8:隣同士の変化
教室も何食わぬ顔で入り、席を座るタイミングで非常に名残惜しいが手を離す。
成海君も安堵したように息を吐き、鞄を机の横にかけていた。
「はよ、新菜」
「おはよう若葉。元気だったねぇ」
「会ってなくても元気だったことは互いにメッセで分かるしね。顔を見たのは久しぶり」
「だねぇ〜」
久しぶりに会う若葉。
肌が少し焼けている。海に近いところで働いていたみたいだし、日焼けしたみたいだ。
私の顔を覗き込んだ若葉は、にんまりと笑い…私の隣に回り込んで、頬を突き出す。
「にんまり新菜さんになってるぞ〜?幸せか、このやろー?」
「超幸せ。人生の全盛期真っ只中だね!」
「それは早すぎでしょ」
「その代わり、私の全盛期は長めだからね!」
「羨まし〜これだから彼氏持ちは〜」
「へへ〜」
「夏休みで垢向けたか〜?」
「そんなことないよ〜」
若葉の言葉に聞き耳を立てていた面々が、一瞬だけ反応を返す。
他人の恋愛事、興味あるのはわかるけれど…聞き耳は立てないで欲しいよね。
「でも、成海の方は普段通りって感じ」
「そうだろうか」
「あんたもさぁ…新菜ほどでは無いにせよ、幸せいっぱい〜みたいな顔してくれるとわかりやすくて助かる」
「そんな無茶な…」
「ま、表情の変化少なめだもんね」
「いや、普通に多いよ?成海のこと、もっとちゃんと見て?」
「成海の事になるとすぐに過激派になるな…」
「彼女ですので」
一度行ってみたかったんだよね、これ。
主張強めのワードに周囲の視線がこちらに向けられる。
そこまで人が彼氏を作ったら気になるわけ?よくわからないな…。
「新菜、マジで彼氏できたん?」
「もしかしなくても楠原君?」
別グループの子が声をかけてくる。
確か、如月瑠菜ちゃんと、椿咲茉ちゃんだったかな。
女子ならこう言う話題に興味があるのも分かるから、こうして聞かれることも承知だけど…さっきからジロジロ成海君を物色している男子は何なんだろうか…。
「そだよ〜」
「楠原か〜」
「楠原君か〜」
「「…胃袋掴まれたとしたら、普通逆じゃね?」」
「確かにそれもあるけど、料理上手な男の子に胃袋確保されたっていいじゃん!てかなんで胃袋掴まれたって扱いなの!?」
「だって、楠原の弁当貰ってた時、新菜滅茶苦茶テンション高かったし」
「調理実習も、色々あったけど…何か少し多めに確保してた印象が」
「な、なぜそれを…」
「だってあたし、あの時家庭科室に忘れ物して、新菜達の班がご飯分けてたの見てたから。新菜の分、こんもりだったね…」
「忘れろ〜!」
成海君も知らない醜態がこんなところでバラされるとは思っていなかった。
けれど、成海君はドン引きすることもなく、むしろ笑っていた。
「そんなに好きなら、言ってくれたら良かったのに」
「…ううっ」
「うちの家庭の味、好き?」
「好き」
「今度から弁当作ってこようか?」
「はっ…!?」
まさかここで成海君から素敵な提案をされるとは思わなかった。
毎週土曜日に食べさせて貰っているけれど、それ以外に毎日お昼も食べさせて貰えるのは何て理想的な…ではなく!
ここは、凄く魅力的だけど…
「一人分ぐらい大差ないし」
「う、嬉しい誘いだけど…そこは私が作ってあげたいところだから…」
「むっ」
「だから、後で相談する時間を作ってくれると助かるな」
「勿論、それぐらいは…」
「空気が甘いぞ、若葉…」
「でもさ、新菜はてっきり鷹峰君狙いかと」
「…なんでそんなことに?」
「いや、なんか…そんな話が出回っていたから。ねえ、咲茉」
「うん。どこからかっていうのは私達もわかんないけどね…多分、楠原君経由で鷹峰君って感じだと思われたんじゃない?」
「こうして振り返ると、新菜は徹頭徹尾楠原狙いってわかるんだけどさ…」
「噂ねぇ…」
そういえば、木島君も「てっきり鷹峰狙いかと」みたいなことを言っていたね。
非常に心外だけど、向こうも心外だと思ってそうだな。
鷹峰狙いって思われた根拠、それから噂の出回り先…突き止めておこうかな。
「おはよ、成海。遠野さんも」
「おはよう、陸」
「…おはよう、鷹峰君」
噂をしたらなんとやら、張り付いた笑みを浮かべる鷹峰君が現れる。
成海に話すのも憚れるような話。
そして思い出すのも嫌な程に、この男の本性を知る事になった晩夏の一週間。
二学期の始まりと共に、幕を開ける。




