15:半分このお昼ご飯
「ただいま、陸」
「おかえり、成海」
「後、これから遠野さんたちこっち来るから」
「へいへい…へい?」
陸へ簡潔に事情を伝えた後、遠野さん達が廊下側の席から窓際の席へやってきてくれる。
「楠原君。お待たせ」
「あれ、遠野さん?それに足立さんと吹上さんまで?どしたの?」
「いや、新菜が…」
「噂の楠原氏とご飯食べるって言うから、付いてきた。ご一緒失礼」
「椅子ある?」
「大丈夫。持ってくるから」
空いている席から椅子を持ってくる間、僕と陸は近くの席をくっつけて一つのテーブルを作る。
これで、五人が弁当を広げていても問題ないだろう。
改めて、各々弁当を広げ始める。
「楠原君、これだけいいかな…。半分より、少し多めだけど」
「大丈夫。食べられるから」
「あ〜。なるほどね。弁当多いもんね」
「だからわけっこ…」
「そんなとこ…ろ」
ふと、遠野さんの視線が僕の弁当に注がれる。
至って普通の余り物だらけのお弁当なのだが、何か興味を惹いたのだろうか。
「…今日のお弁当に入っているおかずも、楠原君のお手製?」
「うん。もしかして、食べたい?」
「少し貰っていい?この前のご飯凄く美味しくて…」
「あ、ありがとう。じゃあ、好きなのを好きなだけ…どうぞ。まだ、お箸つけてないからさ」
「いただきます」
ご飯が美味しい。
今まで、自分の手製料理をご馳走したのは家族だけ。
味を気に入ってくれる人が、家族以外にいるとは思わなくて、また食べたいと言って貰えるとは思っていなくって。
自分が作ったものを気に入って貰える。些細なようで特別な事象に自然と笑みが零れてしまう。
遠野さんのお箸が平等におかずへ触れて、弁当の蓋の上に、彩りよくおかずが並べられた。
「あの休み、何があったんだ…?」
「休みって、ゴールデンウィーク中のこと?」
「確かに、クラスのメッセに…楠原氏の連絡先、知らないかって、新菜聞いてた…」
「で、実際新菜は楠原の家に行ったん?」
「行ったから、この距離感…」
「そうだけど、これはちょっと近すぎないか…?」
「しかも、ご飯までご馳走してるし…」
「鷹峰からしても意外な感じ?鷹峰って、楠原と長いの?」
「小学校からの付き合いだよ。二人は?」
「うちらはここから」
「新菜、転勤族の子だから」
「なるほどねぇ」
僕らが弁当を分けている間、三人の間でも会話が生まれる。
言うほど距離感は近いだろうか。
よく、わからない。
強いて言うなら、陸と同じぐらいの距離感だと思うのだが…。
普通とは、違ったりするものなのだろうか。
「これでよし。いっぱいいただいちゃった気がするけど…」
「いいよ。僕はいつでも食べられるから…」
「手作りだもんねぇ」
食べきれないであろうチキン南蛮を受け取り、交換を完了させる。
これでやっと、僕らもお昼ご飯に入ることができるのだ。
「ねえ、楠原」
「なに?ええっと…」
「足立。足立若葉。てか、あんたも鷹峰は私と同じ中学でしょ…」
「「そうだっけ?」」
「有名どころの鷹峰はともかく、楠原は一海さん来たからわかったわ。私の同学年に楠原一海の弟がいたってことは覚えてるから」
「左様で…」
そういえば、中学時代から姉さんは読者モデルをやったりと、周囲の視線を集めることが多かったな。
足立さんが知っているのはそういう姉さんなのだろう。
姉さんを知っているから、弟がいることを覚えていた。
同学年なのに付属品みたいな覚えられ方なのは…自分でもどうかと思う。
「ごめんね新菜。私が楠原=楠原一海の弟だってすぐに閃けば、居場所も連絡先も教えられたのに」
「大丈夫大丈夫…って、わ、若葉…若葉は楠原君の連絡先知ってるの?」
「うちの近所で楠原って言えば硝子工房だけだし、一海さんの家なら間違いなくそこじゃん。代表連絡先ならすぐに教えられたけど?」
「…ほ」
「どうしたん、新菜」
「ううん。ところでさ、鷹峰君が有名って、なんで?」
「あー。それ俺も思った。俺、そんな有名どころ?」
「「サッカー部のエースが何を言うか…」」
足立さんと声が重なる。
同じ事を言われるとは思っていなかったらしく、陸は複雑そうに笑みを浮かべる。
それもそうだ。今の陸は、帰宅部なのだから。
「なんでサッカー辞めたの?」
「足の怪我。前みたいなプレーはもう出来ないよ。ま、帰宅部も楽しいものだよ。上下関係に悩まされることもないし。練習で自分の時間奪われることもない。最高!」
「そんなもんか…」
「そんなものだよ。この機会だからね。俺は楽しい高校生活を送りたいね。ビバ、青春!」
「暑苦しい…」
陸と足立さんの間で会話が盛り上がる中、終始無言でパンを囓り続けるもう一人の方に目を向ける。
「…何?」
「あ、いや…それ。チーズアボガドパン、だよね?」
「ん。楠原氏も食べる?」
「じ、自分のがあるから…大丈夫。それは、えっと」
「吹上美咲だよ。よろしくね、楠原…。下の名前何?」
「成海…」
「じゃあ、成海氏。よろしくね」
吹上さんが僕の名前を呼んだ瞬間、隣に座っていた遠野さんが箸を落とす。
陸と足立さんはそちらへ目を向け、僕と吹上さん、そして指先を震わせる遠野さんを交互にみつつ、何かを察したように目を細めていた。
「う、うん。よろしく。ところで、それ…おいしい?」
「美味しいよ。何か独特な味がするけど、癖になる」
「なるほど…」
「でも明日はいいかなって」
「…そっか」
差し出された食べかけのパンから遠ざかり、自分のお弁当を咀嚼する。
…最近の友達って、食べかけを食べさせるぐらい距離感が近いものなのだろうか。
「みみみみみみ美咲、流石に食べかけはダメだと思うよ…!」
「新菜とはいつも食べさせあいっこしてるのに、成海氏とはダメなの?陸氏とは?」
「別にいいよ」
「何その差…」
「…美咲、察しろ」
「…む?」
「ごめんね、吹上さん。ここは、察してくれとしか…成海はどうか分からないけど、少なくとも遠野さん側は…」
三人がひそひそ何かを話し始める。
会話は上手く聞こえない。
けれど、今朝の会話の様に悪いものでははずだから…そのまま放置して、昼ご飯を口に運び続けた。
うん、チキン南蛮。サクサクジューシー。




