訓練生
「藍斗!気をつけろよ!」
「あぁ、わかってるよ」
宿舎の玄関で、奏多と亜子が心配そうな顔で見ている。結局奏多は残るといった。亜子の側にいるために。
それでいい。俺がちゃんと強くなるから。だから待っててくれ。
今日は入団希望者が続々と集まる。10日間その訓練を耐え凌ぎ、尚且つ、入団条件を満たせば、正団員になれる。
訓練制度は今年が初めてだ。
前情報も何もなくて不安だけどやるしかない。
都の中心、アービターの施設まで辿り着いた。
俺は数秒間ボケっと眺めていることしかできなかった。
溢れかえる人たちは目を煌々と輝かせてアービターの施設に入っていく。
えっと。こんなに居るのか?
異例の訓練制度。ここまで人が集まるとは思わなかった。正団員になれるのは一握り。入団者が居ない時だってある。なのに…
てゆうか、もっと緊張感のあるものじゃないのか?旅行に来た訳じゃないのに。楽しそうにしている人が多くてなんとも言えない気持ちになった。
ゴクリと生唾を飲み込み施設内に足を踏み入れた。
そして何故か、ピリピリと視線を感じる。
なんだ?俺何かおかしいのか?
周りから集まる視線にビビりながら受付まで歩いていると、後ろから衝撃がくる。
「いたっ」
「お前、それ刀ホンモノだろ!?」
そう声をかけてきたのは派手な髪を立たせている男。同い年くらいだろうか。
そして見られている理由が分かった。
刀を持っている人は珍しいのかもしれない。だからジロジロ見られていたんだ。
「えっと、君は?」
「俺は風太!お前は?」
「俺は藍斗だよ。よろしくね」
風太と名乗った男もきっと、アービターの訓練制度を受けにきている。
風太のおかげかジロジロ見られる視線も少し減った。
「藍斗は刀は扱えるのか?」
「いや。練習はしてたんだけど、実戦はしてない。昨日も妖魔に会ったけど何も出来なかったし」
「あ、昨日の妖魔騒動お前なのか。無事で良かったな」
「あぁ。アービターの人が助けてくれて」
かっけぇな、アービター!
風太はワクワクすると喜んでいる。すごいな。俺なんて緊張で少し気分が悪いのに。
こうやって話しかけてくれる人がいて心底安心している。
「どのチームに助けてもらったの?」
「単独で動いてる人?」
そう言うと風太は不思議そうな顔をした。
アービターは常に3人1チームで動いている。昨日は驚いて頭は回ってなかったけど、あの人は1人だった。
1人で妖魔を相手にすることは禁じられている。斬り損ねた場合、周りに被害がさらに及ぶからだ。斬り損ねたアービターの団員が喰われでもしたら……
アービター団員になりすました妖魔が出来上がってしまう可能性もある。
妖魔に勝てなかった場合、速やかに残りの2名で処理することも決まっている。
妖魔に身体を乗っ取られるくらいなら、死を選ぶのはアービターの教え。
だから3人1チームが原則だ。
でもあの人は違った。
「まさか、例の危ない人か?」
「例の人?」
「兎の面つけてる人!俺も一回だけ見たことあるんだよな」
おっかないよなぁ〜
そう言って風太は両手で身体を抱きしめるような仕草を取る。
おっかない。確かにな。俺も怖かったし。
だけどなんだか……非情な人にも思えなくて。って何も知らないけどさ!
