13:楠原君と鷹峰君
僕が教室に入った瞬間、クラスメイトからの視線が一瞬集中した。
何故だろうか。いつもなら誰からも興味や好奇の視線を向けられることはないのに。
今朝の姉さんが影響しているのだろうか。
でも、一年で遠野さんレベルの人でも知らないミスコンの話題なんて伝わっているのだろうか…。
視線の意味がよく分からないままに、席に腰掛けて…鞄を横にかけてから、いつも通り窓の外を見つめる。
「…本当にいたんだな、楠原って」
「クラス名簿でもいたでしょ…」
「あいつと誰か喋ったことある?」
「いや…この一ヶ月、記憶には…」
何か、噂をされているような気がする。
まあ…どうでもいいことだろう。気にせずに窓の外を眺めていると…。
「なーるみ」
「…陸」
「やほ、元気そうだねぇ。休みどうしてた?」
後ろから声をかけてくるのは鷹峰陸。小学生時代からの友達。
僕がかつて起こした揉め事の相手。その一人であり、それでも付き合ってくれる変な奴。
彼と視線を合わせ、いつも通りに。
「普通に家のことだよ」
「工房は?」
「毎日」
「相変わらずだねぇ」
「好きだからいいだろ」
「ま、好きな事があるのはいいことだと、俺も思うからね」
「陸は?家族旅行はどこに行っていたんだよ」
「京都。親戚が京都にいる関係でね。はい、お土産」
「ありがとう」
「八つ橋、成海大好きでしょ」
「ん。あのもちもち感がたまらない」
陸から箱が二つも入っている紙袋を受け取り、改めてお礼を言っておく。
箱が二つもあるのは、俺の分だけじゃなく、家族の分も含めてくれている。
陸には本当に、頭が上がらない。
「そういえば、そろそろ命日だね」
「…ん」
「今年は、お墓に行けそう?」
「わからない」
父さんと姉さんは無理しなくていいって言うけれど、そろそろ行かないと、母さんに申し訳がない。
けれど、お墓に行く度にあの日のことを思い出すのだ。
手を握り締めた先の人から、ゆっくりと力と熱がどこかに消える———人が死に逝く感覚を。
「成海はド繊細だからなぁ…」
「…すまない。それで迷惑もかけているし」
「迷惑とは思ってないよ。あの日の事だって、気にしていない。あんなことがあれば、ああなっちゃうのも仕方ないからね」
「…優しすぎる」
「でしょ。だから、俺は成海が行かない選択をしても責めないよ。まだ思い出すんでしょ?」
「……ん」
「心の準備が出来ていないのなら、まだ行くべきじゃないと俺は思うよ。ただ、行きたいと思った時に支えが必要ならいつでも言って。予定、ぶち開けるから」
「…頼りになるよ、本当に」
「でしょ。だからこれからも頼りなよ。力になるからさ」
「ありがとう」
「いいって。それよりもさ」
「?」
陸は先程の真面目なテンションから、どこにでもいるような年相応らしい振る舞いに切り替えて、姉さんと同じようににんまり笑ってくる。
「…初日、店に遠野さん来たろ?」
「ああ。教科書を返しにわざわざ来てくれたよ。休み前、連絡してくれた時に教えてくれてもよかったのに」
「面白そうだったから黙っておいた」
「なんだよそれ…」
「だってさ〜。成海俺以外の友達全然いないじゃん」
「まあ、否定はしない…」
「そんな親友の前に、教科書を返したいから連絡先知らないかってクラスのグループメッセージに問いかける女の子が来たら、おも…期待せずにはいられないでしょ」
「…クラスのグループメッセージ?」
「そう」
道理で、今日は周囲からの視線があるわけだ。
クラス内でも影響力がある遠野さんが、誰とも関わったことがないような…最悪、存在すら認識されていない男の連絡先をクラス全員の前で聞いたのだろう。
で、唯一知っていた陸が何らかの形で遠野さんに僕の居場所を伝え、あの休日に至るというわけだ。
「なんか視線を妙に向けられると思ったら…」
「あはは。こういうのもいいきっかけなんじゃない?」
「そんなもんかなぁ…」
遠野さんが作り出したきっかけ。
それが僕の学生生活に、何らかの変化を与えるのだろうか。
少しだけ変化が生まれた連休明けの朝は、ゆっくりと動き出す。




