ヒトの形をした者
準備ができた様なので、みんな動きやすい格好になる。
刀を誰かに向けることが初めてだ。いつも丸太を妖魔に見立てて斬っていたから。
「小春ちゃん、腕怪我してるの?」
少し離れたところで準備をしていた椎名は、小春の腕を見てそう言う。
小春の左腕には包帯がぐるぐると巻かれている。肘下から手首まで。結構大きな傷だよね。
小春はチラリと自分の腕に視線を落としてポツリと呟いた。
「火傷の…痕があるから」
キュッと体を抱きしめる。
女の子に野暮なことを聞いてしまったね。椎名は慌てている。
本当に大丈夫かな。思ったよりも弱々しい小春にみんな不安そうな顔をしている。
そして素振りから。
小春も震えているが、妖魔王の妖畏を殺すと宣言しちゃう様な子だ。きっと刀を持ったら人格が変わる!みたいな感じで無双してくれることだろう。
そう思っていたのに……
「小春、なめてんの?」
苦笑いの凛が小春の素振りを見て、いたたまれなくなり声をかけていた。
「ご、めんなさい」
「いや、謝らんでええけど…そんな弱々しい素振りで妖魔なんか殺せへんやろ?それに軌道がブレブレや」
こうやって半身になって…と凛は教えている。凛は不気味で嫌な雰囲気がする男だと思っていたがどうやら違うらしい。
凛は面倒見のいいお兄さんみたいな…そんな感じ。
小春は右手で刀を握り一生懸命振るっている。
うん。なんだか初めて刀を振り回す子供の様。
その後も実戦経験のある凛から色々なことを聞いた。案の定、血みどろの戦いやと苦笑いをしている。
やっぱりな。何度も斬らなきゃいけない。
実戦経験がある人の話はタメになるし面白いよな。
「ヒトの形をする者には会ったことあるか?」
そして話している中での、この凛の質問に頷いたのは、俺と暁月の2人。
ヒトの形をする者。それは人間の皮を被った妖魔のこと。見た目は人間なのにな。
本当に…思い出したくもない。
「ヒトの形をした者は、俺は倒したことない。あれは素人がどうこうできるもんちゃう。俺が今まで伝えたのは下等種が相手の場合の話な。それも、下等種の中の下のランクの雑魚い奴の話や。ヒトの形をした者に出会ったら、もうお手上げや」
手を上げてお手上げポーズをする凛。
確かにな。何も知識もない俺たちではどうする事もできない。
あの時のように…
「俺は……母親が…ヒトの形をした者になったんだ。そうなってしまったと気づかずに、俺は何日も……共に過ごした」
俺の1番嫌な記憶。
凛の話を聞きながらついボソリと話してしまった。
ヒトの形をした者に触れ合った時間は、多分1番長いんじゃないかな。
手にじんわりと汗が滲む。みんなの視線も怖い。
この話をするといつも言われるんだ。
『お前もヒトの形をする者なんじゃね?』と。
長い時間妖魔と一緒にいたのだから疑われても仕方がないのかもしれない。妖魔はアービターが退治してくれたのに、俺は村から除け者にされた。
妖魔の可能性があるからと。
亜子と奏多だけが、俺に変わらず接してくれた。数年経ったのちに、妖魔の大群に襲われて、ちょうど遊びに出ていた俺たち3人は、妖魔の手から逃れられたが村は壊滅した。
俺は…妖魔なんかじゃない。
ぐっと拳に力が入る。
こんな過去をみんなに言わなければいいのに。また誰かを不安にしせてしまう。
あんな風に消えろ化け物と……罵られる日々は今でも怖くなる。
村が襲われて少しでも安心してしまった自分が……怖いんだ。
「大丈夫。君は妖魔じゃない」
そんな中、1番意外な人が声をかけてくれた。
「……小春…ちゃん?」
小春と呼び捨てするには気がひけるくらい、大人びた表情をした。
「私は妖魔と人間の区別がつく。特技…なのかもね。藍斗。君は人間だ」
だからそんな悲しい顔をするな。そう言った。
えっと…さっきまでの小春と同一人物なの?二重人格なのかと疑ってしまうほどの変わりぶりに、俺以外のみんなも戸惑う。
