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4:はじめての、月村へ

駅に到着し、路線図を見ながら自分の買うべき運賃を探す。


「月村は…どこかな」

「あそこにあるよ。五百四十円」


思ったよりお金がかかるな…往復で千八十円か…。

財布からお金を取り出そうとする僕の手を、新菜さんがじっと眺めてくる。


「…何か、あった?」

「ううん。現金派なんだなって」

「滅多に電車に乗らないし…カードを持っても、使わないし」


「最近はバスでも…あ、そっか。成海君、バス乗らないもんね」

「うん」

「生活に必要なものが、徒歩圏内にあるっていいよね」

「…確かに。楽だなとは思うよ」


それが当たり前だけど、他の人にとっては当たり前ではない。

新菜さんみたいに学校が電車で一時間先の場所にあるとか、当たり前なんだろうし。


「そういえばスーパーとかでもICカードって支払いに使えるよね」

「みたいだな」

「使わないの?」

「チャージする手間を考えたら、現金でいっかって感じで」

「ああ…そうだよね。コンビニも近くに無いし、逆に現金支払の方が主流か」


「僕は、新菜さんから見たらかなりの時代遅れだったりする…?」

「スマホの使い方が怪しかったり、確かに今時の男子高校生らしくはないね…」

「…そっか」

「でも、今から進んでいけばいいじゃない。私達の関係と一緒」

「そ、それもそうか!」


「とりあえず、今日は普通に切符買う?それともICカード買ってみる?」

「…カードを買ってみようと思う。時間はある?」


何事も、一歩ずつ。

進まなければ、停滞したままだから。


「あるよあるよ。一人で使うより、誰か相談できる相手がいた方がいいもんね。任せてよ」

「助かるよ」

「どういたしまして。じゃあ、ここを押して…カードを買おうか」

「ここで買えるのか」


てっきり駅の窓口で買うものかと思いきや、券売機でICカードが買えるらしい。

指定されたお金を入れると、アザラシのマスコットが描かれたカードが出てくる。

これが…ICカードらしい。


「チャージもここで出来るよ」

「便利だなぁ」

「も〜。成海君、タイムスリップしてきた人みたい」

「割と普通なのか?」

「普通だよ、普通普通。で、何円入れる?」

「じゃあ、二千円で」

「意外と多め」

「…チャージできる機会は少ないし、それでいて今日みたいに月村まで送ることもあるだろうから。念の為」

「…ありがと」

「気にしなくていい。したくてやっていることだから」


お金を入れて、次は改札へ。

切符の代わりにカードをタッチして進めるらしい。凄く便利だ。

もう券売機の下で、何円の切符を買えばいいか迷わずに済むらしい。

始発だから座れるだろうと高をくくっていたのだが、帰宅時間に重なっている都合上、席は少し空いている程度。

けれど、まだ空いている。


「…隣同士で座れるところはなさそうだね」

「僕は立っているから。新菜さんは座っていなよ」

「でも…」

「いいから。その代わり、作品は膝に載せておいて貰えると」

「…わかった。でも、きつかったら言ってね。いつでも変わるから」

「気持ちだけで十分」


新菜さんを座らせて、僕はその正面に。

電車の中はお静かに。喋ることは出来やしない。

ただ、時折視線を合わせて…「荷物重くない?」「立ちっぱなし、きつくない?」と声をかけあった。


一時間、電車に揺られる。

日が落ちて、月が昇り始めた暗がり。

僕らは月村へ到着した。


◇◇


「日が落ちるのが早くなったね」

「そうだな…まだ七時なのに、こんなに暗いだなんて」


月村駅を出て、二人で見慣れない風景を歩いていく。

僕は月村に来たのが初めてだ。

朝陽ヶ丘同様、駅前周辺は賑わいを見せているが、他は暗い。

周囲には住宅街が広がっているようだ。


「新菜さんの家は…」

「あそこだよ」

「ああ、確か駅からちか…い」


新菜さんが指さしたのは、駅近くの高層マンション。

何階建てなのだろうか。十階は余裕でありそうな気がする。


「そこの十四階にうちがあるんだ〜」

「十四階の光景って、想像できない」

「うちのベランダから見ていけば?」

「いや、絶対にお邪魔しない。ご両親がいないのなら尚更」


年頃の娘が、同級生で、親から認知されているとはいえ…異性と二人きりなんて、笑えない話だろう。

ご両親からの信頼は大事だ。ただでさえ、周囲から不釣り合いだと言われるような僕が、信頼まで失ったら新菜さんと別れさせるなんて言われてもおかしくはない。

新菜さんを怒らせてでも…信頼だけは、守り抜かねば。


「お堅い…」

「当然」


オートロックを解錠して、マンションの中へ。

約束通り玄関先までランプを運んだ後…。


「お茶は」

「上がるわけにはいかない」

「本当にお堅い!」

「こうして揉めるのも、ご近所迷惑だろうし、僕は帰るよ」


「成海君が折れてくれたら」

「折れません。それじゃあ、戸締まりはちゃんとしてね」

「わかってる。成海君もここまでありがとう。道中気をつけてね」

「勿論だ。帰ったら連絡を入れる」

「うん。そうして」


「じゃあ、また新学期」

「あ…そっか。もう新学期だもんね。次に会えるの、楽しみにしてるね」

「…ん」

「…それから、今度からは」


新菜さんの提案に返事をしてから、僕は帰路につく。

少し憂鬱だった新学期が、楽しみになるような、そんな話を胸に。

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