Extra12:夕方5時。始まりの台所
色々落ち着いた後、父さんから「明日引っ越しだろ?今日うちで食べていけば?」と提案される。
姉さんは「成海がいるならうちで食べる」と、もう食べる気満々で席に着いているし…室橋さんはその隣にさりげなく陣取っていた。
父さんも笑みを浮かべながら、既に箸を握りしめている。
食べていこうが、食べていかなかろうが…僕が作るのは、もう確定らしい。
「成海〜。パパ、久々に成海のご飯食べたいなぁ〜」
「そんな猫撫で声を出さなくても作るって…もう。冷蔵庫にあるものでしか作らないからな…?」
「やったー」
「楽しみー」
「僕より年下な子供を、二人も持った記憶はないぞ〜。手伝ってください、室橋さん」
「名指し〜!?」
「姉さんはお疲れだからな。働け」
「無遠慮になったねぇ、シスコン」
「誰がシスコンだ」
実家の台所に立つのはいつ以来か。
今年の正月は義両親が住んでいる沖縄に行ったからなぁ…。半年以上ぶりなのは確かだ。
こうして毎日の様に立って、手入れをしていた場所が久しぶりになるだなんて…。
「事実シスコン気質よ、あんた…」
「あ〜。それは父親目線でも思う」
「そんなことないよな、新菜」
「…」
「新菜、何か言ってくれ」
「ソンナコトナイヨー?」
「片言で言われてもなぁ…」
「ごめんごめん。でも事実だよ。まあ、そうなるのも仕方が無い家庭だとは思うけどね」
「「「そう?」」」
「少なくとも、片親かつ父親が多忙となるとね…姉弟三人で過ごしてきた時間の長さを考えれば、仕方が無いとは思う。精神面で支えられた分、成海は二人をとても大事にしすぎな部分もあるんだよね…」
「結婚相手を連れてきたら、俺より「認めない」ってガン飛ばしてそうだしなぁ…」
「そんな滅茶苦茶な事ばかりいう四人には、晩ご飯用意しないぞ…」
「ごめんごめん。揶揄いすぎたね」
新菜が背中に触れ、通り過ぎる際に小声でそっと。
「一番は私だってわかっているから、安心してね」
「…わかっているならいい」
「むしろそうじゃなきゃね…」
「二人とも、何を話しているんだい?」
小声で話していると、父さんが不思議に思ったのか台所へ顔を出しに来た。
流石に二人きりの環境ではない。これ以上は、込みいっ話は出来なさそうだ。
「献立の話ですよ、お義父さん」
「晩ご飯は新菜と二人で作るから。出来るまでのんびりしてなよ、父さん」
「相変わらず仲がいいねぇ」
「よく言われる」
「嬉しいことを言ってくれますね、お義父さん。お酒どうですか〜?」
「ありがと、新菜ちゃん。でも、明日早いからさ。今日は遠慮しておくよ」
「そうですか」
「また、時間がある時にゆっくりね。この前、新菜ちゃんが好きそうなワイン仕入れたんだよ〜」
「楽しみにしています!」
…飲めるのは、羨ましいな。
酒の話で盛り上がる二人を横目に、冷蔵庫から野菜を取り出す。
僕は残念ながら下戸。飲みまくる新菜の膝でダウンしているのがお似合いなのだ。
この前だって…新菜が好きな会社の新商品が出たから、飲み比べをしようと言ってくれたのだが、僕は一口二口ですぐに伸びて、晩酌を楽しそうに続ける新菜を見上げることしか出来ていなかった。
『よ〜しよし。成海〜。もう伸びちゃったんだね〜』
『ん〜…』
『かわいいかわいいかわいいかわいいかわいっ!』
『にいな…つおくあたまなれらいれ…はげる…』
『これぐらいじゃハゲないよ〜?』
『…れも、なんれひざ…』
『普通に寝たい?』
『…そうは、いってらい』
『じゃあ、なんで膝枕しながら晩酌を続けるのかって?』
『ん…』
『成海が肴だからだよ。見ながら飲むと酒が進む』
『それはすらおによろこんれいいろか…?』
…と、いう具合のことが起きていた。
「何を考えているの、成海?」
「いや、この前の晩酌を…」
「ああ…可愛かったねぇ」
「何で僕が肴になるのか、未だに分からないのだが…」
「酔った成海は凄く素直なんだよ。成海を摂取したい私からしたらもう最高でね」
「…禁酒しようかな。何を言い出すかわからないし」
じゃがいも、にんじん、タマネギと切る中、涙が零れかける。
これは流石に、感情が誘発したものではないと思う。
「何言い出しても、ネガティブワードと離婚してくれ以外は聞き入れるよ?」
「どんなに間違っても聞かせたくないワードじゃないか。むしろどんな状況になれば言ってしまうんだ」
「確かに、私達…喧嘩らしい喧嘩をした覚えがないしねぇ…」
「話せば大体のことは解決するしなぁ…」
「ドラマとか小説のタイトルを一部だけ聞いて誤解させるとか…?」
「そんな物騒なドラマ見ないよ…」
「流行になれば!」
「「貴方を殺させてください」…みたいなサスペンスドラマとか?」
「どストレートだけどそんな感じだね」
そんな物騒なタイトルのドラマがあってたまるかと思うのだが…いつかはお目にかかる事もあるだろう。
手際よく全ての野菜を切り終えた先で、新菜が鍋を構えてスタンバイ。
既に作りたい料理は分かっているらしい。
「カレーでしょ」
「よくわかったな」
「何年隣で料理してきたと思ってるの?手に取るように分かるよ」
「流石だな、新菜」
「あれ?さっき献立の話、してなかった?」
「気のせいだよ、姉さん」
「そう…?」
晩ご飯の準備を進めつつ、待ち時間が生まれたらいつも通り二人で他愛ない話をする。
高校生時代から変わらない日常。
それが始まった場所で、今日は緩やかに…いつもの時間を過ごしていった。