「アービターにあんな怖い人がいるのはちょっと嫌だ」
風太はそのまま続けて言う。
「俺は斗南さんみたいなアービターになりたいんだ」
斗南さん。
アービターで実力派の漢!!って感じのかっこいい人だ。アービターの中ではまだ若い方に属する。
斗南さんは、アービターの顔とも呼べる人で、今は団長をしていて人気がある。確かにかっこいい。
だけど俺は、昨日の光景が目に焼きついたままだ。
兎の面の人が妖魔の頭に躊躇いなく刀を突き刺して、力を込めた後に一気に引き抜いた。
血と共に灰色の煙になる妖魔。
完璧な動作。
「妖魔ってさ、各々に弱点があるだろ?」
「ん?そうだな」
風太は隣を歩きながら俺の話に耳を傾けている。俺はさ、昨日のあの人が1番かっこよく思えたんだよ。綺麗で…洗礼された動き。
「寸分狂わず弱点に刀が突き刺さったらどうなるか知ってる?」
あんなの奇跡に近い。
「え?あぁ。妖魔は灰になって消えるんだろ?そんな事出来る人居ないだろうけど」
そうだ。綺麗に弱点を貫かれて、それで即死した場合、妖魔は復活の余地もなく、灰となって消える。
「俺はその光景が頭から離れないんだ。妖魔の全てを知り尽くしているような動き。俺はあんな風になりたい」
俺の目指すアービターの戦士像が、兎の面の人になった。
入団試験で、団長を殺したと噂がある人で、正直そのやり方は嫌いだけど、そんな事を差し置いてでも憧れてしまった。
「人と妖魔の見極めさえ難しくて、才能がある奴しかできないって言われてるのに、弱点をついて灰にさせるなんて不可能だろ。斗南さんでもそんなこと出来ないぞ」
そうなのかもな。
でもあの人は目の前で妖魔を灰に変えたよ。落ちた頭だったからできた事なのかもしれないけど。
でもあの人はきっと
「誰よりも綺麗に妖魔を殺す」
脳内で何度も再生した。あの動きを。自分に重ね合わせてみた。でも俺には無理だ。だから憧れるんだ。
「おいおい、藍斗。妖魔狩りに綺麗さはいらないだろ?あいつら血も肉片も飛び散ろうが死なない。毎回泥試合みたいになるんだぜ」
それは知ってる。見たことがあるからだ。父さんが村を襲う妖魔をアービターの仲間と退治した時に思った。
これはトラウマになるな、と。
子供は見てはいけない。1週間は肉なんて食えない。赤いものも見たくなくなる。
何度斬っても斬っても死なない妖魔。ジリ貧の戦いをしていた。そんなものだと思っていた。俺たちも血だらけになりながら、吐きそうな臭いを堪えて戦うのだと。
だけど、あの人は刀を投げて首を落とした。そして一突きで頭を灰にした。
綺麗だった
「お前、兎の面の人にどんな助けられ方したんだよ。まさか美形だったとか?」
「見てないよ。面をつけてるんだから」
だよなーと風太は笑っている。
そうこうしているうちに訓練所にたどり着いた。ざっと見ても300人以上居るように思う。
「まじでこんなに来るとは思わなかった」
「俺もだよ。風太の村からは風太だけ?」
「いや、大人もいっぱい来てるよ。入団試験に落ちたとしても、訓練を受けれるから身になるかもって皆んな来てるぞ」
なるほどな。そういう人たちも居るから、こんなに多人数なんだな。でもそれってどうなんだろう。そんな軽い気持ちで妖魔退治ってしてはいけない気がするけど。
「藍斗のところは?お前だけじゃないだろ?」
「……いや、俺だけだ。俺たちの村は、俺含めて3人しか生き残ってない。その中で俺がアービターになって、2人を守るために来た」
奏多と亜子を守れる強さが欲しい。
悪い…と申し訳なさそうな顔をした風太。気にしないのに。家族や村の仲間が殺されてる人たちなんて山ほど居るから。
会場はザワザワしている。
どうやってこの人数の試験するんだよ。見た感じ自分よりも幼そうに見える子供もいっぱいいるし、結構年齢が上の人もいる。もはやおじいさんもいる。それに女の子もいる。
すごいな、ほんと。
そんなザワザワした中、誰かの声が通った。
「静まれ」
多くの人を見渡せるくらいの高さに居るのは、風太が憧れだと言った、斗南さんともう1人。
アービターの総統括官の紫苑さんがいた。
オーラが違いすぎる。
「やっべ!紫苑さん初めて生で見たよ!斗南さんも居るじゃん!」
紫苑さんが表に出てくるのか。それだけ期待されているのかな。
「やぁ、たくさん集まったね。遠いところから来た人もいるだろう。お疲れ様。早速で悪いんだけど、この中に覚悟がない人もいるはずだね。喰われる覚悟がない人……帰ったほうがいい」
話し始めた紫苑さん。
紫色に見えるその髪は、束ねておらず、風で靡いてキラキラ光る。
ここからでも男前だとわかる風貌。隣の斗南さんも相変わらずいい身体をしている。それに男前ときた。
この2人が隣に並んでいるだけでもすごいのに。
笑顔の紫苑さんは、覚悟がないやつは帰れと言った。その笑顔は威圧そのものだった。
わかりやすく周りはザワザワと話し始める。
覚悟ね。
あるのかは分からないけど、強くなりたいという気持ちなら負けない。
紫苑さんの言葉で動く人はいなかった。そんな群勢をみて、斗南さんは言うんだ。
「じゃ、今から妖魔と戦ってもらう」
全員が耳を疑った。妖魔と戦う?聞き間違え?
