16:そうだ。決闘しよう
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
「あらあら。綺麗に平らげたわね」
「美味しかったので〜」
「こればかりは、吹上に同意です…」
「素直に美味かったの一言も言えないのか…将来亭主関白待ったなしだな」
「なぜお前に将来の心配をされなきゃいけないんだ」
「あらあら。ご飯が終わった瞬間にまた言い合いを始めて。仲良しさんねぇ」
「別に、仲良しではないですが…」
「そう?そうやって思っている事をそのまま言い合えるのは、互いに無遠慮で、素の自分を出せるということでしょう?」
「確かに?」
「そういう人とはなかなか巡り会えないわ。大事にするべきだって、老婆心ながら助言させて貰うわ」
「「…はい」」
年長者の助言には耳を傾けるべき。
けれど、聞き入れたくない事情も少なからず存在している。
それでも私達は、お婆ちゃんの言葉に渋々返事をするしかない。
仲良しであることを、認めなければならない。
「でも、あまり互いに汚い言葉は使わない方がいいわね。言葉自分も相手も傷つけるものだから、取り扱いには注意しなきゃ」
「そうですね」
「気をつけます」
「後、あんな感じにもなるから、時と場所を選ぶもの大事ね」
お婆ちゃんが指で示した先にいたのは、先輩達。
先輩達は私達の口調を真似て、ふざけあっていた。
こういう真似をされ、遊ばれるのは正直想定外だった。
「…外ではやらないようにしましょう、鷹峰君」
「…こればかりは同意せざるを得ませんね、吹上さん」
「あらあら、二人とも上品な口調になっちゃって」
お婆ちゃんが口元に手を当てながら笑う。あれが真の上品だ。私達のような上辺では買えっこない。
そうそう。食事を終えた満腹感でかき消されそうになっていたが、本題に入らなければ。
「ねえ、お婆ちゃん。この近くに人が来ないような場所はない?」
「この時間はないわよ。特に今日は小学生も下校しているし、どこもかしこも遊び場よ?」
「ですよね〜」
「表にある空き地は今、人はいないけど…見ての通り人通りがあるから…」
「どうします?これでは喧嘩できませんね」
「俺としては非常に都合が良いのですが」
「あら、喧嘩はダメよ?」
「「はい」」
困った。このままだと本題に入る前に帰る羽目になってしまう。
何か打開策…言い合いをしても違和感がない行動…遊びながら言い合う手法。
そうだ。決闘しよう。
決闘者になればいい。それなら勝負をしながら言い合う環境が構築できる。
「先輩。デュエルエンペラーのデッキ持っていませんか?」
「美咲姉ちゃんその口調崩さねぇのな…」
「今日は持ってきてないぞ。持ってても自分のデッキ貸すわけないだろ〜。俺が考え抜いた俺だけのデッキだからな!」
「てかルールわかんの?」
「私はわかります。鷹峰君は分かりますか?」
「やったことがないのでわかりません」
「マジかよ。今度漫画の付録についてたスターターデッキセット貸してやるからやろうぜ、兄ちゃん」
「え」
「てか兄ちゃん名前何?」
「…鷹峰、陸」
「じゃあ陸兄ちゃんだ。俺、橘英樹な〜。ヒデちゃんでいいぞ」
「江川信助。愛を込めてしんちゃんでいいよ〜」
「橘君と江川君。よろしくね」
「「うわ堅い…堅いぞ陸兄ちゃん」」
小学生先輩もとい、ヒデちゃんしんちゃんはそれからも鷹峰を囲い続ける。
自分達が知っているゲームを知らない奇特な年上を見て興味を抱いたのだろう。
こちらが準備を終えるまでの間、鷹峰は先輩方に貸してやろう。
私は店の中を見て回り、決闘に使えそうな道具を探す。
昔ながらの駄菓子屋だ。竹とんぼとかシャボン玉とか絶妙にくすぐられるラインナップが揃っている。
トランプとかがあればベストなのだが、流石になさそうだ。
その代わりと言ってはなんだが、駒とメンコがある。
近所に住んでいたお爺ちゃんに教えて貰ったので駒回しはしたことがある。勿論私は駒系ホビーアニメ「ベイソニック」も履修済。
この前、大地と一緒に漫画も読んだからね。ちゃんと覚えている。
うちの家族は五人。両親は末妹のつぼみの教育に夢中で私達は放任。
大地は私と一緒に祖父母の家で暮らすようになり、小学校もこっちへ通っている。
ちなみにだが、大地は五年生。
先輩二人は名札からして六年生だから、弟は無関係だ。
思考が脱線してしまった。
ちゃんと勝負事の話に頭を切り替えよう。
ベイソニックを真似て、ゴーシュートするのもやぶさかではないがデュエペも知らなかった鷹峰がベイソニックを知るわけがない。
下手したら通常の駒回しさえもできない可能性がある。現代の甘ちゃん(推定)だからね。仕方ない。
じゃあ、残りは…面子か。
「次いつ来れる?」
「塾が、あるから…来れるのは、日曜日と、木曜日。土曜日もたまにってぐらいで…」
「ほぼ毎日なのな〜」
「国立進学希望者向けの塾だから…」
「大変だな〜。たまの息抜きも大事だな。じゃあ次の木曜日。放課後な」
「強制!?」
「先輩の言うことは絶対だぞ。約束な」
「約束〜」
「…わかったよ」
大分調子を崩されているのに、悪い気はしてないらしい。
なるほど。成海氏、お婆ちゃん、年下の子供…鷹峰陸はこの辺には優しいらしい。
ついでに女にも優しくして欲しい。ベタになるから是非とも成るべきだ。
ま、それでも私と新菜には厳しいだろうけど。
…私はともかく、新菜に厳しくなる理由は本当にわからない。
ま、今から問いただせば良いだけのこと。
「鷹峰君。これで遊びませんこと?」
「なぜ貴方と遊ぶことになっているのでしょうか?」
「まあ、喧嘩の代わりですよ。メンコなら、貴方も分かるでしょう?」
「…叩き合う、あれ?」
「そうです。ちょうどここで買えますよ。外に出て、一勝負行きましょう。私が勝てば、私の疑問に全て答えて頂いた上で、新菜に謝罪と今後の対応の改善を」
「…俺が勝ったら?」
「成海氏と新菜を別れさせる等、悲しむ人間が発生する行為以外なら、貴方の言うことを何でも聞いてあげましょう」
「太っ腹だね」
「大判振る舞いをしないと、乗らないでしょう?」
「そうだね」
鷹峰はその気が無いのに、私の動揺を誘うためとんでもないことを耳打ちしてくる。
「…例えば「君の身体を使わせろ」とか言っても、叶えるのかい?」
「お望みなら叶えてあげますよ」
「ご両親…悲しむと思う、けど…」
「お父さんもお母さんも、私に興味ありませんので」
小声でにこやかに告げた後、私はメンコのセットと駄菓子を少々、それからスルメ大パックを片手にレジへ向かう。
「…これは流石に、勝てないな」
鷹峰の独り言も、気まずそうな顔も———申し訳なさそうな顔も、私は何も知らないまま、前に進む。
振り返ることは、何もない。




