30:帰り道の模索
視界の端に映る猛吹雪を、視界に入れる。
真白に染め上げられた外は今、どうなっているかすら分からない。
授業中、先生も察知したのだろう。
途中でビデオを切り上げて、まずは十分時間を取るから、着替えてくるように促してきた。
それぞれ行動に移り、十分後。
男子全員が着替えたことを確認した後、更衣室から戻った女子を教室内に入れて、席に着く。
「…お前ら、この後の心配しすぎ」
「でも、この猛吹雪で帰れるかどうか不安になるのは仕方ないじゃないですか」
「気持ちはわかるぞ。だけどな、先生も授業を切り上げて帰れとは言える立場じゃない」
「…」
「だから、この時間。自分の足が生きているかどうか確認していいぞ。先生は車だから自力で帰れるけど、お前らはそうもいかないだろうし」
「内野先生大好き」
「調子良いな…」
内野先生はスマホを使う許可を出してくれた。
余裕がある面々は、席を移動して調べる事が多い面々の手伝いを「静かに」していいとも。
僕の周りだと、新菜さんと渉かな。
渉は船が止まったら、新菜さんは電車が止まっていたら帰宅は困難だろうし。
「若葉さんは大丈夫そうか?」
「私徒歩よ?平気。成海もでしょ?」
「ああ。でも、近くまで行くバスがあれば、その方が楽だろうし…」
「ないない。マジでない。住宅街の中だしさ。お互いこういう時きついよね。絶対徒歩確定ってところがさ」
「あ〜」
「成海、若葉さん」
「どうした。陸」
「俺の方、塾も休みになった上に、母さんが少し早く帰るから迎えにこようかって連絡してくれているんだ。行先はほとんど一緒だし、二人も一緒にどう?乗れるよ?」
「いいのか?」
「いいから誘っているんだよ。母さんも友達にも声かけておきなさいって言ってくれているし、甘えときな」
「成海はともかく、私は悪いでしょ」
「こういう時、使えるものは使っておいた方がいいよ。うちの車、ワゴンだし。ぎゅうぎゅう詰めの心配も無いから」
「じゃあ、お言葉に甘えていい?」
「じゃ、そう連絡しておくね」
ささっとスマホを操作して、連絡のやりとりをしてくれる。
…有事に立たされた陸の動きは相変わらす早い。
「あ、二人とも。遠野さんの方を調べるの手伝って。普段使いの交通手段が止まっちゃってるみたいでさ」
「そうなのか?電車ってなかなか止まる印象はなかったが…」
「こういう時に限って事故が起きているみたいでね…」
「月村行きのバスとかあるよね。調べておくよ。渉は?」
「こちらは完全敗北。今日はうちに泊めるよ」
「船もバスもダメだったの?」
「うん。船は既に運休。バスも大橋の上で風に煽られる危険を考慮して運休だった」
「「災難…」」
「と、言うわけだから。遠野さんの方、よろしくね」
「了解」
若葉さんがささっと調べる中、僕も調べようとスマホを構えると同時に、不自然な行動をしていた人物が目に入る。
どうしたのだろうか。
「なあ、木島君」
「…なんだよ?」
「調べないのか?」
「大丈夫だって」
「楠原、今日祐平スマホ忘れてんの」
「ばっ、それ言うなって…」
木島君の隣に座っていた戸村君が事情を教えてくれる。
なるほど。ここも災難だ。
「そうなのか。ちなみにいつもはどの交通手段なんだ?僕が代わりに調べるよ」
「…なんでだよ」
「こんな天気だ。帰れる安心感は早く得た方がいい」
「お前の彼女はまだ帰る手段見つけてねえのに」
「若葉さんを見てくれ。あの速さだったら二人でやるより、すぐに帰り道を見つけ出してくれるよ」
「…人頼みでいいのか。自分の彼女の事」
「ああ。若葉さんは頼れる人だからな」
「…うちのは、そう言わないぞ。彼女を最優先にしろって。遠野さんは言わないのか?」
「言わないよ。本当はしてほしいのかもだけど。そこはちゃんと話し合うよ」
「…聞き分けが良くて羨ましい。ホント、理想の彼女だよな」
「理想じゃないよ。手探りで、最善を探している関係。僕も新菜さんも、そう思っている」
「…そ。理想の彼女なんて、どこにもいないんだな。今を切り捨ててて、理想を手に入れようとしたのが間違いか」
「理想はもうあるかもしれないぞ」
「なんだよそれ」
「それは自分達で作り出すものだと思うから」
「…お前は本当に優等生だな。嫌われてるって分かっているのに、俺なんかにも関わろうとしてくるし…」
「いいや、全然。優等生じゃなくて、どちらかと言えば問題児。そう見えるだけ、十分かもな」
「そっか。お前、血を見たら倒れるもんな…」
木島君は口をとんがらせたまま、目を逸らす。
そして…。
「高陽奈」
「え」
「俺の家、高陽奈にある。交通手段、止まってるか?」
「今、調べるよ」
「…ごめん」
「謝ることはないだろう。困ったときはお互い様だ」
「…性格ぐらい悪くいろよ。妬んでいた俺が馬鹿みたいだ」
「妬んでいた?」
「羨ましかったんだよ。遠野さんと付き合えているお前が…」
「確かに、僕には過ぎた人かもしれない。けれど、それに釣り合うようにはなりたいと思っている」
「…できるだろうな。お前なら」
「お褒めいただき、ありがとう。ほら、高陽奈行きのバス。電車は止まっているが、バスは止まっていないみたいだ。運賃はこれぐらいだけど」
「あ〜。大丈夫そう。手持ちあるわ」
「よかった」
「…なかったら、どうする気だった」
「貸すけど?」
「馬鹿。金の貸し借りは」
「有事の時ぐらい例外だろ」
「全く…ホント、変な奴だよ。楠原…」
木島君は呆れながら小さく笑う。
外は猛吹雪だけど、僕らの間にある空気だけは、少しだけ暖まったと思いたい。




