29:雪の陰り
昼食を終え、五時間目。そして六時間目へ。
最終コマの体育というものは、割と憂鬱なものらしい。
渉は勿論、あまり嫌な事を顔に出さない陸も面倒くさそうな顔をしていた。
「成海はいいよなぁ…体育見学だから」
「好きで見学しているわけじゃないぞ…?」
「発作が起きても対処できるってんなら、参加させても良いけどね。渉は動悸が激しい成海に胸ぐら掴まれて、押し倒されても押し返せる?力強いし、超怖いよ?」
「もしかしなくても…新菜の時でマシな部類なの?」
「「大分マシな部類」」
「災難だなぁ…」
父さんや姉さんと相談した結果、高校生になっても体育は見学したまま。
発作は、出る機会が少なくなったとはいえ…まだ、残っている。
誰かが怪我をするところは、今も見たくはない。
「体育祭も見学していたのか?出席していたかどうかすら怪しいけど…」
「出席してたよ。先生に混ざって得点計算をしていた」
「昼飯ぐらい混ざって食いに来たらよかったのに」
「?皆、係とかで忙しいから今日は別々だよって聞いていたんだが…」
「「どういうこと?」」
「新菜さんがそう言っていたぞ?」
「…じゃあ、新菜だけどっか行ってたのは」
「一人だけ…成海のところに」
「…みたいだなぁ」
…新菜さん。流石にこういうことで嘘は良くないと思う。
後で軽く「よくない」って言っておかないと…。
「んで、出し抜いた新菜と二人で仲良くお弁当分け合っていたと?」
「いや、その日は「お弁当を作ってこないで」と言われたんだ。そしたら、新菜さん手製の弁当が出てきてなぁ…」
「惚気―っ!惚気ですよ、陸さん!彼女いない歴年齢の俺たちには刺激が強い!」
「…いつ俺が「彼女いたことない」って言ったの?」
「陸は何人か彼女いたぞ?」
渉の顔が驚愕で歪む。
そこまで意外だろうか。文武両道かつ整った容姿。極めつけに家柄も良いときた。
中学時代の陸はとてもモテていた。
「裏切り者め…。で、なんで今は彼女いないんだよ」
「とりあえず付き合ってみたけど、面白くないね、恋愛。面倒なだけだと気付いたら、どうでもよくなって」
「お前それよく成海の前で言えるな…。てか、とりあえずって部分に誠意が足りない」
「そりゃあ、相手を知るところから始めないとでしょ。向こうは俺を知っていても、俺は相手の事を全く知らないし」
「そこは誠意の塊だな…」
「でも向こうは探っている間に待ちきれなくて、破局って流れ。思っていたのと違ったって。勝手にイメージつけて、勝手に幻滅して終わり。俺は振り回されるだけ」
「大変だな、お前も…」
「そういうものだと思って受け入れているよ」
「だから新菜警戒してんの…?」
「…実のところ、そこもある」
「…ま、成海の保護者やってるだけあるわな。自分の経験から心配する理由もわからんでもない」
陸は僕の保護者ではないのだが…渉の中ではもうそうなっているのだろうか。
まあ、心配性だしな…。そう思う気持ちはわからないこともない…。
「そういう渉はどうなわけ?」
「へ?」
「人の恋路に興味津々って感じだったし、興味あったりするわけ?」
「ま、まあ?興味はあるよ?やっぱ成海レベルで青春したいじゃん」
「それをしたければ成績上げな。また赤点ギリギリ取っている分際で何が青春だよ。青が真っ赤で補習漬け一歩手前だ」
「ド正論をありがとうよ、秀才。冬休みはオンライン補講よろしく」
「はいはい」
しかし、青春かぁ…。
高校時代は一番楽しい時期だとかいうし、充実したものにしたい。
「成海君」
「ん、新菜さん」
玄関先で新菜さん達と合流する。
体育自体は別々だが、行先は同じだ。
「いつも思うけど、ジャージだけで平気?」
「なんだかんだ。でも、身体を動かさないから…今日は上着有で良いって言われてる」
「この寒さだもんね。見学はきつそう。でも…そもそもこの天気で体育するのかな?」
「…吹雪いているな」
「だねぇ」
先程までは雪がちらつく程度だったが、移動している間に吹雪き始めたようだ。
玄関先でクラスメイトが待期している。流石にこれで体育が行われるなど、僕らは思いたくはない。
「皆の衆、教室移動。体育館は三年が使ってるから、今日の体育はビデオ見るんだと」
誰かが先生に聞いてきたのだろう。
教室で行われることになり、玄関から引き返す。
クラスメイトに続くよう、教室へ引き返そうとするが…一人だけ、様子がおかしかった。
硝子越しの光景をぼんやりと眺め、立ち尽くす新菜さん。
その表情は、彼女の姿に隠れて見えやしない。
「新菜さん」
「…」
「新菜さん?」
「え、あ…どうしたの、成海君」
「教室に移動だって」
「そうなんだ。じゃあ、行こっか」
いつも通りだけど、どこか様子がおかしい彼女と並んで教室に引き返す。
彼女の表情が陰ったのは、薄暗い室内の影響だけだと思いたい。




