7:獲物を定めた鷹は
さて、新菜。冷静に今後を考えようじゃないか。
見せつけてやると決めたならば、それ相応の振る舞いを心がけなければならないだろう。
無駄に一人歩きしたイメージは清楚系。
各グループとさりげなく話を行い、自分の印象や立ち位置を把握しておくのは立ち回りの基本。
自分が何を求められているのかなんて十分把握できている。
だからといって、八方美人と言われて一部の女子から顰蹙を買うのも避けたいところ。
若葉と美咲といる時にできるだけ素を見せつけつつ、クラスの印象操作も行ってきている。
誰とでも関われる社交性があって、誰にでも優しい「遠野新菜」
三ヶ月かけて作り出したそれをしっかり使わなければ。
まあ、なんだ。とりあえず…。
成海君は最初、必ずチョキを出すタイプ。覚えておこう。
「…なんか違う!」
「どうした、新菜さん」
「ううん。こっちの話」
頭から雑念もとい私欲を追い出しておく。
隙あらば成海君のことが頭によぎるのは当たり前の事だけど、都合が悪いときは確かに存在している。
成海君が今、じゃんけんで何を出すかなんてどうでも良いじゃ…よくないし!
成海君のことだからどうでもよくないし!私の思考どうかしてるよ!
「新菜さん、新菜さん。まだ手を繋いだままなんだ。腕をぶんぶんするのはやめてくれ。僕の腕もぶんぶんしてる」
「ぶんぶんいうの!?成海君可愛いね!?」
ぶんぶんだって!ぶんぶん!
私の心も…ぶんぶん!
擬音で会話する十六歳。可愛すぎて心からはしゃいでしまう。
こんなのが許されるのは成海君と小学校低学年までの子供だけだよね!ありがとう!
「新菜さん、僕が言うのも何だが少し落ち着いた方がいい。今日は暑いから熱にやられたのかもしれない。木陰で休もう。な?な?」
「私はいたって正常だよ」
「うわ、急にすんっ…としないでくれ。緩急にびっくりしてしまう」
「大丈夫。隣にいる新菜さんはいたって正常な新菜さんだよ」
「…本当かなぁ」
心配そうな成海君の視線を避けつつ、私達は学校へ。
勿論手は離してやらない。
見なよ。私の成海を。私の大事で可愛いすぎる成海を!
校舎の中まで手を繋いで歩くなんて思っていなかった成海は、私の方に何度も視線を向けて、気まずそうに肩を叩いてくる。
だけど私は知らない!誰からも肩を叩かれたりなんかしていない!そういうことにしておく!
見なよ。私の成海を!手を繋いでいるところを見られて恥ずかしくて、手を離して欲しいけど…やっぱり繋いだままでいたいなって言わんばかりに何度も手の方へ視線を向けて、頬を緩ませながら手に力を込めてくる成海を!
「…はぁ、私の成海君が最高すぎる。可愛さ一億点あげたい」
「…そういうことを言うのは、二人きりの時だけにしてくれ」
「二人きりの時はいいんだ。言質取ったからね」
「…新菜さんのいじわる」
「…」
うおっ。今一瞬呼吸が止まりかけたぞ。
あのさ、成海。女子より可愛くふてくされるのやめて貰っていい?そういうところも好きだけど、そういうのは二人きりの時だけにしてくれる?
…やっぱり、どっちがヒロインなのか分からなくなるよね。
もういいじゃん成海がヒロインで。可愛いが過ぎるしちょうどいいよ。
「成海君」
「何?」
「そんな可愛いことばっかりしてると、成海君の可愛いところが周囲にばれちゃうから、ここから先は抑えてね?」
「僕そんなことした記憶がないんだが!?」
「無自覚で…あれを?天然にも程があるよ。恐ろしい子っ…」
「…むしろ、さっきっから可愛いのは新菜さんの方だぞ」
「へ?」
「…自分では気付いていないだろうけど、表情、ずっとコロコロ変わっている。凄く可愛い」
「まあ、何を考えているかまでは知らない方がいいのだろう」と、成海は目を逸らしながら、私の変化を教えてくれた。
そっか、感情に合わせて私の表情も変わっていたのか。
表情に出やすいって点は、私も成海もそう変わらないらしい。
「…よく見てるね」
「…好きな子の、ことだから」
「…可愛いが過ぎるよ、もう」
空いた手を、自分の頬へ持っていく。
少しでも浮かされた熱を、手のひらが吸い取ってくれることを、祈って。




