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43:白の世界は静かに色づく

満足するまで、何度も啄んだ。

コーヒー特有の苦みが口の中に広がる。

普通に苦い。だけど、ほのかにどこか甘くって、何度も味わいたくなる魅力がそこにはあった。


「…はぁ」

「…」


極めつけは、この甘く蕩けた成海君だろう。

しっかり者の彼がここまで崩れるだなんて、思いもしなかった。

思いもしなかったことは他にもある。

てっきり私がまた主導権を握るのかと思いきや、今日は成海君が主導権を握ってくれた。


最終的に奪ってしまったけれど、それでも私は「ファーストキスを自ら成海君に捧げた」のではなく…「ファーストキスを成海君が貰っていった」構図こそ、重要だと思うのだ。


彼がしてくれるのを待ち、それとなく誘導した結果は大成功。

我慢していた分、追加をせがんでしまったけれど…副産物もまた多く。


「成海君、成海君。その体勢で寝たら、腰痛めちゃうよ」

「…」


枕に顔を埋めて、先程までの時間を振り返る成海君へ声をかける。

肩に触れるだけで過敏な反応を示した彼は、熱が下がりきらない頬を隠しながら、私に視線を向ける。


「こんなにされて…寝られるわけないだろ」

「そう?」

「口だけじゃ飽き足らず、首元とか、鎖骨にまで手を出して…」

「成海君の首元と鎖骨が魅力的なのが悪いね」

「いっぱい跡つけて…明日、服で隠れると思う?」

「ファンデ貸そっか?」

「…肌色、合わない」

「それは残念。同じように見えるのにな」

「…新菜さんの方が白いよ」

「そう?日焼け対策の成果が出たかも」


ふてくされていても、その声は甘さを見せている。

副産物その一。しっかり者の成海君が崩れて、崩れた成海君が出てきたこと。

理性は最後まで崩れなかったけれど、積極性を見せてくれていた。

なんだかんだ言いつつも、楽しんでいたらしい。

期待するように笑ったり、無自覚なのかは不明だが、自分から引き寄せたりもしてくれた。

そしてこの、本人ですらも聞いたことなさそうな甘えきった声。素晴らしいと思います。


これで「もっと」なんて言われて見ろ。夜が明けて、降りてこないことを心配した一海さんと美海ちゃんが様子を見に来るまでひたすら啄む自信があった程だ。

…流石に、欲を消化するうちに私も理性が徐々に働き始めてくれた。

理性を取り戻した直後、赤い斑点をいくつも首元につけてふやけきった彼を見下ろせば…何か悪いことをしているような気さえ起きたのは、ここだけの話にしておこう。


「ね、成海君」

「んー?」

「私さ、最初…とんでもないこと、口走ってるけど」

「…最後までいいって話?」

「そう」


“最後まで”———その言葉が、理解できないほど子供ではない。

だからといって、私も成海君も大人ではない。

自分でも、なんでこんなことを言ってしまったのだろうと後悔して…言葉の責任と、覚悟を決めていたのだが、彼は最後まで私に手を伸ばさなかった。

何が、そうさせたのか。私にはわからない。


「なんで、最後までしなかったの?」

「僕はまだ、責任を取れる大人ではないから。責任が生じることを、してはいけない」

「…生真面目」


でも、そういう性分に救われた。

彼が誠実であるが故に、その言葉も信用できる。

…そういう人を、選べて良かったと思う。側にいて貰えて良かったと思う。


「———新菜」

「なぁに?」

「そういう誘い文句は、使っちゃダメ。せめて十八歳以上になってから」

「わかったよ…」


副産物その二。成海君が呼び捨てをするようになった。

前々からその片鱗は見せていたし、必要な時は呼び捨てにしていたけれど…常設してくれたのは非常に助かる。主に私が。


「さ、少し眠ろう。互いに大分落ち着いただろう」

「…抱きしめて、ほしいな」

「…今日だけだからな」

「やった。成海君大好き」

「…知ってる」


副産物その三。成海君の少し荒れた口調もまた、常設してくれたこと。

こうして素で過ごす彼は気楽そうで、言葉に迷いがない。

私を傷つけまいと選んでいた言葉は、少しだけ荒くなったけど…。

それでも優しさは、隠しきれない。

それがわかるからこそ、それでいいと思える。

口調が普段通りに戻っても、取り繕うことがなくなっても———楠原成海は誠実で、優しい人なのを、分かっているから。


背中を支える力が込められて、再び距離が「1」になる。

距離がなくなるわけではないけれど、それでも互いの熱に包まれて、心地よさを感じていた。


深夜二時。目を閉じる。

互いの心拍は落ち着きを見せて、互いがいる緊張は互いがいる安心感へ変化を遂げた。


重ねた時間は雪の様に降り積もるが、決して溶けることはない。

春は遠いと思っていた。

けれど今、私が感じている熱は確かに春で、新たな芽吹きを感じさせるほどの温かさを抱いていた。

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