自己紹介
「えっと…とりあえず自己紹介しよっか」
風太が何とかまとめてくれそう。椎名もいるし、暗い雰囲気にはならないと思うんだけど。
俺たちの寝泊まりする建物は広々とした場所で、男子部屋と女子部屋で分かれていた。今はとりあえず、みんなで話すために男子部屋に集まっている。
明日からの訓練のための連携か。
相手のことを知らなければ連携もクソもない。
「まずは俺!俺の名前は風太。結構離れた村から来ました。本物の刀はまだ握ったことはない。自慢じゃないが、耳がすごく良い」
こんな感じかな!と風太が1番に自己紹介をしてくれた。ムードメーカーだな。
「はいはい!俺は椎名!ある妖魔を殺したくてアービターに入ることを決めたよ。女の子が大好きです!得意なことは…ま、頭を使うことかな」
椎名は俺に自己紹介してくれた時と変わらぬテンション。女の子の目の前で、女の子が大好きと言えてしまう椎名は凄いね。
「じゃあ……俺は藍斗。守りたい家族がいる。守る強さが欲しくてアービターに入ろうと思った。運動神経は良いと思う。この刀は……」
腰に刺さる刀をみんなの前に置く。
俺のこれからの相棒になる刀だ。
「アービターに所属してた父さんの形見だ。これを使いこなせるようになりたい」
父さんの想いが詰まっているから。
そして次に話し出したのは、あの通りすがりで話しかけてきた男。
「敵討ち多そうやなぁ〜俺は、凛。別に誰か殺されたからとかそんなんちゃうけど。妖魔の存在に怯えて生きるのも嫌やし、ムカつくやん?やから自分でも殺せるようになりたいねん」
訛りの入ったその話し方は、凛にとても似合うなと思った。胡散臭さがなんともマッチしている。
凛は深い緑色の髪をかきあげた。どうやったらそんな色になるのか。すごいな。
凛が話すたびに毛先が揺れている。
「凛は刀の扱い慣れてるの?」
「せやな。妖魔は複数人でやけど何回も殺してる」
なるほど。あの余裕はそこから来ているのか。
「一般人って妖魔殺していいの?」
あんまりその辺のルール覚えてないんだよね。椎名は苦笑いをしているけど、俺も同じだ。あんまり詳しくはわからない。
「アービターがおらん時、誰かがせなみんな死ぬやろ?それにアービターに入ってへんし、3人1チームとかせんでもええやろ。
一般人に妖魔と戦う権利がないなら、お前らがさっさと助けに来いって話やしなぁ」
凛はニヤリと笑った。
それは確かにそうだよな。助けを待つだけじゃどうにもならない。凛は少し棘のある言い方をするけど、言いたいことはよくわかる。
「俺、藍斗と同じ匂いがするねんなぁ」
「に、匂い?」
「そうそう。仲ようしようや。多分この中で、俺と同じくらい、お前は妖魔を斬りたがってる」
凛は肩に触れてきて固まってしまった。
全てを見透かすようなその切長の目は、俺の心の中まで覗こうとしている。
「凛さん?の方がいいのかな。歳上だよね」
椎名が話を振ってくれて、凛は離れた。
凛の圧がすごい…
歳はあまり気にならなかったけど、凛は結構上な気がする。
「俺は21やで。でも呼び捨てでええよ。もし入団したら同期なんやしさ」
「じゃあ凛って呼ぶね。凛はどうして藍斗が妖魔を斬りたがってるって思うの?ここにいる人たちはみんな、斬りたがってるでしょ」
椎名のニコニコした顔も…読めないんだよな。
何を考えているのかさっぱり分からない。
凛は俺に再び近づいて目を覗き込んだ。またかよ。なんだよ
「藍斗は、敵討ちがしたいんじゃない。ただただ妖魔が斬りたいねん。誰か守ったりしたいのもあるやろうけど……藍斗は本能型や。本能で妖魔を斬りたがってるねん」
な?せやろ?
凛は嬉しそうに同じだと呟いた。
本能で?俺が妖魔を斬りたいだけだと?
奏多と亜子を守るために斬るんだ。そうだ。それ以外に理由は…ない。
「まぁええわ。俺の自己紹介はこんなもん。ほな次」
凛が元いた場所に座ったから息が吸えた。
はぁ。なんなんだよ。
斬りたがってるか……
何度も妖魔の身体に刃が突き刺さる瞬間を思い描いていた。確かに…斬ってみたいという好奇心もある。
でもみんなそんなものだろ?
