謎の人
「あの人が居なければどうなってたことか」
はぁと奏多は溜息をついて、前を歩き出した。
俺たちでは妖魔には敵わない。憎しみがあるだけじゃダメなのに。分かっていたのに。
やっぱりアービターの下で訓練をして、妖魔の弱点や倒し方を学ばなければならない。確実に急所を仕留めたあの刀。あんな風になりたい。
自己満足でしてきた訓練と実戦では訳が違う。
立ち上がって刀を抜くことすら出来なかった。大事な人が襲われそうになっていたのに。
「ねぇ?藍斗?」
「なんだ?」
「ほんとにアービターに入るの?」
今のみたでしょ?そう言いたげな亜子。わかってるよ。手も足も出ないし逃げることも出来なかった。
こんな奴がアービターに入るなんて言うなってことだろ?
わかってる…
でも…
「あぁ。はいるさ」
何かあった時……今みたいな時に、2人を守れる自分になりたいんだ。
父さんが俺たちを守ってくれたように。
「まぁまぁ、亜子は心配してるだけだろ?藍斗はやるって言ってるんだ。強くなった方が身を守るためにいいだろ」
奏多…
ありがとう。
亜子も渋々だが、わかったわよと言い黙った。
それにしても…さっきの兎の面の人は、誰だったんだろう。あの大きな妖魔を一瞬で倒した。
それも確実に。
小柄に見えたから、そんなに力は無いと思ったが、マントに覆われてるだけで筋肉は凄いのかもしれない。
そして妖魔に襲われた為、都の中心から処理班が来ている。
一応襲われた側として、話をしに行かなければならない。亜子をみると怖がってはなさそうたから、三人で向かう。
「君たちか?妖魔と遭遇したのは」
顔や手がすべて覆われる服をきた人達が現れた。アービターの妖魔処理班だ。肉片や血に直接触れるのは禁止されている。
「はい、そうです」
初めてだな。アービターの人と話すのは。顔は見えてないからどんな人かはわからないけどね。
「誰がこの妖魔を倒したんだ?討伐団員の姿が見えないが。妖魔の身体は屋根の上で朽ちていて先程処分したんだが、頭は君たちが処理してくれたのかい?血も無くなっているが」
まさか拭いてしまったのか?そう尋ねられた。俺たちは何もしていない。むしろ何も出来なかった。
妖魔の頭が落ちていたところには、血の跡が残っているが、血は殆どない。それに頭も消えている。
だってそれは…あの兎の面の人が……
あの時の光景を思い出し、すこし口ごもっていると、処理班の人は「あぁ、あいつか」そう言って何か納得した様子になった。
「兎の面をつけた人が助けてくれたんです。あの人もアービターなんですよね?」
そんな俺の言葉に処理班の人は眉をひそめた。その顔はまるで嫌なものの話でもするかのよう。
そして、俺の方は向かずに「そうだよ」と答えた。
……なんだこの反応は。
助けてくれたのに。しっかりとアービターとしての役目を果たしてるんじゃないのか?
まぁ確かに、大丈夫か?今助ける!みたいな言葉は一言も聞いてないし、妖魔の首を斬り落とし、俺たちの安否を確認することもないまま立ち去ってしまった。
「とりあえず話を聞けたから帰っていいよ」
……
なんだかひっかかる。
「ほら、藍斗!帰ろうよ」
「待って…」
亜子の手を振りほどき処理班の人に近づく。助けてくれた人の事くらい…知っておきたい。
「あ、あの!兎の面の人…なんていう方ですか?」
もしアービターへの入団が認められたら、お礼を言いに行きたい。いつかあの時はありがとうございましたと伝えたい。
でもそんな俺を哀れなものを見るような目で見て言った。
「あいつはバケモノだ。君が思ってるような奴じゃない」
「藍斗!宿舎の時間に間に合わないよ!」
バケモノ?
バケモノである妖魔を倒してくれた人を、バケモノ呼ばわりって……なんなんだ?態度の悪い妖魔処理班の人に嫌な顔を向けた。
「こら!話聞きなさいよ!」
固まって動かない俺の頭を後ろから小突いた亜子は、俺の手を引いて歩き出す。
もう少し話を聞きたかったけど、教えてくれなさそうだったな。
隣に並んだ奏多が小さな声で話しかけてくる。
「お前、アービターに入りたいって言う癖に、全然何も知らないんだな」
「どういう事?」
もう少し人が少なくなってから話そう。そう言って亜子と俺を連れて人通りの少ない道を歩いた。
妖魔騒動があったからか、都だと言うのに人影が少ない。賑わっていたはずなのに。
「さっきの兎の面の人。あれが、アービターの団長を殺した人だよ」
「……え?」
少しして奏多が話し出した。
さっき助けてくれた人が、あの噂の二人組のうちの一人?
