Praesens7:なんだかんだ言っても
…凄まじく嫌な事を思い出した。
しかし、あの男がいたからこそ…私は箍を外すことなく成海君と仲睦まじく交際を続けられた事実も存在しているわけで…非常に複雑である。
現状があるのは、あの男の牽制が私の理性と化していたからだ。
おかげさまで…いや、何度か詰め寄った事はあるけれど…成海自身の理性もある程度は抑えられたと思っている。
「…新菜?」
「いや…なんでも」
「新菜は、僕が思っている以上に陸と仲がいいよな…」
そう思われるのは非常に複雑というか、反吐が出るんだけどな…。
協力関係であるのは事実。
成海からみたら、私達はよく話しているし…成海がいないところではよく行動を共にしている印象ではあるのだろう。
———その事実に、ふてくされる程度には。
いつも柔らかな笑みを浮かばせているのに、この話題になるといつも無表情。
口元はきゅっと結ばれて、子供の様に頬を軽く膨らませ「不機嫌です」と露骨に示してくる。
本当に、わかりやすくて愛らしい。
「成海、嫉妬してる?」
「…そういうわけじゃ」
「頬、ちょっと膨らんで…」
「膨らんでない」
「避けないの。頭揺らし続けていたら、また気持ち悪くなって倒れちゃうよ」
「そんな子供じゃないんだから…」
「そんな子供にするような忠告を無視して、ぐったりしたのはどこの誰だったかな〜?」
「…誰だったかな」
「成海だよ。成海」
「…」
頬に入った空気を押し出すように、指で触れる。
突けば「ぷすー…」と空気が漏れた。
再び空気を詰め込んできたら、また押し出して空気を抜く。その繰り返し。
「可愛い」
「…」
「でも安心して。嫉妬する必要なんてどこにもないんだから」
「…本当に?」
「あ、信じてないな」
「…わかっていても、不安になる時はある」
「たとえ当たり前でも?」
「それが「当たり前」だからこそ、変化が起きていないか不安になるんだよ」
「…もー」
死んでも浮気とかしないから安心して欲しいのだが…やはりド繊細。
年月、身体、心を重ねても不安になる時は訪れるもの。
でも、それでいい。
成海君だから、私は許せる。
そういう性質を理解しているからこそ、包み込まなければと思うから。
かつて成海君が私を包み込んでくれたみたいに、今度は私の番。
「…昔の私みたい」
「そう?新菜は、不安な素振りとか…嫉妬とかしたことないだろう?」
「付き合う前からしてました」
「えぇ…?」
「美咲が成海に抱きつくの嫌だなって思ったりしたし…付き合ってからも色々あったでしょう?私の成海君なのになって…考えて、成海に言えないような感情ばっかり抱えてた」
「言えないような…?言えているじゃないか」
「今だから言えるんだよ」
長い年月を共にしたから。
口約束の交際ではなく、書面を出して家族になりたいと思い、お互いの汚い部分もさらけ出せるほど信頼し合えるからこそ、言えることだから。
「順調に交際して、成海から「愛されてる」って感じても、物足りないなって思う時もあった。一番露骨なのは、高校三年生の冬だよね。私が成海を押し倒した…」
「ああ…あの時の」
「私は、成海が思っている以上に綺麗で強くって、完璧な女の子じゃなかったんだよ」
「知ってる。けれど、僕はそんな不完全な人間らしい新菜が好きだから。安心して欲しい」
「知ってるよ。そんな私でも、ちゃんと包んでくれた成海が大好き。これからも、これまでも。ずっとね」
「…包んだかな?」
「包んでくれたよ」
私の汚い感情も、弱い過去も全部全部一緒に包んで、抱え込んでくれた。
支えると言ってくれた彼の言葉に、二言はない。
「ね、成海。こっち向いて」
「…新菜?」
元に戻った彼の頬を包み込むように、両手を当てて…そのまま顔を近づける。
これで何度目か。もう数えるのを諦めた程に交わしたことだけは理解している。
薄皮から伝わる熱を得て、距離を取る。
一瞬だけ。不意打ちはいつもこれでないと。
「ごちそうさま」
上唇を舌でなぞる。堪能するのは行為と時間だけではない。付着したものも、一滴残さずに。
「…ちゃんと言ってからって約束しただろ」
「もう全然だよ。今朝だって…」
「…そうだけど」
「…それにね、初めての時だってそうだったけど…今だって予告された後にキスされるのは、緊張しちゃうからね」
「…そう?」
記憶の季節は巡り、夏から秋を経て、冬へ。
私が成海に弱みを見せた、高校一年生の冬。
私が成海君を「この先の人生も一緒にいたい人」と確信した冬へと至る。




