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Extra13:夕方6時。僕たちの帰る家

晩ご飯を食べ終え、姉さんと室橋さんはそれぞれの自宅へ帰っていった。

父さんは「何なら泊まっていけば?」と言ってくれたが、僕らもまだ引っ越しの準備が残っている。

ここでゆっくりするのも有だろう。だけど最後のもう一押しを終えないと行けない。


「いやぁ…皆家を出て、随分寂しくなったよ」

「広すぎる?」

「まあね。透さんが生きていたら、まだ…楽しくやれたかもなんだけど」

「…あのさ。父さんは、母さんのどこに惹かれて結婚したんだ?」

「気になる?まあ、成海からしたら不思議な相手ではあるよな…」


帰り際に聞くような話ではなかったけれど、父さんは軽く唸って…簡潔に結論を述べてくれる。


「俺はね、透さんから目が離せなかったんだ。思えば純粋に一目惚れ」

「「…」」

「一挙一動が愛おしく思って、猛アタックして…結婚して。最終的には、可愛い子供三人に恵まれた。でも、こうして振り返ったら、透さんって俺の事好きだったのかなって考えたりすることも、あったわけね」

「…少しズレている人だったし、何となくとかあったかもって?」

「まあね。成海に工房に入るなって言っていたのは、自分と比較されて苦しまないようにとか、色々不器用で、ズレていた。ちゃんと言えていたら、成海と一海との関係は、少なくとも歪んでいなかったんじゃないかって」

「そう…」

「俺を愛してくれていたのかはわからない。けれど、透さんは子供のことはマメに記録していた。理解が出来ないから、理解しようとしていた。ちゃんと三人を向き合おうとしていたことだけは、覚えておいて欲しい」

「…わかった」


「じゃあ、また明日な。成海。新菜ちゃんも」

「また明日、父さん。終わったら、一回来るから」

「来る…ねぇ」

「「…?」」

「いや。なんていうか…成海に取って帰る家はもうここじゃないんだなって、思って」


寂しそうに告げる父さんの言葉に、自分でも何となく口にした言葉を振り返る。

確かに、昔の僕なら「うちに帰るから」と言うだろう。

帰るべき場所は、ここだから。


けれど、今の僕にとって帰る場所は…自分が選んだあの家になるのだろう。

表現一つで、大きな違いを感じつつ…僕は言葉を訂正しなかった。

それが、事実だから。


今まで生まれ育った家は実家。時々戻る場所であって、帰る場所ではない。

僕の帰る場所は、自分が選び…何事も無ければ終の住処になるであろう家。

しばらくは新菜と二人で過ごす事になる家なのだから。


◇◇


父さんに見送られ、僕らは帰路につく。

帰りは僕が運転をすることになった。


「いいの、成海。お疲れでしょう?」

「いいって。新菜はのんびり過ごしていて」

「ありがと、成海」


確かに疲れてはいる。慣れないことをして…ちゃんと休息を取りたい気分。

目をつぶればすぐに眠ってしまうだろう。

しかし、昼間の運転でも緊張しながら時折「なにもありませんように」と呟く新菜に、夜まで運転させるのは、流石に酷だろう。


自動車学校での苦労は隣で見てきた。

仮免試験も卒業試験も実技で引っかかってなかなか合格できず、半泣き状態だったことは今でも覚えている。

仕事で車を使って、大分上手くなったようには見受けられるが…やはりできるだけ運転したくない気持ちは残っている様子。

互いが苦手なことを、互いが補えるのならば…無理をさせる必要は無い。


「それから新菜、少し寄り道をする」

「寄り道?」

「ああ。少しで終わるから」


高陽奈へと戻る道ではなく、朝陽ヶ丘から土岐山へと向かう道に入る。

住宅街を少し走り…家の数が少なくなってくる。

その先にある丘の上に建っている家。

家から町並みと海が一望できるロケーション。

夜中だから、屋根の色もよく分からなくなっているが、一応青い屋根。

周辺には木々が生え、庭だってちゃんとある。

隣家と少し距離があるから、多少騒いだって気にされることはないだろう。

車から降りて、その家を少し離れたところから二人で見上げる。

明日からは、あの場所に帰る事になる。


「ここが、僕が選んだ家だ」

「…凄い物件を選んだというか、よく中古で出回っていたね」

「運が良かったんだよ。二階建て。地下はない」

「地下まであったらびっくりだから…」

「普通の家だ。実家と大して変わらない、どこにでもあるファミリー向けの物件」

「…どうして、それを選んだの?」

「車、戻ろうか」

「うん」


家の中を見て回るのは、また明日。

今の家に戻る中で、新菜の疑問には答えたらいい。


「どうして、一軒家を選んだかって理由だよな」

「だって、今の家でも…」

「今の家は、借り物だから」

「そうだね」

「新菜は前、引っ越しが多かったのが辛かったって言ったことがあるだろう?」

「あ、あれは…その」

「忘れない。君がやっと弱みを見せてくれた日の事だから」

「…」


「君にあげたかったんだ。根付いた場所で暮らす生活を。借り物ではなく「自分達のもの」にこだわって…まあ、それなら新築の方がいいかもなんだけどさ…」


「新築にこだわらなかったのは、時間の問題?お金の問題?」

「両方。幸いにして稼ぎは順調だけど、これからはもっとお金が必要になる。来るべき日の為に、ちゃんと貯蓄しているんだ」

「…」


新菜は僕と結婚報告の挨拶を両家に行った際、結婚式は挙げないと宣言した。

理由は「子供が早く欲しいから。その貯金に充てたいから」というものだった。


僕の強い要望で写真だけは撮った。

僕だけ終始緊張しっぱなしで、新菜は僕が原因で結婚式を挙げない選択をしたのかなと思ってしまった。

僕の弱みも、ダメなところも全部包み込んでくれる優しい人だからこそ、我慢だけはさせたくない。

彼女が望む事は、何だって叶えたい。


子供が欲しいと願うのなら、そうしよう。

もう少しだけ二人きりでいたい気持ちもあるけれど、僕が優先させたいのは新菜の気持ち。

その為に必要な環境も、貯金も、問題なく用意できている。

後は、義両親が定年を迎えたら、こちらに戻ると言っていた。

そのタイミングを見計らうぐらいだろう。


…うちには、お母さんがいない。

新菜が頼れるのは、自分のお母さんになるだろうから。

頼れる人が側にいて、万全な状態で事を進めたいのだ。


「後は、タイミングになるだろうけど…」

「授かり物だから、ゆっくりでいいよ。焦ったら、得るものも得られないだろうし」

「それもそうだな…」

「色々考えてくれてありがとうね」

「ん」

「でもそれはそうと一軒家を一人で購入してきたことには不服です。こういう大きな買い物で行うサプライズも厳禁。帰ったらお説教」

「…はい」


ちゃんとしっかりオチまでついて、高陽奈へ。

ここに帰るのも、これで最後だ。

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