〜。いつも新菜がお世話になって〜。成海君にお料理教えて貰うようになってから、家のご飯も作ってくれるようになって〜。お弁当とかも作ってくれて、私達も嬉しいし、大助かり!」
「新菜さんの意欲が高いからですよ。教え甲斐があります」
「これからもバシバシお願いします」
「望むところです」
ソファに案内し、二人に座って貰う。
それを見計らって、姉さんが僕らの前にお茶を出してくれた。
…あ、お茶請けは伊豆屋の饅頭だ。好きなんだよな、これ。
「それに私も、貴方が出してくれるレシートと購入品のレポートで節約を参考にさせて貰って…地元のお店で安いところがあるのね…とか」
「ええ。セール時は普通のチェーン店で買うより、遙かに…」
「こほん」
麻紀さんはその咳払いを聞いて「そうだったそうだった」と言うように、彼の肩を抱いて、前に連れてきてくれる。
「成海君は初めて会うのよね。新菜のお父さん。ほら、和久。自分で自己紹介ぐらいしなさいな」
「…遠野和久。娘がいつも世話になっているようで」
…一瞬、睨まれたような気がするのは気のせいだと思いたい。
新菜さんのお父さん…和久さんは表情を変えずに麻紀さんの隣に腰掛けたまま。
お茶にも、お菓子にも手をつけない。
「…相変わらず仕事以外で人前に出ると無愛想ね。貴方それで仕事できているの?」
「問題なくできている」
「もー…。あ、この人ねぇ、カオンの経営部門に勤めているの。ここに来たのもその関係」
「ああ、確か月村にカオンモールができますよね。うちのクラスでも何人か内定を頂いた話を伺っています」
「ええ。もうすぐオープンするのよね、和久」
「…ああ」
「もう、この人は。就職関係の話が出ているということは、一海ちゃんは三年生?」
「はい」
「やっぱり、お家の硝子工房を継ぐの?」
「ええ。高校を卒業したら、すぐに運営の方に入るようお父さんとも話をつけています」
「自分の意志で?」
「はい。最後まで進学するか悩んだのですが、早めに仕事をしたいなと思いまして。経営に関わる立場である遠野さんから見て、この判断は…如何だと思いますか?」
他愛ない話の中で、一瞬頭を殴られたような感覚を覚えた。
姉さんは、前まで言っていた。
行きたい大学があること。挑戦したい夢があること。
そう、言っていたのに。
「…君は自分の選択に、後悔を?」
「後悔というか、これでいいのかと。大卒の肩書きが重要になってきたり…とか」
「ふむ…肩書きは自営業であるなら、たいした壁ではないだろう」
「!」
「ただ、学び…資格習得で引っかかる部分の方が多い。欲しい資格の受験要項が大卒とか、実務経験五年以上とか、ザラにある」
「…そう、ですか」
「…お金を貯めてから入学するか、同時並行で通信系の大学を探せばいい。君のようなしっかりした子なら、通学しなくとも最後までやり遂げることができるだろう」
「アドバイス、ありがとうございます」
「…初対面に近い子の人生相談に乗ったのは初めてだよ。責任のあることを述べた手前、困ったことがあればサポートをしよう」
「ありがとうございます」
「…娘が、気を許すほどよくしてくれているみたいだからね。これぐらいは」
表情は変えないけれど、どこはその声音は優しい。
でも、何だろう。内容が入ってこない。
和久さんと姉さんが淡々と話す姿を、呆然と眺める。
その空気を壊してくれたのは、着替え終わってリビングにやってきた新菜だった。