「二人組って言われてるけど、入団テストで団長を殺したのはあの兎の面の人。もう一人は側に居ただけ。噂だったけど…本当にいたんだ」
「本当にあの人が?助けてくれたんだぞ?」
俺に聞くなよ。と言ってまた先頭を歩き出す。
あの人は……本当にアービターの団長を殺したのか?そんな風には見えなかった。いや、確かに俺も殺されると錯覚したか。
分からないけど…でもアービターに入団できたら、会えるかもしれない。
「礼を言いたいんだ」
俺は驚いてその場で固まることしかできなかった。バケモノを見るかのように、必死に地を這って逃げようとした。
俺だって処理班の奴らと同じなんだ。
異様なオーラを纏う兎の面の人に対して、酷い反応をした。礼も言わずに…
会ったらちゃんとあの時は助けてくれてありがとうと、伝えなきゃ。
「奏多。奏多もアービターに入ろうとしてる?」
隣で俯いていた亜子。
奏多の服の裾を掴みそう言った。
「……悩み中だ。俺だってお前達を守りたい。だけど、剣技だって藍斗の方が得意だし、運動神経だって俺は人並みだ。この馬鹿みたいに頭のおかしな動きが出来るわけじゃない」
俺は運動神経だけはいい。
といってもさっき動けずにいたんだ。説得力はないよな。
奏多は心配そうにする亜子を優しい顔で覗き込んでいる。奏多はアービターに入っちゃダメだよ。
優しすぎるから
それに奏多は、人になりすました妖魔と出会った事がない。アレは……本当に身の毛もよだつような存在なんだよ。
中身は妖魔だけど、見た目は人だから。
アレを斬るには覚悟がいる。人を斬っているような錯覚に陥るだろう。優しい奏多には絶対できない。俺にだって…出来るか怪しい。
俺は……自分の母親になりすました妖魔に殺されかけたことがある。
あの日のことは忘れることはないだろう。
何も変わらず、いつも通りの優しくて、ちゃんと悪いことも叱ってもくれる母親。
いつから中身が妖魔だったかなんて分からない。
あいつらは人間になりたいのか、そう振る舞おうとする。
俺は母親の見た目の妖魔と、何日も共に過ごしていた。思い返せば食事が喉を通らないほどに、気持ちが悪い出来事だった。
いつ母親は殺されたのか。いつ身体を乗っ取られたのか。
俺は妖魔を何度……母さんと、呼んだのか。
ただアレを斬るには、母親を斬らなければいけない。中身はもう違う。母親は死んだ。妖魔が母親のふりをして生きている。
そう頭では分かっても身体は動かない。
見た目が母さんだから。
傷つけられない。
俺は、ちょうど村の近くにいたアービターに助けてもらって、母さんが妖魔になってるとそこで初めて知った。
あの時アービターが居なけりゃ、俺はきっとあの妖魔に生かされながら、食糧として飼い慣らされていたんだろうな。
嫌な記憶だ。
下等種と呼ばれる妖魔は、バケモノの見た目だ。
誰が見てもバケモノだと思う見た目。人間の身体を乗っ取るほど強くない。
さっき都に現れたのも下等種。まぁサイズ感は大きかったから、悪さを重ねてきた妖魔だろうけど。
そんな妖魔の中でも1番力を持つ、妖魔王がいる。妖魔王が居る限り、妖魔の数は減らない。だからアービターはその妖魔王を探している。
ただ勝てるのかな?とも思う。いくら弱点を学んだところで、あんなバケモノに敵う人なんているのかな。
妖魔王なんて……誰が倒せると言うのか。
「藍斗?宿に着いたよ。今日はもう休もうよ。やる事は明日すればいい」
亜子の声で我に帰り宿の中に入る。
都は凄いな。俺たちみたいな金のないガキでも、ちゃんと宿に泊まれる。環境が整っている。
明日アービターの本部にいって、仮入団希望手続きを済ませなきゃ。
くよくよしても仕方がない。動かなければ何も始まらないから。
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