「お、俺は暁月。妖魔に攫われた…妹を探している」
次の自己紹介は暁月。そして暁月のそんな言葉に誰も口を開けなかった。
誰もが思った。妹は確実に喰われていると。確実に殺されて、食い散らかされたか、身体を乗っ取られたかだ。
妖魔が人攫いか。なかなか厄介だな。
せめて…身体だけでも残ってれば良いけどとみんな思ったが口をつぐむ。
そして最後の1人
「妖畏は、私が殺す。………こ、怖いけど頑張る」
……え?
えらく熱の入った発言。名前も名乗らない。そしてまさか、現妖魔王の妖畏の名前が出てくるとは思わない。
強い物言いの後に、なぜか怖いと言って下を向いた女の子。なになに?情緒がわからない。
「妖魔王の名前出すなんてえらい張り切ってるやん。名前くらい教えてや」
髪は色素が抜けたシルバーの髪。とても綺麗な色。女の子はふるふると震えて名乗った。
「小春、よ」
その女の子は不思議な話し方をする。無理矢理穏やかに話そうとしているのか、所々違和感のある話し方をする。
まぁ、初対面だからな。
丁寧に話そうとしてくれているんだろね。小春はそのまま小さくなって震えていた。
やっぱり女の子には過酷なのかもしれない。
俺、風太、椎名、暁月、凛、小春
この6人で10日間の訓練に挑む。
仲間でありライバルになる人達。
「じゃ、さっそく力だけ把握しようや。実践経験あるん俺だけやし、軽く仕切ってええか?」
凛は手足が異様に長い。ふらふらと立ち上がり刀を持った。
「訓練耐えたとしても、正入団できひんかったら意味ないしなぁ。強き者、力を証明できる者。俺らは正入団のことも考えなかあかん」
確かにそうなんだよ。
ここを乗り切ることじゃなくて、その先を見据えて訓練に挑まなければいけない。
「俺らに団長殺しはできないもんな」
椎名と風太は顔を見合わせてそう言っている。
何か方法を探さなきゃ。証明できるものを身につけなきゃ。
あの兎の面の人は、どうしてそんなやり方で力を証明しようと思ったんだろうな…
「とりあえず凛に仕切ってもらおう。隣の部屋に武器が置いてあるから自由に使えって鳴海教官が言ってた」
風太は持ってないやつ取りに行こうぜ!と言って、この場には凛と俺と小春が残った。
自分の刀を持っているから。
「小春のその刀、誰かから譲り受けたん?二刀流なん?」
「……ちがう。一本使う。もう一本は…御守り」
「なんや。びびってもーてるやん。大丈夫か?そんな震えてる癖に、なんで一番に階段おりてん。はぁ……てか、そっちの大きい方の刀、どんな刀なん?」
震えている小春を励ますのか呆れているのか分からない凛は、小春に話しかけている。
小春の持つ2本の刀。確かに言われてみれば、1本だけ鞘の形から違っている。普通の刀よりも大きめな鞘。刀は見ていないけど、その鞘のサイズ的に…標準よりも大きめの刀なのかな。
「……使うのはこっち」
そう言って小春は細い方の普通の刀の鞘に触れた。やっぱり少し変わった刀は、形見か何かだろう。
妖畏の名を出すくらいだ。
きっと仲間や家族を悲惨な目に遭わされたに違いない。
結局変わった鞘に収まる刀は見せてもらえなかった。
スッと小春は立ち上がり、じっとしていると怖いからと言い、風太たちがいる部屋の方へ向かった。不思議な子だな。
「藍斗、お前、小春のことどう思う?」
「……まぁ詮索するのは良くないけどさ。あそこまで怯えてるなら訓練も厳しそうだなって思う。けど、弱々しく見えるんだけど、なんだか……うーん」
上手く言葉にできなくて話すのをやめた。
不思議なオーラを感じるんだ。
「妖畏を殺すって言った時、背中がゾクってした」
そう言うと、凛も頷く。
「せやんな。俺も冷や汗出たわ。なんなんやろ、あの子」
凛と2人で小春のただならぬオーラについて軽く話しをした。
ここに来た華奢で小さい唯一の女の子。
恐ろしくて口にもしたくない妖魔王の名前を1番に口にした女の子。
遠くに歩いていくその小さな背中をじっと見つめていた。