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Fragment3:吹上美咲が得たい物

『美咲ちゃんって、なんか変だよね』


変なのは重々承知。

でも、私はこれが格好良いって思っている。

私が尊敬する人の振る舞いを真似ただけ。


でも、周囲はこれが変だと思っている。

私が尊敬する人だって、誰も知らない。

意志の齟齬がある関係は、成り立たない。


閉鎖的な環境だった小学校と中学校では、私は浮いていた。

いじめられることもないけれど、関わるのは控えておこうと思われるタイプだった私の友は、本だけ。

小説を読む間に、私が憧れたのは…「窓越しから見える青春」

私が一人本を読む世界の外で、楽しそうにはしゃぐ同級生達がそこにいた。


誰かと一緒に行動することに憧れを抱いて、高校に進学した。

生憎、選択肢は少なめ。

それは仕方ない。数学だけは、どうしても苦手だから。

…そんな私を意味が分からないと言いたげな、高校数学教師のお父さんと、中学数学教師のお母さん。

自分達は数学が得意なのに、なんで私が苦手なのだろう。

毎日頭を悩ませ、次第に私への興味を失い、数学が得意な妹へつきっきりになった。

私はそんな両親の失望を受け、本が沢山あるお爺ちゃんとお婆ちゃんの家に預けられた。


数学は、対面するだけで両親の顔を思い出す。

教科書を開くことさえ、億劫になった。


お爺ちゃんとお婆ちゃんは両親と私の間に何があったか分かっている。

優しくはしてくれるけれど、深く介入するのは避けていた。

腫れ物にどう触れるかわからないのは、どこも一緒らしい。

家でも、学校でも、どんな環境でも浮いていた私が出会ったのが…。


『ねえねえ、何の本読んでるの?』

『…野坂陽彦の』

『あ、タイトルは知ってる。空飛ぶ幼馴染の話だ』

『読んだこと、ある?』

『読んだことはないんだ。空を飛ぶ話があることぐらいしか知らないな』

『そっか』

『でも、あれがノンフィクションって嘘だろって感じだよね〜』

『実際に残された映像を見ると、野坂陽彦の親友は空を飛べるというか、跳躍してた説はある』

『本当!?それに、親友の映像あるの?』

『高校生時代、賞金稼ぎの為に巨大アスレチックの踏破を目指す番組に出てたから…Kamitubeに動画上がってるよ。ええっと…』

『新菜。遠野新菜だよ。これからよろしくね。ふきがみ、さん?』

『ん。吹上美咲…こちらこそよろしく』

『動画、何て検索したら出てくる?』

『サスケット、山吹』

『了解。今出すね。先生来るまでの間、一緒見ようよ』

『ん』


私が読んでいた本に興味を持ち、声をかけてくれた新菜。

それが、彼女と私の出会い。

私が窓越しの世界を手に入れた瞬間の、話。


◇◇


あれから、若葉を交え…三人で一緒にいることが増えた。

変わっている私と二人はよく付き合えるなと思い始めた頃、新菜がよく窓を見るようになった。

かつての私のように、窓越しの世界を…憧れを覗くように。


新菜はどちらかと言えば「窓越しの世界に生きる人」…憧れの中心にいるだと思っていたから驚いた。

彼女にも憧れがあるらしい。


後ろの席から、新菜の様子を伺う。

新菜が何を見ているかは、当時の私はわからなかった。


しばらくした頃、新菜は成海氏と話すことが増えた。

新菜の、窓側の隣にいた男の子。

かつての私みたいに、窓越しの世界を眺めていた楠原成海。

彼をきっかけに、鷹峰陸と森園渉とも関わるようになった。


毎日が楽しかった。鷹峰と関わること以外は。

そんな日々が続く中、新菜と若葉がいる時に「なぜ私と友達をしてくれるのか」という疑問を投げかけた。


「変わった事聞くね、美咲」

「でも、知りたくて」

「まあ、変人だとは思うけど、性格が悪いとか付き合いにくい材料があるわけじゃないじゃん」

「そう?」

「うん」

