34:姉と彼女
まずは楠原家一階にある和室へ案内される。
「今日はこの部屋を使って。掃除は欠かしていないから、問題なく使えるわ」
エアコンの暖房をつけた後、一海さんはそのまま布団の準備に取りかかる。
押し入れの中から敷き布団。掛け布団を何枚かとりだして…部屋の中に広げていく。
私も手伝おうとすると、一海さんに制止させられた。
「…いいんですか?」
「お客様よ。当然じゃない。それとも、成海の部屋がよかった?」
「そ、それは流石に…」
「冗談よ。もしもそうしたいって言っても、一応は止めるわよ…?」
「で、ですよね…」
家族としては、こう…止めたい気持ちも分かるのだ。
美海ちゃんはいるし、自分自身も気まずいだろうから。
でも…今日は…。
「でも、理由次第かしらね」
「理由…ですか?」
「そう。理由。新菜ちゃん、ずっと顔が青いの…皆から指摘されているでしょう?」
「…そう、ですね」
理由は分かっている。
雪は嫌いじゃない。けれど、それで引き起こされる事象は嫌い。
交通機関が止まるのも…一人きりになるのも…。
「…何があったかは、話せない?」
「それは、その」
「まあ、当然と言えば当然ね。私、先輩とか、彼氏の姉ではあるけれど…貴方にとって機を許せる相手じゃないもの」
「そ、んなこと」
「ない?そう言ってくれる?」
「…いいたい、けれど、言われてみれば、私は一海さんのこと、全然…」
「まあそんな感じよね。あ、追い詰めているわけじゃないのよ?」
「では…」
「信じて、貰えないかもだけど…聞いてくれる?」
布団のシーツを伸ばす手を止めて、彼女は恐る恐る聞いてくる。
私が無言で頷いた姿を確認すると、何度も深呼吸をした後に…押し入れの中から、あるものを取りだした。
部屋の中に出てきたのは、小さな段ボール。
一海さんはその箱から、小さな本を取り出した。
私を手招きして、それを手渡してくれる。
見ていいということだろうか…。
「…これね、成海のアルバムなの」
「成海君の?」
アルバムを開いた先には、険しい顔を浮かべた女性に抱かれた赤ちゃん。
その隣には、海人さんをそのまま若くしたような男の人が写っていた。
「お父さんとお母さんが二十歳の時の写真」
「はたっ…!?」
成海君で二十歳の時。じゃあ、一海さんは…?
…これは、聞かないでおこう。なんか、触れてはいけない話題のような気がする。
話題を逸らすように、アルバムをめくる。
基本的には一海さんと一緒に写った写真が多かった。
小さい頃は彼女に終始抱きしめられ、幼稚園の時は可愛らしい制服に身を包んだ一海さんに手を引かれる成海君。
前々から思っていたけれど本当に姉弟仲がいい。
アルバムをめくり続ける。
小学校の入学式。お父さんと一緒に写った写真がやってきた。
小学生の成海君。快闊な少年は、お姉さんより友達とよく写真に写るようになった。
成海君の隣に陣取る銀髪の男の子、もしかしなくても鷹峰君だな…。昔はこんなに可愛げがあったのに…。
けれど、こんな時代の彼を一海さんは見せたいわけではないだろう。
めくった先から、彼の表情に陰りが出てくる。
周囲にいた鷹峰君以外の友達は写らなくなり、中学の入学式の時には、笑みさえ浮かべていなかった。
そして中学を通り過ぎ…一番新しいページ。高校の入学式に至る。
私も知ってる成海君が、そこに立っていた。
「…お母さんが亡くなって、新菜ちゃんも知っているとおり、成海には難点ができた」
「…」
「小学校も中学校も保健室登校でね。陸以外の友達は皆いなくなったし、高校もどうなるか心配だった」
一海さんは天井を仰ぐ。
細めた目は姉と言うより、母に近い視線を描いていた。
「でも、あの子は私の心配を余所に、自分でちゃんと理解を得られる友達を作ったし、なんなら彼女まで。予想すらしていなかったわ」
「…」
「小さい頃から、とびっきり優しくて、繊細な子。心配していたあの子に、こうして大事にしたいと思える存在ができた。凄く嬉しかった。理解者ができただけじゃなくて、こうして側にいてくれる子が現れたことが。自分の事のようにね」
「…」
一海さんの手が、私の肩に伸びる。
髪を指先で掬い、慈しむように撫でた。
少しだけ、くすぐったい。
「弟に対して過保護過ぎるかもしれないけれど…」
「気持ちは、よく分かります」
「ありがとう。そんな成海が大事にしたいって思えた子…さらにはあの子を前に進ませてくれた子がこうして前にいる」
「…」
「私は、そんな貴方を大事にしたい。弟を好きでいてくれる大事な人を、私も同じぐらい大事にしたい。それだけなの」
「一海さん…」
「ま、そんな訳なんだけどね。私が、色々する理由…。成海が大事にする新菜ちゃんを、姉という立場だけど大事にしたいから…」
「ありがとう、ございます。一海さん」
「…お礼を言われることは」
「…雪の話」
「?」
「少しだけ長くなるんですけど、聞いていただけますか?」
「ええ。勿論よ」
「…できれば、一緒にお風呂に入りながらではダメでしょうか?」
「私はいいけれど…新菜ちゃんは?」
「私は是非、お願いしたいんです。だって私…一人でお風呂、入れないので…」
一海さんが見せてくれた優しさに甘え、弱みを零す。
彼女は真剣な面立ちで、私の肩を支え…そのまま一緒に浴室への足を運んだ。