どこにいるんだ?パニックになり出す周りの人達。
「逆走して帰ろうとしてる奴等に巻き込まれるなよ」
風太が腕を引っ張ってくれて、なんとか巻き込まれずに済んだ。それにしても、妖魔と戦うって?なんだよ。
何か起こりそうだな。風太はそう言って身構えた。明らかにこの場の雰囲気が凍りついた。
「じゃあ、妖魔を倒してもらう。何人でやってもいいからね。妖魔はこちらで用意してる。武器も貸して欲しければ貸す」
殺さずに生かして飼っている妖魔がいるんでね。そう紫苑さんはニヤリと笑った。
そして誰もが聞いたことがある妖魔の呻き声が聞こえた。
会場に響き渡る、呻き声
耳をつんざく声に
身体中の鳥肌が止まらなかった。
妖魔がここにいる!!!!
妖魔を飼っている?意味がわからない!
その妖魔が逃げ出せば、都はすぐに襲われてまう。妖魔を安全な都に解き放つと言うのか?
危険な妖魔を生かして飼っているだと?
「ちなみに五体いるんだ。妖魔は一秒間に三人の首は飛ばせる。五体で何秒あれば決着がつくだろうね。ちなみにこの妖魔達は三日間餌は与えてない。
腹を空かせているだろう。誰が食われるかな」
そう紫苑さんが笑ったと同時に、人の波が押し寄せてくる。あぶない!!
逃げ惑う人たち。悲鳴をあげて走り出す。
「風太!こっちだ!」
逃げ出そうと押し寄せてくる人達にぶつかられて風太が転ぶ。
このままじゃ踏み潰されてしまう。
風太の脇に手を入れて立たせて二人で身を固めて流されないようにする。
やばいだろ、何なんだよ!
「藍斗、ありがとう。でも妖魔ってさ、やばくね?」
「……うん。戦い方も知らないし。それを学ぶための訓練過程だと思ったけど。でもとりあえず…」
よく分からないから、俺は聞きたいよ。みんなを守るはずのアービターが、もしこんな感じで強引に物事を進めていくような組織なら…
「俺のなりたいものはここには無い」
どれくらい耐えただろうか。砂埃で咽せていると、足音が聞こえなくなった。
あぁ、そうか。
もう周りの人たちは逃げ終わったのか。
周りを見渡せば、あんなに大人数居たのに、この場に残る人は六人。
減ったな。 六人で五体の妖魔は、やばいだろ。
「妖魔はどこだ?」
人にぶつかる事もないから刀を抜いた。
心臓がうるさい。
妖魔が…くるんだ。
「実戦したことないけど。風太は後ろ見てて」
そう言うとサッと動いて背中合わせになる。死角はない。
だけどどれだけ警戒しても、何も起こらなかった。
へ?
なんなんだこの空気は?