「それに、美咲の話って結構面白いよ。面白い言い回しとかするし。些細な事も聞き入っちゃう」

「あ、なんかわかるかも。でも私、たまにわかんない時あるわ」

「特徴的だもんねぇ」

「そう…」


「でも、それが美咲らしいって感じだわ」

「わかる。美咲らしさだよね」

「…私、らしさ」

「でも、もうちょっと馬鹿にも分かる話をしておくれ、美咲先生」

「先生って、私はそこまで」

「でもでも、この前のテスト、文系科目に関しては美咲全部満点だったじゃん。将来は国語の先生だったりしてね」


「…先生は、嫌かも」

「教え方も結構上手いのに?」

「…私はあまり、先生って職業が好きじゃない。両親が、そうだから」

「そういえば、美咲から親の話ってあんまり聞かないね」

「別居中。同じ市内に家はあるけど、私は今、祖父母の家から通っている」

「…別居してる理由は、聞かないでおくわ。成海レベルに嫌な予感する」

「そうしてくれると助かる」


この話をしたのは、成海氏のお母さんの話をされた後。

正直言えば、私はあの話をされた時、親近感を覚えてしまった。

親類がいい人ではない共通点なんて、珍しいから。

最も彼は、実の親からは愛されているようだが。


それから若葉。

今も怒りで声を震わせている彼女はきっと、良い環境で育ってきたのだろう。

だから怒れる。こういうまともな感性を持つ友人がいると、自分の置かれていた環境の異質性を感じることができて助かる。


「…ね、美咲」

「なに、新菜…ん?」


新菜は、どういう暮らしをしてきたかわからない。

けれど、私をこうして抱きしめて…安心させるように頭を撫でてくる彼女もきっと暖かな環境で育ったのだと思いたい。

けれど、何故か…その中に彼女の欲が混ざっているような気がした。


「何かあったらすぐに相談してね。力になるから」

「左に同じ」

「ありがと、二人とも。手始めに宿題見てくれる?」

「「早い早い」」


高校に進学して、私の世界は大きく広がった。

窓越しに見ていた世界は広く、得るものは多く。

両手で包み込めないほど、大切なものが沢山できた。

新菜と若葉はその一例。

思い描いていた理想を共に紡ぐ、大事な友達。

二人が力になってくれるというならば、私は二人に何かあれば力になれる存在になろう。

あの日、そう誓ったからこそ、私は———。


「———鷹峰陸。話がある」

「…ここではできないのかな」

「できる訳がない。お前、隣の若葉と渉氏の顔を見てから物を話す癖をつけたらどう?」

「興味が無いね」

「だと思った」


新菜の存在を厄介だと言った男だけは、見逃すわけにはいかない。

絶句していた若葉と、苦笑い状態の渉氏。

二人は行動に移すことができないだろう。行動したところで、この男に言い負かされる未来が見えている。

既に私達は鷹峰陸の厄介さを見せつけられている。力を示し、動きを抑制するのは布石だったらしい。


ああ、本当に厄介だ。


夏休みの間、私の事を追い回したのだって…私の厄介さに気付いたからだろう。

———唯一、言葉で戦ってくる存在だから。

わかっている。わかっているから、こうして表に立つしかない。


「若葉。お金は置いていく。不本意だけどこいつの分も奢る。オーダー分は食べておいて」

「う、うん…でも美咲」

「平気。こいつを今日こそ打ち負かす。そしてついでに金も巻き上げる」

「やってみろ、クソ女」

「やっと本性を出したな、性悪」


二人仲良く並んだフリをして、店を出て行く。

宿題は、後でメッセを経由して聞くのは、体力的にきついな。

そうだ。こいつの宿題を巻き上げて写すか。

誓いを胸に、その後ろには微かな欲を隠して挑む戦い。


友達の為の喧嘩って、ちょっと憧れていた。

今もわくわくしているのは———新菜と若葉には、内緒かもね。

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