3:僕らの歩み寄り
大きな箱を抱えて、駅までの道のりを歩いて行く。
自分ではあまり感じないが、結構重いのではないのだろうか。
駅までは持っていけるにしても、それ以降は新菜さん一人で以て貰うんだよな。
緩衝材はいつもより過剰にしておいたから、ある程度は大丈夫だと思うけれど…。
「どうしたの、成海君?」
「いや、これ…結構重いから、一人で大丈夫かなって。僕は駅前まで、だから…」
「…」
「何?」
「いや、駅前以降も一緒に来てくれたら嬉しいな〜って思ったりしたから。あ、いや…別にね、荷物持ちって訳じゃなくて…」
両手を口元に持っていき、隠すように…。
彼女の性質上、こういうことはストレートに伝えてくる。
付き合いが短くとも分かるのだ。
こういう「溜め」の仕草は今更だと思うのだが…仕草一つで、他人の心を焦らせるのは彼女ぐらいだろう。
最も、焦らされる相手も一人だけであって欲しいのだが。
「…できるだけ、一緒にいたいから」
「いいよ。今日は最後まで送る」
「いいの?」
「まあ、重いし…一人で持って帰られるのは心配だし…」
「むぅ…」
体裁ばかり述べていると、不服だったようで新菜さんの目が不機嫌そうに細められる。
仕方ない。ちゃんと正直な気持ちを述べておかなければ…。
「…僕も、同じだから」
「そっか」
空いた方の手を、さりげなく差し出すと…新菜さんの手が結ばれる。
いつも通りになってきた、距離感のまま歩き出す。
「心配してくれてありがとうね」
「別に。当たり前の事だから」
「帰り、うちに寄って行ってよ。流石に、暑いしさ…お茶ぐらい飲んで行って欲しいな」
「それは、流石に…」
「最後まで、送ってくれるんでしょう?だったら、家の前までか…私の部屋にランプを設置してくれるまでだと思うんだよね」
「部屋は、流石に…」
「私はもう成海君の部屋に立ち入っているし、ここは平等にさ」
「流石にそれはマズイ。ご両親の立ち会いの下…なら」
「残念。今日、お父さんもお母さんも帰ってこないの。仕事」
「…それなら、家に立ち入るのはますます良くない」
「どうして?成海君なら、構わないけどな」
「…友達とはいえ、異性が、両親不在の中…家で二人きりの環境というのは」
「へぇ…「友達」」
新菜さんの目が更に細められる。
笑っているように見えるのに、その顔は全然笑っていない。
「…ねえ、成海君」
「な。なんだろうか」
「成海君ってさ、この前私に告白してくれたよね?」
「ぶっ!?」
「して、くれたよね?」
「…ま、まあ…あの後を含めて受け入れてくれるのであれば、告白だと、思います」
「まあ、今はあの後の事は置いておいてさ…その後、私も同じ気持ちだって伝えたよね。成海君が、好きだって…ちゃんと伝わっているよね?」
「…ん」
繋がれた手の先で、新菜さんの指が小さく動く。
指先の位置が定まらず…手のひらを彷徨い、定まった場所を見つけられたら…力が込められる。
「…それって、両思いだよね?」
「まあ、そうなる…かも」
「だったら、友達では無いと思うのですが…成海さんは、そこのところどう思いますかね?」
「…」
投げかけられた疑問には、いつだって答えられる。
しかし、本当にそれでいいのだろうか。
木島君の言葉が足を引っ張ってくる。
互いに好きではあるけれど、ここまでにしておくべきではないのか。
付き合うに至るのは…。
「何が気にかかるのか、私は何となくわかるけどさぁ…そこは自分の気持ちに正直になるべきなんだよ」
「…にい、な」
「結局、これは君自身の全てに言えるんだけどさ…他人の言葉に惑わされないで。自分が言葉と意志を…定めるべきなんだよ」
「…」
「成海君はどうしたい?私と、どうなりたい?」
風が吹いてくる。
背中を押すように流れる追い風と、手を引いてくれる彼女の手。
進まずには、いられない。
引っ張られる足を一歩ずつ、ゆっくりと動かして…前に進む。
少しずつでもいい。
今すぐ何か変わるわけではないし、買われるものでもない。
僕の認識だって、同じ。
だけど、立ち止まるわけにはいかない。
「僕で、よければ…いや、違うな」
「うん。違うね。成海君でよければなんて…妥協を入れたらダメだから」
「…僕と、付き合って…頂けますか?」
「勿論だよ。私は成海君じゃないと、ダメだからね」
「…どこまで、その」
「どこまで、私が成海君を好きかって?言わせたいの?」
「いや、そんな訳は…」
「目を離せない人。理由は沢山あるけれど、不安定なところが見てられない」
「…ううっ」
「そういうところも含めて、可愛いな。支えたいなって思っているよ」
「…嬉しいけど、支えて貰いっぱなしはダメだと思うから、ちゃんと自立します」
「しなくていいのに」
「!?」
「冗談だよ。これからも引き続き、末永くよろしくね、成海君?」
「こちらこそ、お願いします」
「…ところで、これで付き合っている関係ってことでいいんだよね?」
「定義としては、そうなるはず…?」
「やっていてなんだけど、よくわかんないね、恋愛」
「そうだなぁ…」
「でも、二人なら手探りでやっていけるよ。恋人関係」
「…そうだと、いいな」
二人で並び、歩いて行く。
距離感も何も変わらない。
けれど、明確に変わったものがここにある。
夏も終わる。もうすぐ二学期は始まる。
季節が秋に移り変わる頃…僕らの関係も変化を得て、未知を歩んでいく。




