Extra15:夜8時。少し遅めの散歩
二人手を繋いで、高陽奈の夜を歩き出す。
「夜でも意外と明るいね」
「港もあるし、周辺には繁華街もある。夜は意外と賑やかなんだ」
「よく知ってるね」
「たまに、帰る前に出かけていたから」
「…早く帰ってきてよ」
「ごめんって。僕が帰ってくる間も、やっぱり?」
「寂しすぎて死んじゃいそう」
「なんかうさぎみたいだ」
「あ〜。寂しいと死んじゃうってよく聞くもんね」
実際には違うらしいけど。
その程度で死んじゃうなら、うさぎはもう絶滅危惧種か絶滅した生物になってしまう。
「そんな兎より、寂しがり屋な自覚はある」
「帰ってきたら新菜が死んでいた何て事態になったら絶対に嫌だ…」
「でしょう?」
「できるだけ早く帰ってくる努力はする。遅くなりそうだったら連絡する」
「そうしてね」
「ああ」
「…何か、束縛しすぎかな?」
「これぐらい強く絞められた方が、僕には心地良いよ」
「変なの」
「それぐらいじゃないと、新菜の側にはいられない。そういう相手を選んだ新菜も十分変だよ」
「言ってくれるね、成海」
誰もいない道の中で、会話を続ける。
せっかくだから朝陽ヶ丘にいた時の様に、海を見ながら一度休憩をしようと話をする。
なんだか懐かしさを覚えつつ、海沿いの道を歩いていると…制服姿の男の子が堤防に腰掛けて、海を眺めていた。
街灯がスポットライトの様に彼を照らす。
おかげで、彼の姿がよく見えた。
近隣にある高陽奈高校の制服。ブレザーの色合いからして普通科じゃなく、芸術科。
確か、全寮制の高校。門限はとっくに過ぎている時間だろう。
「学校に連絡する…?」
「いや、何か事情があるんじゃないか?あんな、悲しそうな顔をして…」
成海の言うとおり、彼の表情には憂いがあった。
夜の静寂が、帳が、そう見せているわけじゃない。
しかし…なんだろうか。
薄墨色の髪、紫水晶の様に輝いた瞳。どこかで見たような…。
思い出せないな…。
「あの子…」
「どうしたの?」
「…僕が声をかけてみるよ」
「いいの?」
「心配だろう?男の子とはいえ、高校生がこんな時間に出歩いているって。もう夜の十時だし…先生達も心配しているんじゃないか?」
「それもそうだね。あの学校は、全寮制だから…」
成海は息を呑んだ後、彼から少し離れた場所で声をかける。
「ねえ、君」
「っ…あ、ええっと」
「ここで何をしているの?」
「それは、その…」
「ああ、別に学校に連絡したりとかは考えていないから。何か事情があるんだろう?」
「…少し、一人になりたくて」
「…理由、聞いても?」
「人に聞かせるような話では、ないですよ」
「それでも。他人に聞かせて、君の中で整理をつけ」
「…ありがとうございます。少しだけ、甘えさせてください」
成海は堤防を昇り、彼の隣に腰掛ける。
私も追うように隣へ向かいたかったが…運動神経がついていかなかった。
この数年で大分衰えたらしい。
「新菜、手」
「いいよ。ここで待っているから。話、聞いてあげて」
「…ああ」
成海は手を差し伸べてくれたけれど、多分そこは私がいる場所では無いと直感で感じた。
だから待つ。話が終わるのを、一段下で。
「…俺は、高陽奈の美術科の生徒なんですけど…最近、行き詰まっているなと直感的に感じていまして」
「作品作りに?そういう時もあるさ。ふとした瞬間に思い浮かぶまで、待つことだって大事だよ。無理して作り続けるのは、精神的にもよくない」
「それでも…作らないといけないんです」
「君がそこまで焦る理由は?」
「俺自身の事情で専攻を変えた身なんです…。学費だってただじゃないですし、作れなければ卒業もできない。無理してでも、作らないといけないんです。例え作ることで…何かを壊してでも」
「…自分の心も、他人の心も?」
「今、何か仰いました?」
「いや、なんでも。専攻を変えたって、元々今やっているのが専攻じゃ無くて…元々の専攻があった?」
「はい。今は、彫刻専攻でやっているんですけど…元々というか、入学試験も絵画専攻で」
「才能があるんだね」
「っ…それ、は…」
「大事にするべきだよ。それは君が持つ唯一無二の武器なのだから」
「で、でも…俺は、これで」
「それとも君は、才能がある…天才だと言われるのが嫌かい。森田瞬君」
「…なんで、俺の名前」
「名乗らないのは不平等だね。僕は楠原成海。朝陽ヶ丘で硝子細工師をやっている。君の事は耳にしているよ」
「…貴方が、楠原さん」
そうか。成海は気付いていたんだ。
森田瞬。画家一家の生まれで、幼少期から高額の買い手がつくような絵を描いてきた天才画家。
姉を越え、両親や祖父母さえも十歳になる前に越えてしまった天才。
数多の才を抱いた天才として、数多の芸術家の心をへし折ってきた少年。
かつて「硝子細工をやるな」と天才に心を折られ、それでもめげずに戦い、天才を越えた青年。
誰も知らない月夜の晩に…密かな対面を果たした。




