表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/213

35:もしものはなし

お風呂に入る前、衣服を脱ぐ前に”あるもの”を私は取りだした。


「あれ?新菜ちゃん、それ…」

「ああ、実は私…コンタクトでして」

「あら。眼鏡は?」

「鞄の中に入っていたものを持ってきています」

「よかった。なかったら大変だもんね。あ、そこのゴミ燃やせるだけど…使い捨てのコンタクトって燃やせるの?」

「ええ。燃やせるゴミで大丈夫ですよ」

「なら、そこに捨ててね」

「はーい」

「あ、今更聞くのもあれだけど…女の子の日、大丈夫?」

「それも大丈夫です」

「よかった。もしもの時があったら、トイレの上の棚にあるから。トイレットペーパーの隣の、蓋付き籠の中ね」

「何から何までありがとうございます」

「いえいえ。むしろ行き届いていないところばかりでしょう?不便をかけるわ」

「そんなことありませんよ。よくしていただけているなって思います」

「…ありがとう。何かあったら、すぐに声をかけてね」

「はい」


使い終わったコンタクトをティッシュにくるんで、そのままゴミ箱に。

視界がぼんやりするけれど、仕方が無い。


一海さんに手を引かれ、お風呂へ向かう。


「ええっと、これは…」

「せっかくだし、これ使っちゃいましょ。私の秘蔵品」

「こ、これ!すっごい髪がうるツヤになるって噂の…!しかも数量限定パケ!」

「朝早くに直営店で買ったの。試してみて!」


湯船に浸かる前に、一通り洗い終えた後…私達は湯船に浸かる。

大人二人で入るには少しだけ狭いそこに向き合って、私は事情を話し終えた。

暖かいお湯の中に浸かっているのに、震えが止まらない。

そんな私を一海さんは肩を抱き寄せて、背を撫でてくれる。


「大変だったわね」

「すみません、こんな話…変ですよね」


…自分でも変だと思っている。

あんなことで、できない事がいっぱいできて…震えが止まらなくだなんて。

話して、信じて貰えるとは…正直思っていない。


「確かに、できないことは変を通り越して凄まじいけれど…そういうこともあるわ」

「そう、ですかね?」

「うちには成海がいるのよ?何でも受け入れるわよ。なんなら成海が難点更生の為に新菜ちゃんを利用している分、思う存分利用すべきよ」

「利用だなんて、そんな」

「ま、そんな勢いでって事よ。新菜ちゃんのそれを、あの子は気味悪がったりはしないわ。姉である私が保証する」


そんなの、成海君に話したら幻滅されるに決まっているじゃないか。

遠野新菜は綺麗な子でいなければいけない。

誰隔てなく優しくて、変なところなんて何もない普通の女の子。

こんな難点があるなんて知られてみろ。

私は…。


「…好きな人の前では、完璧でいたい?」

「へ…?」

「成海のことを信頼しているのに、この件に関しては言い渋っている感じだったから」

「…そう、ですね。やっぱり、幻滅されたくない」

「そう思われるほど、あの子は新菜ちゃんに好かれているのねぇ…」

「そっ、それは…!」


第三者に、こうして感情を言葉にするのも、されるのも初めてで狼狽えることしかできやしない。

本来だったら、こうしてからかわれるのは嫌だったりするかもだけど…。

真剣に見守ってくれている事が伝わる分、一海さんに言われた言葉には、嫌な気持ちを抱かない。

むしろ、心地よささえ感じる。

もしも私にお姉ちゃんがいたのなら、こんな人が良いと思うぐらいには。


「これは、浩樹の受け売りなんだけど…」

「室橋先輩の、ですか?」

「「愛する人間には互いによく見せたい心理が働く。しかし…弱みを見せられる間柄も、また特別」ってね」

「…理想論ですよ」

「あら、私はここに貴方達が辿り着けると思っているわよ?」

「…ありがとうございます」


「それに、姉目線になるけれど…成海はそんなことで幻滅するほど、潔癖じゃないし、馬鹿でもないわ。勿論美海もね。男手一つだけど、下手な育てられ方はしていないもの」

「…」

「十分浸かったわね。まだ浸かる?」

「いえ、そろそろ上がろうかと。話、聞いてくれてありがとうございました」

「いえいえ。私も聞かせてくれて…信頼してくれてありがとうね、新菜ちゃん。それから…」


一海さんはにんまりと笑った後、私を覆うようにバスタオルを被せる。

自分が濡れたままなのを気にすることなく、私の水滴を拭うのだ。


「…我が家は十時になったら全員部屋に戻るわ。それ以降、朝の六時になるまで誰も部屋から出ないの。美海とお父さんは早寝だから、成海はもう少し起きているけど…部屋から出たことはないわね」

