33:楠原さんちの夕暮れ
吹雪が再び酷くなる前に、家に到着することができた。
「姉さん、父さん呼ばなくていいのか?」
「これぐらい立て替えとか余裕。領収書頂けますか?」
…流石現役モデル。買い物に行かないから千円しか入っていない男子高校生と財布の中身に大きな格差があるようだ。
ポンっと出した一万円の代わりに、お釣りと領収書を受け取った姉さんは、僕らより遅く家の中へ。
「ただいま、お父さん。はい、領収書」
「…帰って早々手渡すのがこれかい。ま、三人とも無事でよかったよ」
出迎えてくれた父さんは領収書を苦笑いで受け取り、僕ら三人を出迎えてくれる。
「あの…すみません。急に」
「ああ。成海から連絡は貰ってる。災難だったね。自分ちみたいに気兼ねなくゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
「さ、今日はもう工房も止めたし、ゆっくり寒さに備えよう。お風呂は沸かしてあるから、順番に」
「じゃあ、いつも通り阿弥陀で決めましょうか」
「姉さん、僕は晩ご飯の準備があるから最後で」
「あ、成海君。私も手伝うよ…一人じゃ大変だろうし」
「いいって。具合悪そうだし…リビングでくつろいでいて」
「そうよ。できたら早めに横へなった方がいいぐらい。顔が青いわ」
「…そう、でしょうか」
父さんと美海は顔を見合わせ、新菜さんへある提案をする。
「じゃあ、一番は新菜ちゃんでどうかな」
「早めに暖かくなって、寝た方がいいからね」
「…はい」
「一人で入るのは不安?」
「…です、ね。自分でも自覚がないぐらい顔が青いみたいですし…何かあったらと思うと、今日は入らないまま…」
「じゃあ、私と入りましょうか」
「「「え」」」
姉さんの提案に、僕と美海だけではなく、新菜さんも驚いた声を出す。
そんな提案が姉さんからされると誰も思っていなかったからだ。
「嫌かしら。背中ぐらい流すわよ?」
「で、では…お言葉に甘えても?」
「ええ。じゃあ、早速行きましょう」
姉さんから背中を押されるようにして、新菜さんは荷物を片手に浴室へ向かう。
僕と美海は呆然と顔を見合わせ、ゆっくりとこの状況を受け入れる。
「…とりあえず、美海。今日何食べたい?」
「この流れでよく聞けるね…」
「いや、なんか、姉さんがあんな提案するとは思って無くて。理解が追いつかないから、とりあえずいつも通りにするかと思って」
「やっぱりお兄ちゃんも混乱してるんだ…私もだけどさ」
「だってあの姉さんがだぞ!?温度やその日の入浴剤にも文句つけてくる姉さんがだぞ!?最後に誰かと一緒に入ったのはいつだ!?」
「お姉ちゃんが小学三年生の時じゃない?」
「いや、その時はまだ成海が一緒に入っていた。小学一年生を一人で風呂に入れられるわけないだろうって」
「…なんでお父さんはお兄ちゃんと入らなかったの?」
「あ、それ聞いちゃう?美海さんや」
「覚えていないのか?」
「?」
「「美海がお風呂嫌いの暴れん坊だったからだ」」
かつての美海はお風呂が大嫌いだった。
お風呂に入るとわかったら、家の中を逃げ回り…父さんはそれを一時間ぐらいかけて説得をして…やっと一緒に入る。
その間に姉さんは僕を連れて風呂に入るというのが小学三年生ぐらいまでの流れだった。
それ以降、姉さんは一人で入っていたし、父さんも一人。
…何故か僕が美海を風呂に入れる役目を仰せつかった。勿論逃げ癖は定番化しており、僕も美海が一人で入れるようになるまで相当苦労をさせられたと思っている。
「そんなことないもん…」
諸悪の根源は口をとんがらせたまま、台所へ滑り込む。
そしてグラタンの素を僕に手渡して、颯爽と部屋に戻るのだ。