「妖魔と人間の区別って?あれは持って生まれたものだろ?あと訓練しても身につくか身につかないかって…」
「……分からない。ただ君は、大丈夫」
言葉を濁したがそう言い切ってくれた。
妖魔と人間の区別は、つくようにならなきゃいけない。だけど生まれ持った才能もあり、アービターの中でも、完璧に見分けがつく人は殆ど居ないらしい。
「あーとりあえずさ、3人1チームつくろうぜ!せっかく6人だし、俺たちはチームで動いていくべきだからさ」
風太は微妙な空気になってしまったこの場を切り替えてくれる。
ちょうどいい数じゃんと言っている。確かにぴったりだ。2チームできる。チームバランス的には…
「俺、藍斗、小春でチーム。風太、椎名、暁月でチーム。バランス的にはこうちゃうかな」
凛はうーんと悩んだのちチーム分けをした。俺も賛成だし、みんなそう思ったに違いない。
こうしてチームに分かれて、何をやるかも分からない訓練について、遅くまで意見を出し合った。
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『お前、何が自分を偽れば馴染める!だ。お前の挙動はおかしかった』
「うるさい。か弱い女を演じただろ」
『いや…一言目に、妖畏を殺すって言って、その後に怖いとか言われてもな?』
女子部屋には1人
コイツと話す私の声だけが響く。
「とりあえずお前は使わないから、大人しくしておけ」
疲れたと言って布団に寝転がる。
精神的に疲れた。時々自分のキャラ設定を忘れてしまいそうになる。
『小春』
「……なに」
『鳴海ってやつに気を付けろよ。斗南と紫苑もだ』
うるさい。そんなの分かってる。
そう言ってごろりと寝返りをうつ。
「右手が筋肉痛になりそうだ」
『ふん。普段使わないから』
怪しまれるからしっかりみんなみたいに食事を取った。だから気持ちが悪い。
少食設定にしたけど、みんな心配していっぱい食べろと言ってきたもんだから。
吐きそう
「凛と藍斗か。まだ使えそうな奴と組めて助かった」
『そのための弱い演技だろ?なかなか面白かったけどな』
「演技だが演技じゃない」
リアルな弱さを演じるために色々悩んだんだ。きっと咄嗟に反応できてしまう時がある。それは仕方がないとして、ただ演じるのも私の性格的にボロが出る。
だから私は
刀を右手で握ることにした。
『小春の利き手は左手だからな。右で握ることによって、不慣れなのを演じなくても良いってわけか』
演じなくとも利き手ではない方で刀を振るったことは殆どないから不慣れすぎる。刀を真っ直ぐ振る事さえできない。
まぁこのくらいで丁度いい。
このレベルに馴染むには、右手で戦うのがベストだろう。
『それに、さっそく団長殺しの話が出ていたな。有名人じゃないか』
「嬉しくない。私はただ、いつも通りするべきことをしたまでだ」
『でも、他の奴らの目には、残虐な奴に映るだろう』
「なんとも思わない。誰に何を思われても気にならない。むしろこっちがアイツらの神経を疑うよ」
あれは仕方がなかった。
むしろ、あの一件で私はアービターという組織自体が、胡散臭くて仕方がないんだよ。
「あのアービターの団長は妖魔だった。ヒトの形をする者だった。だから斬った」
そう。アービターの戦闘員を纏めるリーダーでもある奴が妖魔だった。だから、入団試験ついでに斬った。
そんなふざけた事が通るアービターなんて要らないだろう。
確かに妖魔の臭いはしなかった。でも、仮にも妖魔と戦うと意気込んで作られた組織なんだ。
内部に入られていることに誰一人として気が付かないのは狂っているよ。あの一件で上層部のきな臭さを痛感し、ついでに私はアービターから目をつけられた。
きっと…上層部にはまだ妖魔がいるはずだ。うまく隠れている。そして……
妖畏もいるかもしれない。いや、いる。入り込んでいる。確実にな。
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