12:それを拭うのは
「ふんふんふ〜ん」
「今、サイダーにオレンジジュースとグレープジュースを足したのは…」
「ミックスは基本なんだよ、成海氏。やってみ」
「基本じゃないでしょ。初めての人に何教えているのかな、美咲…」
「むっ、保護者…」
「ええっと、新菜さん。混ぜるのが普通なの?」
「普通じゃないよ。普通に飲みたいのを一つ選べば良いんだよ。他にも飲みたいのがあったら、後でまた取りに来たらいいんだからさ」
「なるほどなるほど」
素直に嘘も助言も聞き入れてくれた成海君は、グラスを片手にアイスティーを注ぎ始める。
「ミックスしないの?」
「普通に飲みたいから…後で」
「後でもやらなくてよろしい!」
「はぁい…」
ボタンを長押しするとは思っておらず、小刻みに押しながら彼は軽く首を傾げる。
使い方を伝えようと、前に進もうとすると…美咲から止められる。
「新菜、それも助けちゃうとガチで保護者っぽい」
「保護者じゃないよ…もう」
「でも、成海氏に言い聞かせている新菜はお母さんみたい。ついでに、一人にするのが心配だからか、飲み放題を追加した新菜もお母さんみたい」
「…」
「「お母さん」は生みの人だけでいい。「お父さん」だって同じ。「お目付け」は鷹峰というか、お姉さんだけで十分だと思うよ」
「…美咲?」
「新菜は、彼女でしょ?そんな保護者みたいな付き合い方してたら、成海氏は彼氏じゃなくて息子になっちゃうかもね」
「それは…」
「なんてね」
冗談めかしたように笑う彼女の言葉はどこまで冗談かなんてわかりやしない。
けれど、その言葉はどこか未来を見据えているようで…正直、恐怖を感じた。
どこまで見ているのだろうか、美咲は。
「でも、つきっきりなのはよくない。成海氏の可能性を狭める行為。私はこうして口を出さなければいけない事は口を出す。新菜と成海氏には上手くいってほしいからね」
「どうして、そう思ってくれるの?」
「?変な事聞くね、新菜」
美咲が素っ頓狂な声を聞きながら、首を捻る。
どう言語化したものか。そう悩んでいるような、真剣な面立ちだった。
「…まあ、付き合ったって聞いた時は驚いたよ。でもね、思い返せば…一学期の頃から、新菜が意識したり、独占欲を見せる素振り、結構出てたなって」
「ど、独占欲って…」
「事実、飲み放題を追加したのも食欲ではなく独占欲だよね」
「それ、は…」
「大丈夫。成海氏のことは友達として好意を抱いているけれど、異性としては見ていない。そこはちゃんと伝えておく」
「言わないといけないって思うぐらい、わかりやすいのかな」
「超わかりやすい。あれで気がつかない成海氏の方がおかしい」
ドリンクバーにアイスティーを注ぎ終えて、ご満悦な成海君。
美咲はその後ろ姿を眺めた後…私に向き合い、小さく笑う。
「一緒にいるだけで幸せだって空気出してる二人を見ると、上手く行って欲しいなって思う気持ちは本心。だから、あいつは私がどうにかしておく」
「あいつって…」
「去り際にとんでもないことを言った奴。成海氏聞こえて無かったっぽいね。初めての事が楽しみすぎて、聞き逃しちゃったのは残念…」
「美咲、聞こえていたの?」
「聞き耳を立てる生活を夏休みは送ったからね。良くも悪くもあの野郎のせいでこんな才能を開花させちゃうとは…」
「難儀だね…」
「ま、それで得したこともあるから、夏休みの件では奴を責められない。でも、さっきの件は別」
「…」
「ちゃんと、成海氏に話して…どうするか決めた方がいい。ゆっくり帰ってきなよ。あのカスは私がしばらく相手をしておくから」
美咲は軽く手を振りながら、ミックスドリンクを片手に席へ戻る。
そのタイミングを見計らったように、穏やかな表情をした成海君が私の肩を叩いた。
「新菜さん、新菜さん」
「成海君」
「…新菜さんは、何を飲む?」
