6:釣り合いの取り方
一海さんと見涯先輩が遠くに行った頃。
物陰に隠れながら一海さんを素早く追う室橋先輩に軽く手を振り、成海君の方へ向き合った。
「じゃ、私達も行こっか」
「あ、ああ…うん」
「夏休みの宿題、終わった?」
「無事に。新菜さんは?」
「実はいくつか解けていない問題があってさ。全部終わっているなら、後でお力をお借りさせて貰えないかな!?」
「いいよ」
「あ、答え見せないでね。成海君がちゃんと教えて」
「…そのつもりだぞ?」
「よかったぁ。成海君、私を甘やかしがちだから、てっきり…」
「僕だってそこまで甘いわけでは…為にならないことは、させないし…」
「美海ちゃんにしているみたいに?」
「そんな感じ」
「…妹扱いかぁ?」
「そんなことは…」
「大丈夫。分かっているから、あまり気にしないで。似たような感じになっちゃうもんね」
「…できるだけ、違うようにはするから」
「頑張れ、お兄ちゃん」
「…」
複雑さの中に、嬉しさをスパイスに。
家族以外の人から「お兄ちゃん」と呼ばれるのが嬉しいようだ。
わかりやすくて可愛いなぁ、ホント。
「…あの子」
「誰を待っているかと思いきや…何か、なぁ?地味じゃね?」
「レベル高い奴お出しされるかと思ったが…あれだったら勝ち目あるわ」
「いや、あれが彼氏ってわけないだろ…楠原さんの弟みたいだし、頼まれてんじゃね?」
「あ〜それならわかるわ。流石楠原さんって感じだよな」
「何か色々あんだろ?大変だよな、厄介な弟の面倒とか…」
「…」
周囲の好奇は私から、成海君へ。
彼にも勿論声は聞こえている。
彼は凄くわかりやすい。見るだけでも分かるぐらい落ち込んでいる。
私はもう周囲の視線に慣れてしまった。
けれど、彼はそういう訳ではない。
「…やっぱり」
「ほら、成海君。背筋伸ばす。曲がっているよ」
「あ…」
「まずは猫背にならないで。胸を張って歩けば、堂々として見えるだろうから。自信があるように、見えるだろうからね」
「…本当に、君には助けられてばかりだ」
意識して、背筋が伸びる。
元々ちゃんと伸びている人だ。猫背になることなんて、落ち込んだ時だけ。
ちゃんとするように伝えたら、いつも通り…背筋が伸びる。
ずっとこうだといいのだけど、ド繊細だからなぁ…。
言葉の重さに耐えきれず、身を縮こませてしまう。
そんな必要、どこにもないのに。
さりげなく、手を伸ばす。
夏休みの間は、差し出せばその手は私の手を包み込んできてくれた。
けれど、周囲の目があるせいか…その手はなかなか開かれない。
…自信を喪失させるだけじゃ無くて、いつも通りまで奪ってくるか…。
「成海君」
「なに、新菜さん」
「…じゃんけんしよ」
「なんで急に」
「いいからいいから。成海君が勝つまでしよう。それから右手ね。右手でじゃんけんしよう」
「…本当になんで?まあ、いいけどさ…じゃあ、さいしょは…」
そうはいいつつも、ちゃんと右手で付き合ってくれるのが成海君らしい。
何度かじゃんけんを繰り返す。
私が出す手は一つだけ。
「ぽん」
「ぽん」
「新菜さん、チョキばっかり…」
「チョキしかださないって分かったなら、やることは一つじゃないかな?」
「…ぽん」
本当に何も分からず、成海君はやっとパーを出してくれる。
その瞬間を狙って、私の左手は成海君の右手を掴む。
「———成海君の勝ちだね」
「…これは、新菜さんの勝ちではないでしょうか」
「いや?私はじゃんけんに負けたから負けだよ?」
「…よく考えるよ。でも、この手に乗るのはこれが最後」
「いいよ。また、別の手段をちゃんと考えるから」
「…ズルい」
「どんな手段でも使ってでも、見せつけたいだけだよ。私達の関係をね」
「…新菜さんは自信たっぷり」
「幸福度もたっぷりだよ、成海君」
いつも通り、ちゃんと繋がれた手を向けつつ、不敵に笑う。
見られているのならば、見られているなりに行動をしよう。
彼はちゃんと私の大事な人だと。
貴方達が割り込む隙間なんて皆無だということを。
見せてやろうじゃないか。