「…」

「それまで私の部屋にいなさいな。一階から二階に移動するのは、嫌でしょう?」

「でも、それは…」

「貴方の為に、何もかも存分に利用しなさい。夜は長いわ」

「ありがとうございます、一海さん」


「でも、ちゃんと恐れず話すのよ?」

「わかっています」


一海さんは私の顔をタオルの中から出し、優しく包み込む。

安心させるような笑みを浮かべる彼女に、私も笑みを返した。


「私の部屋にいる間、何をしましょうか」

「あ、よければその…せっかくの機会、なので…お仕事との事とか忘れたいと思うのですが」

「遠慮しなくて良いわよ?服のこと?化粧のこと?それに敬語も抜いて…」

「ぜ、全部盛りでっ!」

「あら、いいわよいいわよ。なんなら私の部屋で夜通し語り倒しちゃおうかしら」


それも悪くないと思ってしまう自分もいる。

だけど、この機を逃したらきっと、成海君に弱みを晒す瞬間は訪れない。


「気持ちはとても、嬉しので、けど!」

「敬語を無理矢理外そうとして凄く変になっているわよ新菜ちゃん。落ち着いて」

「このチャンスは、逃すべきではないと…思うから」

「…そうね」

「だから、またの機会に…」

「!ええ!勿論よ!」


次があることが、一海さんも嬉しかったのか、撫でるようにタオルで私の髪を拭いてくれる。

それから先に浴室の外に出し、着替えを促してくれた。なんか、至れり尽くせり。

着替えを終えた後、一海さんを呼んで…彼女の着替えを待つ。

こう、まじまじと裸を見るのは悪いと思うのだが…流石現役モデル。

私のそれと比較して、何もかもが美しく保たれていた。


「…どうしたの?」

「あ、同性目線でも凄く綺麗だなと思って…。ごめんなさい。まじまじと…」

「そう言ってくれるのは冥利に尽きるわね。でも、今はあまりまじまじ見ないで…ちょっと太ったから。完璧じゃないの」

「…成海君のご飯を食べていたら仕方無いかと!」

「…分かっちゃう?」

「ついつい食べちゃうから…私も秋から冬にかけて…ごにょっとキロ…」

「うっ、その生々しい数値は…あるあるね。あーあ。美海みたいに体重なんか気にしていなかった頃に戻りたいわ」

「だねぇ…」


色違いのもこもこパジャマに身を包み、廊下を出る。

一海さんが貸してくれた寝間着は、厳しい冬でもちゃんと暖かく、温もりを保ってくれていた。


「お揃いって良いわよね。美海とはまだできないから…」

「少し歳が離れているから、同系統のが…」

「そうそう。まだ着られないの。新菜ちゃんみたいな妹がいたら、こうして姉妹コーデとかやるの楽しいだろうな〜」

「私も、一海さんみたいなお姉さんがいたら楽しいかなって。私、一人っ子だから」

「そうなの?」

「ん。だから、一海さんみたいなお姉さんとか、美海ちゃんみたいな妹がいるのって、憧れちゃうんだ」

「あら、このまま成海と付き合い続けたら案外その憧れ、実現するんじゃない?」

「へ」

「気が早いけど、うちにお嫁さんでやってきたら、私は義姉で、美海は義妹よ。悪くないわね。楠原三姉妹」

「…きっ、気が早いから!」


軽い口調でもしもの未来を語る一海さんと共に、成海君達が待つリビングに戻る。

将来、その軽口が実現するなんて、当時の私は思っていなかったけれど…。


当時からその未来を期待はしていたことだけは、ここだけの内緒にしておこう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