「あー…ええっと、あのさ。成海君。さっきの話…」
グラスを受け取り、私もアイスティーをグラスへ注ぐ。
ボタンを長押しして出す様子を見て、成海君は目を丸くしていた。
「なるほどそういう…」
「成海君?」
「あ、いや。美咲さんとの話は聞こえていた。ごめん、聞き耳立てる感じで…」
「ううん。聞こえるところで話をしていた私達もどうかと思うし…」
注ぎ終えた後、さりげなく用意されたトレーの上に、二人分のグラスを置き…続いて、スープを注ぐ。
成海君がしようとしてくれたが、あえて止めて、私が二人分を準備し始める。
「そこは気にしないで。それよりも…」
「何?」
「僕は聞こえていなかったから、最後の話がよくわからなかった。でも、その件で新菜さんは何か悩み事があるんだよね?」
「…」
「言いにくいと思うような…どんなことでも、話して欲しい。僕はその、新菜さんの…彼氏、ですので。好きなだけじゃなくて…好きだからこそ、ちゃんと支えたいと思っておりまして…」
「ひゃっ…あつっ」
「大丈夫?今、手についたスープ拭くから。痛くない?」
ポケットから取り出したハンカチを優しく私の手に触れさせ、手に零してしまったスープを拭ってくれる。
動揺した自分が悪い。成海君が可愛いのが…悪い。
「続きは僕が。新菜さんはソフトクリームでも。食べたかったんだろう?」
「…聞いていたのなら、飲み放題をつけた理由はわかっているんでしょう?」
「それでも。甘いし…冷たいグラスに入れるみたいだから、手も冷やせるかなって」
「ああ…そういう。じゃあ、せっかくだし。成海君の分も用意しておくね」
「ありがと」
ソフトクリームをグラスに盛り付けつつ、話を軽く。
成海君の話は、まだ終わっていないから。
「とにかく———不安があるのなら、一緒に解決できたらって思うんだ。もしも話せなくても僕は、君の味方で在り続ける。だから」
「…ありがとう」
大丈夫だからというのは簡単だ。
けれど、それでいいのかという疑問も頭によぎる。
同時に、何も知らないのなら知らないままで…過ごして欲しい気持ちもある。
でも、きっと。
今の成海君はそれを「良し」としない。
成海君は息子じゃない。友達でもない。
味方でいてくれると、支えたいと願ってくれる彼氏だから。
たとえ相手が幼馴染でも、彼は味方でいて…。
ううん。大丈夫。だって、成海君はちゃんと、言ってくれたから。
———私の味方だと、言ってくれたから。
「———悩んでいるのは、鷹峰君の事」
「陸が、何か?」
「さっきも去り際に、私に対して「厄介だな」って…」
成海君は怒りと不思議と、悲しさが混ざった顔で私を見下ろす。
当然と言えば当然だろう。
今まで自分を支えてくれた幼馴染が、自分の彼女に対してそんなことを言ってくる事を知った怒り…。
なぜそんなことをするのか、疑問に感じ。
そして「陸がするとは思いたくない」と受け入れがたい事実に直面し、ショックを受けた悲しげな顔。
それでも全て受け入れて、成海君は私を不安にさせまいと…声を一律に保ちつつ、私の背を撫でる。
「話してくれて、ありがとう」
「ごめんね、動揺させるような…」
「凄く、びっくりした。陸がそんなことをするとは思っていなかったから」
「…そうだよね」
「陸には、僕から聞いてみるから…その、新菜さんはなるべく一人にならないで。できれば、僕といて欲しい。僕がいれば、何も言わないだろうから」
「わかった」
「動揺しきっているから説得力ないかもだけど…もう大丈夫だから。後は僕に任せて」
「ありがとう、成海君」
スープを拭うと共に、不安も一緒に拭ってくれた彼は、トレーを手に先へ進んでくれる。
少しだけ、恐怖が心の中から消えていく。
美咲がいて、成海がいる。
一人で悩む必要なんて、どこにもないから。




