26:朝陽ヶ丘の冬
夏は通り過ぎ、秋を経て——季節は冬。
学生らしい、何の変哲も無い生活を送っていた僕らの話題は決まっていつも同じ。
「おはよう、成海…で、いいんだよね?」
「おおおおおおおおおおおおおはよよよよよりくくくくくく」
登校してきた陸に声をかけると、彼はとんでもないものをみたかの目をギョッとさせる。
それもそうだろう。
今の僕は、自前の膝掛けと新菜さんの膝掛け。それから美咲さんに若葉さんの膝掛けどころか…有志の女子から借りた膝掛けを組み合わせた状態で丸まっているのだから。
「…なんでこんなことになっているのかな、遠野さん」
「窓際って結構冷える上に、まだ教室暖房ついてないでしょう?」
「ああ、確かに…」
「成海君、防寒着が脱げなくてね。暖房つくまでそのままでいようかって話をしていたんだけど…今日、凄く冷えるみたいで。膝掛けを羽織って過ごしておこうってことにしたの」
「なるほどねぇ…」
「成海君が寒がりだってことは分かっているし、これまで何度も寒そうにしていたところは見ていたわけだけど…ここまで震えているのは初めて見たや。鷹峰君は何か心当たりない?」
「ああ…今日、雪が降るかもってニュースで言っていたよ。その関係じゃないかな」
「そうなんだ…」
「ここでは雪って凄く珍しいからね。積もるかもって聞いたのは久々かも」
今日はバタバタしていてニュースを見るのを見逃していた。朝陽ヶ丘は割と雪が積もらない。
積もるかもなんて話が出ることも珍しい。
ちょっとわくわくしている自分もいるけれど…こんなに寒いのは勘弁してほしい。
「それから…成海が「窓際寒い」って、上着を着たまま自分と新菜の膝掛け羽織って廊下側の美咲の席に来たわけ」
「特別具合が悪くない上、カイロを大量に使っているのに私達より体温低いし…全力で震えているのが気になって、膝掛け貸したの〜」
「で、それでも寒そうにしてるからどうしたもんかな〜って考えていたら…皆が膝掛け貸してくれて」
「で、こうなってると」
「んー…」
自分でも、どうしてここまで寒がりなのかはわからない。
けれど、寒いものは寒いのだ。
「女子から膝掛け奪って恥ずかしくないのかよ、楠原〜」
「…木島君」
何が癪に障るのか分からないけれど、木島君からのからかいは止むことが無い。
新菜さんと陸は一瞬彼を睨みつけた後…すぐに無関心へ。
それよりも、僕の方へと言うように。
「大丈夫だって楠原。うちらは「是非」って貸してるし」
「辛そうにしてたしね〜。暖かいか、このやろ〜?」
「二人ともありがとう…」
如月さんと椿さんがフォローを入れてくれる。
そんな彼女達に続くように、他の女子も僕らの元へ集まっていた。
「楠原君、これ、よかったら…」
「まだ冷えるなら…私のも…」
「おうおう、もっと巻け〜!」
「美咲、成海のことおもちゃにしてない?」
「してないよ、若葉。そういうなら若葉もその手止めようよ。ノリノリじゃん」
確か、高宮澄香さんと藤枝美保さん…だったかな。
体育祭の準備でよく放課後に残って…話すようになった女の子二人。
如月さんと椿さん、それから若葉さんが華やかで派手さがある女子だ。
二人とも美術部に所属しているということもあって、半強制的に準備班に組み込まれていた。
…そういうの、良くないと思うのだが。
僕は僕でどうせ競技には出られないし、裏方仕事を全部引き受けた。
そんな経緯で二人と関わるようになった。
他にも、体育祭をきっかけに全然話してこなかったクラスメイトと関わるようになった。
少しずつだけど、僕にも変化が訪れている。
変わらなきゃって、思うから。
いつまでも今までの僕ではいられない。
誰かを傷つける事を恐れて、誰とも関わらない僕のままではダメだから。
少しでも前に進めたのなら…新菜さんと一緒にいても、違和感なく見えるだろうか。
「…なんで楠原なんだろうな」
「料理美味いからだろ。超美味いぞ。祐平も食わせて貰え」
「餌付けされたのかよ…」
「祐平が言うほど性格に難ありって感じでもないしな〜」
「人手いる時、すぐ声かけてくれるし」
「むしろ善人の塊だぞ。遠野さんが選ぶのも分かる」
「…左様で」
ぼそっと呟いた問いに対して、木島君の友達は何か答えている様子だった。
それは僕達には聞こえないが、少なくともふてくされている木島君を見る限り…彼が望んでいる言葉ではないことが、窺えた。
「お前ら〜。いる奴全員席に着け〜」
「え、ヒロセン、なんでこの時間に来てんの?朝礼は?」
「八時半だぞ、如月。もう終わったわ。もうすぐ暖房つくから、耐えろ楠原。暖まるまで上着着てていいから」
「皆、ありがとう…」
「いえいえ」
「気にしなくていい」
「平気平気」
「またいる時、声かけな〜?」
「貸すからね〜」
「じゃ、また後で」
「体、気をつけてね」
それぞれに膝掛けを返納し、自席に戻る。
その間に広瀬先生は座席表を書き上げ、用意していた箱を教卓の上へ。
「そういや最初に席替えした以来、席替えしてないなと思ったので、席替えしようと思いま〜す」
…てっきり最後までこの席固定かと思っていたのだが、どうやら十二月にして変化が訪れるらしい。
隣の新菜さんと顔を見合わせる。
彼女とこうして隣同士になるのも、最後かもしれない。




