2:灯った世界の中心で
父さんと別れた後、僕は売店の方へ向かう。
店番をしていた姉さんと共に、閉店の処理を始めた。
「じゃあ、僕が掃除を」
「あんたはレジの締め」
「…そっちが楽じゃないか。姉さんがやればいい」
「気持ちは嬉しいけど、金の扱いを学ぶのも必要よ。あんたが締め処理しなさい」
「へーい…」
掃除道具を姉さんに渡し、僕はレジの中へ。
自動化されていない古びたレジから現金を取り出して、お札の枚数、小銭の数を数えていく。
地味な作業だが、一番大事な作業。
一円たりとも差が出ることは許されない。
「日計、出した?」
「クレジットの伝票、出すのも忘れないでよ」
「わかってる。レジ金、数え終わってから」
「成海」
「んー?」
「最近、あんた電卓叩くの速くなったんじゃない?」
レジの締めを行っていた僕の手元を見つつ、姉さんがボソッと呟く。
「まあ、授業で練習させられるし」
「そっか。そんなものよね。一年生で検定受けるっけ?」
「いいや。一年生は基礎。検定は二年生の六月にある分から受け始めろとは言われている」
「そんなに遅かったっけ」
「部活とかでも電卓やってる面々は、次の秋に受けるとは小耳に挟んだ。それと混在していないか?」
「あ、そうかも」
同じ高校に通う姉さんは、僕より二年早く同じ道を歩いてきた。
参考になる話は、些細な生活に至るまで聞くことが出来る。
「姉さんは、次の検定何を受けるんだ?」
「ビジ検一級と、後はPC系がいくつか。後は通信講座で取れそうなのを軽く」
「…色々やるんだな」
「社会に出た後「やっておけばよかった」って後悔したくないのよ。出来ることをできるだけ多くしたいだけ」
「…姉さんって、割としっかりしているよな」
「割とってどこから目線よ。元々しっかりしてるわよ」
「そうだな、姉さんだもんな」
「…姉さんだからって何?」
「片親かつ姉という立場が姉さんをこう…しっかりした人にしたんだろうなとは思っている」
「まあ、そうだけど…」
「でも、しっかりしようと思えたのは…姉さんの気持ちが強かったからだろう?」
「…こう、褒められるとは思わなかったわ」
「?」
「なんでもない。あれ?」
「どうした、姉さん」
姉さんが入口の方に視線を向けた瞬間、扉が開かれる。
閉店まで後十分。
新菜さんが、店に戻ってきた。
「ぎ、ギリギリ…かも…」
「新菜ちゃん、どうしたの?忘れ物?」
「何かあった?」
「う、ううん…忘れ物はなくて…道中、道案内をしてて…って、そうじゃなくてね、成海君!」
「あ、ああ…どうしたんだ」
「ランプ、まだ買える!?」
「ランプ…あ、もう買いに来てくれたのか!?」
「買う気満々だったの!あ、でももう締め処理…」
「締め処理ぐらいやり直せばいいわ。成海にはいい練習になるもの」
僕には素っ気なく、新菜さんには優しい言葉をかけてから、姉さんは店の奥へ引っ込んでしまう。
締め処理は二回やることになるみたいだが、練習にはなるし…まだ終わっていないし、構いやしない。
「…じゃあ、商品と梱包材、持ってくるから。少し待っていて」
「ありがとう」
レジ下に収納していた梱包材と箱を取りだし、店の端に置いていたランプを手に取る。
やっと、いなくなる。
嬉しいけれど、物寂しさもあって…それでも、このランプとはもうお別れだ。
夕焼けで照らされるそれは一瞬だけ嬉しそうに輝き、主の前に。
申し訳ないが「取引」であるが故に、お金は頂く。
「…本当は、ただでも」
「それはよくない。金銭の事はちゃんとしたいの。親しい仲なら、尚更でしょ?」
「…まあ、うん」
「贈ってくれるのは嬉しいよ。成海君の作品、大好きだから」
「…ありがとう」
「好きだから…ちゃんとしたいんだ。値段がつく物は払って手に入れたい。それが職人としての成海君との向き合い方だと思うの」
「…」
梱包材を巻く手に、新菜さんの手が乗せられた。
包み込む前に、その中身を全て暴き出す。
箱の中身がわからないなんてことを、彼女は僕に起こさせない。
彼女もまた、起こさない。
「…成海君は、どう思う?」
「…僕は、欲しいと、好きだと言ってくれる人が…特別なら、いくらでもあげたい」
「価値ある物でも、それを無価値にして私に渡すのかな」
「そうなる、のかな」
「そうなっちゃうなら、私は成海君から離れた方がいいね」
「っ…」
「私はね、硝子職人の楠原成海が作り出す作品に、無価値はないと考えているから。無価値にする理由が私になるなら、私は側にいない方が…成海君の為になる」
「…そんなことは」
「ないなら…自信を持って、これからも価値をつけて。貴方が作る作品は、こうして「お金が動く作品」なんだから」
添えられた手で、箱が閉じられる。
伝えたいことも、受け取り収めるべき言葉も…箱の中へ収められた。
「…今日は色々と、職人として自信をつけろと言われてばかりだ」
「それほど成海君が自信皆無ってこと」
「そっか…」
「ランプ、ありがとうね。大事にする」
「色々ありがとう。それ、重いだろう?駅まで、送る」
「うん。じゃ、お話ししながら行こうか」
袋に入れたランプの箱を手に、店を出ようとする。
その時には、姉さんがさりげなく店に戻って…手を振っていた。
締め処理の練習は、また今度。




