44:遠野家の晩
新菜から、麻紀さん宛にメッセージが送られた。
「今日雪で電車止まったから、成海君ちにお泊まりするね!」
たった一文。それだけ。
それだけなのだ。
「新菜大丈夫かしら…」
「大丈夫なわけあるか!おおおおおおおおおお男の家にだなんて!今すぐ迎えに行く!」
「電車もバイパスも止まっているのよ。朝陽ヶ丘に行くには、山道を走ることになるみたいだから…とっても危ないわ」
「新菜の為だ!僕に恐れることはなぁい!」
「晴れている日ならともかく、こんな大吹雪の日に出かけようとしないで。明日。明日にしなさい。私も明日ついていくから。成海君とそのご家族にはお世話になっているし、ちゃんとご挨拶したいのよ」
「麻紀さんのお願いなら仕方無いな!」
「チョロくて助かるわ、和久」
「誰がチョロいか!?ああ…新菜。不甲斐ないお父さんでごめんなぁ…」
「無力だから仕方無いわよ。安全第一でいきましょう」
「そうだけどぉ…」
大雪の日。こんな日だ。新菜が怖がっているに違いない。
余所様の家にお世話になれたのは幸いとも言えよう。ちゃんとお礼の品は用意していかなければ。
しかし!男の家となると話は別だ!
楠原成海…新菜が料理を教えて貰っている同級生(男)だったな…!
明日いつもお世話になっているお礼もしないとな!
新菜に料理を教えてくれるおかげで、僕と麻紀さんは娘の手料理を食べられている。感謝以外の言葉が見当たらない!
何が好きかな!新菜ぐらいの年代の子が欲しがるものは分からないから、ストギフカード(金券)でも贈っておけば問題ないだろう。多分!
…わかんないから他にも色々持って行けばいいか。三角のカードだったり、JCBギフト券だったりとか。図書カードも確か…。
「ねえ、和久」
「なんだい麻紀さん。久しぶりに夫婦水入らずの時間だけど、僕は楠原成海という存在に会う準備をしなければいけないんだ。父親だからと舐められてはいけないからね!威圧的にいかないと!」
「家中の金券を抱えていう台詞じゃないわよ。テレホンカードはもう使い物にならないんだから置いて行きなさい。というか金券を何に使う気なの」
「日頃のお礼に…」
「絶対にやめなさい!新菜の父親らしい振る舞いをしなさい!成海君絶対に引くわよ!?」
「で、でも…新菜ぐらいの年代の男の子が何を好きなのかわからないし…」
「…それは、そうね」
「変なものを贈るぐらいなら、もう金券が妥当ではないかなと…好きなもの買ってね、的な…なんなら現金が」
「絶対ダメよ。新菜の為にも恥を晒すのはやめなさい」
「だよねぇ…贈り物って難しいや。頭空っぽにビール贈りたい。それかタオルセットか洗剤」
「ビールはともかく、後者は何となく喜びそうなのは気のせいかしら…」
しょんぼりとした僕の顔を覗き込んだ麻紀さんは頭を抱える。
一緒に思案した先。麻紀さんは名案を閃いたらしく、閉じていた目をうっすらと開いてくれた。
「ううっ…それなら、貴方の勤め先が発行している商品券ぐらいにしておきなさいよ。うちも安さに自信があるんだ。是非おいでよ的な感じで…」
「それだ!流石麻紀さん天才!」
「でも、唯一の難点は…朝陽ヶ丘周辺にカオンがない事なのよね…」
「月村に大型ショッピングモールを出店したもんね〜。僕がここに来たのも、その関係だし」
「カオンにいくついでに、我が家に遊びに来てくれるきっかけになるかしら」
「それは…」
我が家に新菜の同級生が遊びに来る…?そんなの完全におうちデートではないか。
娘に彼氏は早い。早すぎる。
そんな存在がいるとなったら、僕はどうしたら…。
「そういえば、成海君って硝子職人見習いらしいわよ。新菜の部屋にあるあのランプ、作ったのは成海君らしいし…」
「あ、あれを…」
「何を警戒しているかわからないけれど、手先は凄く器用みたいよ。話、合うんじゃない?」
「…」
「最近は仕事が忙しくて作れていないけれど…新菜が産まれる前から言っていたじゃない。将来、息子ができたらあれを一緒に作りたいとか、息子じゃなくても、ボトルシップの話ができる人と会いたいって…」
「…ん」
「今がその時かもよ。引き込むのもハードル高いんだから…新菜が繋いだ縁を、貴方も大事にしたら?」
「…そうしてみる」
僕と麻紀さんは棚一面に飾られたそれを眺める。
僕の趣味。唯一と言ってもいい代物。
何度引っ越しても、あれを綺麗に飾るのだけはやめられない。
硝子のボトルに収められた船の帆が、膨らんだ気がした。




