20: 美咲のおねがい
保冷剤の冷感に頬が緩みそうになる中、私の頭に影が落ちる。
誰かが来たらしい。
「成海兄ちゃん」
「なんだ…って、美咲さんか。どうしたんだ?」
どうやら美咲が来たらしい。
少し弾んだ声で美咲は何かを成海君へ手渡したらしい…。
彼は珍しく、困惑した声を出す。何を見ているのだろうか。
「成海氏、私のインフェルノフェニックス描いて〜。イメージはこれね」
「…やけに凝っているな。裁縫道具に描かれていそう」
「あ、私その柄欲しかった〜。買って貰えなくて、お小遣いで手芸店に売ってある道具セット買ったな〜」
「美咲、さらりと言うけど冗談よね?冗談って言って?」
「…真相は、闇の中かも」
「今ここで使うワードじゃないから!?ホント大丈夫なの?!」
「今別居中だから気にしなくていい」
美咲の家庭があまり良いものじゃないかもしれない。
その話は、若葉ともしょっちゅうしていた。
そして、互いに言う機会があれば絶対に言おうと決めていた言葉だってある。
「もー…あんたが気にしなくていいって言うから気にしないけど、何かある前に相談して。私だけじゃなくて、新菜も同じ気持ちだから」
「若葉も新菜もやさしっ。きゅん」
「確かにやさし〜。どくん」
「や、優しいね…。ぽっ…?」
ぽぉあ!?おいなんだ今のワードは!ぽっ!?ぽっ!?鳩!?ぽっぽ!?
可愛いが過ぎるよ成海君…。私、不審者に連れて行かれないか滅茶苦茶心配なんだけど。
本当に高校一年生?小学一年生じゃない?
「成海、無理して馬鹿二人の真似すんな〜?あんたはあんたのままでいいから…」
「あ、ああ…そうさせて貰う。しかし美咲さん。やっぱり薄々思っていたけれど、家、何かあるの?別居とか言っていたし…」
「まあ、色々あってね。その辺は聞かないで貰えると」
「…何かできることがあればすぐに声をかけてくれ。協力するから」
「俺も。部屋貸すとかできるから。あんま気負うなよ?」
「三人ともありがとね。もしもの事があったら、頼らせて」
美咲の明るい声で話が締められる。
三人もそれで納得したらしく、それ以上は何も言わなかった。
「てか、成海さんや。裁縫道具に描かれているのは大抵ドラゴンだろ…?」
「そうか?似たようなのがいっぱいだからわからなかった」
成海君の口調は何か思案するような感じだった。
顔には影がずっと落とされている。もしかしなくても…成海君、インフェルノフェニックス描いてる…?私の顔の上で…?
しかも裁縫セットの話をしながら…?
「成海氏はどんなの買ったの?スポーツチームのロゴ?」
「姉さんと美海の熱い希望で、埴輪をモチーフにした…」
「「「逆らえなかったのか…」」」
「美海がお下がりで使う条件で買ったのに、美海は美海で買うし…」
「どんなの買ったんだ?最近は色々あるし、奇抜なの買ったんだろ」
「よく分かったな。ミョクミョク様柄だよ」
「あのゆるキャラこんなところにもいるのか…」
「キャラものって使ってて楽しいの、小学生の頃だけだよな。中学生になると途端に恥ずかしくなる」
「その口ぶり、あんた、ドラゴン買って貰った側か」
「ああ。中学二年ぐらいで恥ずかしくなって、箱だけ持ち歩くようになった…」
「うちの弟共の未来を見た気がしたわ…」
「今だけだぞ。使っていて楽しいの…ホント…」
…裁縫道具だけでよくここまで話ができるね、皆。
と、いうか埴輪柄とかよくわからないんだけど…ドラゴンとか、そういうのあった?
私、小学五年生の時にいた学校が山奥の田舎だったから、各自で買ってこいタイプだったんだけど…なんか頼むシステムあるの?
習字セットもシンプルな赤と青の二択だったし…話について行けないのはなぜ?私だけ別の時代に置いて行かれていないかな…。
ぼんやりと、未知の話に耳を傾けている間に、成海君はインフェルノフェニックスを完成させたらしい。
視界が明るくなり、美咲のはしゃぐ声と、空き地へ駆ける足音が聞こえる。
「うぇーい。鷹峰見ろ。私のインフェルノフェニックス」
「成海の力を借りたな!?」
「鷹峰だって借りてた。平等平等…ほら、そろって完成した事だし、一勝負行こう」
「…仕方ないなぁ」
しばらくすると、空き地の方から美咲と鷹峰君、それから子供達を交えたはしゃぎ声が聞こえる。
どうやら勝負が始まったらしい。
「ここで成海氏が描いてくれたインフェルノフェニックスを召喚…。場にある面を業火で焼きつくし、戦場には我しか残らん!」
「ふっ…俺のアモスフィアビートルがそんなちんけな焼き鳥風情に負けるとでも…!?」
「うおおおおおっ!?」
「やべー!インフェルノフェニックス全部吹き飛ばしたぞ!」
「いや、まて…アモスフィアビートルがまだ生き残ってる」
「やはり相棒戦なんだな…!こういうの…!俺、久々にホビーアニメでわくわくしてる!」
「ヒデちゃん、俺たち今アニメ見てないよ〜?」
声だけだから、よくわからないけれど…空き地は噂を聞きつけてやってきた小学生でいっぱいらしい。
その中心には、高校生二人。
私達はそれを見守りながら、軽く涼みつつ休憩を続ける。
そんな中、成海君の悲しそうな声が響く。
「あ〜…」
「どうした、成海」
「陸君。左足に一番近い奴とか狙い目だと思うよ」
「流石美海ちゃん。天は俺に味方してくれたらしい。次で勝負を決める!」
…鷹峰君の声から察するに、どうやらあの場に美海ちゃんが紛れ込んでいるらしい。
成海君も流石に想定外だろうな、これ。
「なっ…!それはズルい。成海氏!私もヘルプ!」
「成海、巻き込むな〜!新菜膝枕して寝かしてんだから…」
「それもそうか」
「ごめん、美咲さん」
「構わんよ。応援してくれる気持ちで十分さ」
「何?お兄ちゃんいるの?気がつかなかったや。おにーちゃーん。お小遣いぷりーず」
「ばっ!美海ちゃん!俺の味方をしてくれないの!?」
「お菓子食べたい」
「そんなぁ!?」
今度は誰かがこちらにやってくる足音がする。
話ぶりからして美海ちゃんだろうな。
…美海ちゃんにこの光景を見られて大丈夫なものなのだろうか。
不安になりつつ、とりあえず最後の晩餐がてら私は成海君の太ももへ顔を埋めた。




