11:楠原さんと楠原君
ゴールデンウィークが終わった直後の登校日。
休日を謳歌した分、日常に引き戻された落差は大きく、周囲から負のオーラを感じた。
もう少し休みが欲しい。
学校に行きたくない。
そんな声も、ちらほら聞こえるほど。
勿論、僕も鬱々とした気持ちを抱いて通学路を歩いている。
別に学校が嫌だと言うわけではない。
…理由は隣にある。
「…姉さん、いつも早く行くのになんで今日は一緒なんだよ」
「前はこうして一緒に登校してたのに。文句言うようになっちゃって…」
「小学三年生の時までだろう…?」
「でも一緒に登校していたって事には変わりないじゃない」
「そうだけどさぁ…なんでかって質問には答えてないんだけど」
「たまには可愛い弟と登校したいわけ」
「可愛さはもうないぞ」
「そんな残念な事言うなって」
浜波商業高校の女子制服を着込んだ姉さんは、僕の肩を叩きながら前を歩く。
別に姉さんと一緒に登校するのは仕方がないと思う。
同じ学校に通っているんだ。進学先を決めた時点でこうなることは予想していた。
しかし、姉さんの立ち位置までは予想していなかった。
これは完全に僕の落ち度だ。
「おい、あれ…」
「三年の楠原さんだよな。去年の文化祭でミス浜商になったっていう…」
「…お、また面倒な噂が」
「…ミスコンなんて出るからだろ」
「クラスから代表一名の決まりだったの。くじで参加者枠引いちゃって、なんだかんだで優勝しちゃったから…こうして知らない人からも注目されるようになっちゃってさぁ…困っているんだよ、弟よ〜」
「…具体的な困り事とは?」
「毎日の様に校舎裏へ呼び出される」
「よかったじゃないか。ずっと彼氏欲しいって叫んでいるんだ。選び放題だろ」
「知らない男から告白されたって何も響きませ〜ん」
「それもそうか…」
「成海がいたら、登校時だけでも知らない人に話しかけられる回数減らせるかなって打算的なところもあるんだよねぇ」
呑気そうに言うけれど、いつどこで同じ制服とはいえ知らない人に声をかけられるって、姉さんからしたら恐怖現象ではないだろうか。
「…ま、それぐらいなら付き合うよ」
「助かるよ。駅から来る子達が通る道あるでしょ?あそこに辿り着いたら、友達と合流できるからさ。そこまで付き合って」
「ん」
小さく返事をすると、姉さんは嬉しそうに僕へ微笑んでくる。
けれどふと、何かを思い出したようににんまり笑い…僕の肩をいやらしげに叩いてくる。
「あ、でも新菜ちゃんに見られたら困るかぁ…」
「遠野さん?いや、見られても困る事なんてないと思うけど」
「シスコンって思われていいの?」
「それは嫌だけど…事情を話せば聞いてくれる。遠野さん、いい人だから」
「たった一ヶ月の間柄なのに、信頼度高いなぁ…」
姉さんは目を細める。
どこか呆れを感じさせるそれに、不服を覚えるが…気にしないでおいた。
それよりも、気になることが沢山あるから。
「…おい、楠原さん。男子と歩いてるぞ」
「誰だあいつ」
「ネクタイからして一年だろ。弟じゃないか?」
「で、でも楠原さんに弟がいるなんて話…」
「…そういえばあいつ、見たことあるわ。楠原さんの家でバイトしてる奴」
「何ぃ!?」
「でも見たの去年だろ。一年ならバイトじゃないだろ。弟だよ。それか親戚」
「歳が離れている家族ぐるみの付き合いがある彼氏の可能性は?」
「お前の想像力すげぇな…」
…周囲の視線を感じ、変な気分になる。
知らない人から自分に関する話題を小耳に挟む。
今回みたいに誰だと言われるぐらいならいいだろう。
好意的なものなら、まだいいかもしれない。
けれど、これが害意だったら…。
…姉さんはいつもこんな視線や言葉に振り回されているのか。
二年生の頃、姉さんは家の中で文句を零したことがない。
姉さんは強い人だと思う。力とかではなく、精神的に。昔から。
そういうところを、昔から頼りにしている。
けれど、姉さんはなかなか弱みを見せない。
今回は、珍しく見せてきた弱み。
なら、僕にできること———やるべきことは。
「…姉さん」
「なに〜?」
「困ったことがあれば、いつでも頼ってくれていいから。出来ること、限られているけど」
「ん。助かるよ、成海」
姉さんとのんびり歩いている間に、駅からの通学組が合流する道を過ぎていたらしい。
「一海〜!おは〜!」
「おは、和葉」
「誰、この一年。彼氏?」
「いや、顔似てるでしょ。弟」
「…どうも」
「ああ。確かに一海となんか似てる。ここまで知らない奴に話しかけられた?」
「成海がいたから平気〜」
「なるほどね〜。弟君からしたら、姉が学校の有名人とかしんどすぎるでしょ。頑張ってね。うち、御涯和葉。君のお姉さんとは、同じクラス三年目〜。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
「こいつ生徒会長だから。学校生活で困ったらこき使いな〜」
「えっ…」
「と、言うわけだ弟君!何かあったら頼ってくれたまえよ!はっはっは!」
「じゃ、ここでね。ありがと、成海」
「ん」
姉さんと御涯さんが合流し、先へ向かう後ろ姿を見送った後、僕はゆっくり同じ道を歩き出す前に、誰かに肩を叩かれた。
「や、おはよ。楠原君」
「遠野さん。おはよう」
僕の肩を叩いてくれたのは、遠野さん。
今まで、この道は一人で歩いていた。
けれど、今は違う。
さりげなく隣へ並んで歩いてくれる友達と、世間話をしながら通学を続けることになるらしい。




