9:鷹峰陸と遠野新菜
「成海」
「ん〜?」
「凄く盛り上がっていたようだけど、何の話をしていたの?」
「それは、その…なんだ」
「新菜と楠原君が付き合ってるって話」
「…?」
鷹峰君の目が、一瞬だけ黒く染まる。
空気も凍てついた気がしたが、それを感じ取ったのは私だけ。
成海君も、瑠菜ちゃんも咲茉ちゃんも、若葉も…何事も無かったようにしている。
…気のせいか?
「そ、ういえば…陸には、話していなかったな。ごめん、連絡遅れて…」
「つい最近のことだったり…なかなか言うタイミングが掴めなかったんでしょう?安心して。分かっているよ」
一瞬、鷹峰君の目が私を覗いた気がした。
台詞の節々にもトゲが混ざっていたような気がするのだが…私の思いすぎだろうか。
それに、なんだろうかこの違和感。
今までは「成海君と鷹峰君の間柄だから」と受け入れていた事象の筈なのだが…。
…自分が一番の理解者だと。ずっと隣に立ち続ける。
それが当然のことだと思っていた。
けれど…。
「それでもだよ。申し訳ないな、陸」
「気にしないで。驚くようなこと、隠し事されていたわけじゃないし」
「驚かないのか?」
「うん。ちっとも。いつできてもおかしくなかったし」
「そ、そうなのか…?」
「相変わらず謙遜しすぎだな〜」
張り付いた笑みは、落ちることがない。
しかし纏う空気は冷たいまま。
表情と感情が一致していない違和感に気付いた瞬間、この男が何を考えているのか…心底恐ろしく感じた。
“ただの”幼馴染に彼女が出来た反応とは思えないぐらい冷たいそれの様子を伺いつつ、話に入り込む隙間を探そうと模索するが…。
「たかっ…」
「ところでさ、成海。夏休みはどうだったの?今年も忙しかった?」
「ああ。けれど、今年は…」
「助っ人が来てくれたから、今までよりは楽だったってところかな。困った時は「夏休みとか関係なく」いつでも、声をかけてくれると嬉しいな」
「助かるけど、陸だって休息日は…」
「成海の頼みだったら、宿題模写一問で手を打つかな」
「安すぎるぞ、陸…」
会話に割り込む隙を与えてこない。
成海君と二人で近況の話を続ける鷹峰君を見た若葉は、私の肩をそっと叩き…耳打ちをしてくる。
「案外あいつが一番のハードルな気がするんだけど?」
「…痛感してるところ」
「こういうのもなんだけど、新菜。鷹峰に取られないようにね」
「がんば…」
瑠菜ちゃんと咲茉ちゃんも揃って、普通は誰もされないような応援をされてしまう。
…解せないな。
そんな二人と入れ替わるように、奴が来た。
一番来て欲しくなかったあいつが。
「親友じゃなかったのか?楠原」
「…木島君」
「どういうことかな?」
「いや、俺が彼女とデートしてた時に、二人もいてさ…どういう関係か聞いたら、親友だって答えたからさ〜」
「うん。それで?」
「だから、付き合ってるって話聞いて驚いて、どういうわけか」
「君には関係ないよね。俺と成海の話を邪魔しないでくれる?」
「…そういうお前だって関係ないだろ鷹峰」
「残念ながら、俺には関係があるよ。相談を受けていた身だからね」
「…?」
「…」
ふと、視線を成海君へ向けてみる。
渉君と話をしていたのは若葉経由で知っていたけど、鷹峰君とは連絡をしていたのだろうか。
しかし、成海の反応を見るからに…鷹峰君に私関係の話題は一切口にしていない様子。
目が露骨に狼狽えていた。
わかりやすいのはいいことだけど、この場面では悪手だね成海君。
…しかし、こんな状況が読めない中でハッタリか。
大胆だね、鷹峰君。
「しかし、人の恋路に茶々を入れるって、君こそ何様なの?あ、それとも遠野さんでも狙ってた?」
「彼女いるって言ってんだろ…他の女狙うわけないだろうが…」
「そうかな。でも、それだとますます成海に突っかかる理由がわからないんだけど…君、なんで突っかかってくるのかな?遠野さん狙いじゃないなら、答えてみてよ」
「…そういうお前こそ、遠野狙ってたんじゃ無いのかよ」
「話題をすり替えるな」
「…っ」
「まあいいよ。その件に関しては事実無根だね。その厄介な噂の出所は君かい?」
「そ、んなわけねえだろうが。てか、鷹峰さっきから必死に楠原庇うよな。もしかして楠原の事好きなん?」
「ああ。好きだよ。大事な友人として好意を抱いている」
「…」
こんなさらりと断言されるとは思っていなかったらしく、木島君も複雑な表情を浮かべていた。
「で、これ以上、何か話したいことがあるのかな?」
「…ねぇよ」
「そう。じゃあ、今後は変な噂で周囲を惑わせるような事しないでね。迷惑だから」
「だから、俺じゃねえって…」
「お前じゃなかったらお前の彼女だろ。五組の円谷依子だろう?今から聞き出しに言ってもいいんだぞ?」
「…ちっ」
木島君は不機嫌そうに距離を取り、自分の席に戻っていく。
鷹峰君はそれを鼻で笑った後、再び笑みを浮かべて、成海君の方へ向き合った。
「り、陸…大丈夫か?」
「平気だよ」
「それより、僕は陸に新菜さん関係の事、相談…」
「してないよ。ハッタリだよ…」
「そ、そっか」
「してくれてもよかったんだけどね〜」
「今度からは、考えてみるよ。できるだけ、自分で答えを出したいけれど…どうしようもない時に」
「構わないよ」
「それから、木島君の彼女の事…なんで名前」
「ああ。目についた人間はとりあえず覚えておこうって思ってさ」
「目についた?」
「…将来、関わらずにはいられないって思っちゃった人達」
「そう…?陸にも気になる人が出来たのはいいけど、彼氏持ちを狙うのは…」
「そんなことしないよ」
それに、興味は無いよ。
君に危害を加えそうな人間なんて。
成海君が正面を向くと同時に、小声でぼそっと呟いてくる。
この男は、私達が木島君と接触するまで…どんな動きをしていたのだろうか。
あの彼女の事も、名前を把握するに至っているし…何なら私が鷹峰君狙いだとかそういう噂の出所も掴んでいるとか…数歩先に進みすぎだ。
「…」
何を考えている、鷹峰陸。
少なくとも、成海君に不都合なことではないようだが…。
今まであまり関わらなかった分、何も知らない「彼氏の幼馴染」
陰に潜んでいた彼はやっと、表舞台での狩猟を始める。




