演技
「……嘘か本当かは置いておいて、私がそれを聞いて妖畏様に言わないとでも?バレて困るのはあんたでしょ?すぐに妖魔の大群であんたを襲う。死ぬまでね」
バレる?
何をいう。
剣先で指の腹に傷を受ける。
「飲め、妖蛭」
動ける分だけ飲めば良い。
そしてバレるなんてことはない。
「お前をここで殺すんだ。誰にバレるというのか」
鳴海よりも速く動く。動きが止まって見えるよ。
刀を持つ腕を、肩ごと切り落とす。
ギィヤァァと大きな声が出る。
そんな声を出すなら化け物の姿に変われば良いのに。心底醜い生き物だ。
「くそ!妖魔を身体に取り込むなど聞いたことがない」
「だろうな。私も自分以外そんなこと出来たやつを知らないよ。私の中にいる妖蛭は何か事情を知ってるみたいだけど教えてくれないんだよ」
私だって疑問に思ってる。
「喰った奴の姿を乗っ取るのが妖魔だ。器の人間の意思なんて消える」
そうだな。
普通は殺されて、身体を妖魔にとられる。だけど私の場合、別に私は妖蛭に殺されていない。むしろ妖蛭は私の命を繋ぎ止めた。
まずおかしいんだよ。
妖蛭が私を殺し、喰べて身体を乗っ取れば、妖魔の力で器である私の身体の傷を修復することができる。
そうしたら妖蛭は私の身体で生きていられたと思う。
妖魔は治癒力が高い。
あの場で契約なんかせずとも、私を喰えば、こいつは1人で形を保ったまま生きていられた。
妖蛭はあの時はお前を喰う気力がなかったと言ったが、ちゃっかり私の腕は噛んでいる。そのまま食い殺せるはずだった。
だから妖蛭は……何か理由があって、自分だけではなく私のことも生かしたのだ。
「妖魔が身体の中に入って、身体の持ち主が主体で動くなんてあり得ないわ!」
「あり得ないと思ってくれていい。ただ現に私と妖蛭はそういう関係なんだ」
お喋りのおかげで少し体力が戻ってきた。
「妖蛭?どれくらいの血が必要だ?」
『……そうだな。妖畏の情報を得るには……全部欲しい。血も肉も』
「やめろ。私は血なら吸わせてやれるが肉を喰わせてやるつもりは無い」
『なら、血を全部よこせ』
「そうだな。あの腕から流れてる汚い血も勿体ないからな」
鳴海には私が1人で話しているように見えるだろう。だからなのか、さっきから腕を押さえたままの鳴海は私の様子を見て顰めた顔に冷や汗をかいている。
妖魔のくせに……人間を見て恐怖するなんてな。
妖魔失格だよ。
「こんなの聞いてない……妖畏様は…ここで新しいアービターの芽を摘めと…言った」
「そうか。早めに潰すに越したことはないからな」
「今日は…私が…ここの襲撃を任されて…」
「お前の事情はどうでもいい」
訓練用の刀を放り投げれば、ハッとして鳴海は刀とは反対側に飛ぶ。避けたその先、そこを斬り込む。
ギィヤァァ
「どうした?醜い妖魔の姿になるのが嫌なのか?人間として生きていたのなら…最後も人の形で死にたいのか?」
人間のままの鳴海には負ける気はしない。
ヒューヒューと喉から変な音がなる鳴海は、歯を食いしばる。
「人間として死にたいなんて、妖魔が思うな」
「クソが!クソが!クソが!!!妖畏様は、お前を警戒してはいなかった!!!妖畏様は藍斗と凛を警戒していた。でも私は……どうもお前がおかしいと思って、お前にターゲットを絞ったのに!!」
「なんだ、賢いじゃないか。正解だよ鳴海。それに妖畏は藍斗と凛を警戒しているのか。情報ありがとう。私はこのままお前を殺したら右手で刀を振るっていくよ。弱く見えるからね」
「調子に乗るなよ小娘が。お前を殺して……藍斗と凛も殺す。そして妖畏様に認めてもらう!」
どんどん鳴海教官の声質が変わってくる。
「まぁ私もアービターだからな。お前を処理する義務がある。それに私は、特別扱いらしいからな」
準備はいいかと問いかけるまでもないな。
私が動かすよりも先に、私の動きを読んで妖蛭が動き出している。
鳴海はどんどん人間の形が崩れていっている。限界か?まぁ妖魔になられた方が厄介なんだが。
「お前はまだ訓練生だろ。訓練の間に事故に見せかけて殺してやろうと何度考えたか」
「ああそうか、もうすぐ死ぬんだ。私の正体も教えておこうか。手元に面は無いが……日頃は兎の面を被っていてね。お前のお仲間の、団長を殺したのは私だよ」
そう言った瞬間、異形に変わる。
なるほど。
妖魔同士で絆か。気持ちが悪いな。
「あいつを殺したのはお前か!!!!兎の面……喉を掻っ切ってやる!!」
2人してアービターに潜入か。こんなことではまだまだアービター内に居そうだな。本当に……クソみたいな組織だよ。
妖蛭が張り切りすぎていて、私の身体がもたない。
「ハァハァ…四肢の修復は流石に無理だろう」
気に食わない。
人間を殺しまわる奴が、人間みたいに生きることが…許せない。
「妖畏様は必ずお前にたどり着く」
「そうか。むしろ私は待っているんだ。いつでも仕掛けてくれて構わないと伝えてくれないか?」
生きてたらの話だが。そう笑うと、ベトベトのその身体から、筋肉が盛り上がり、さらに形を変えようとする。
が、そんな妖魔の形態変化を見る趣味はないんでね。
「存分に食い散らかせ」
動けない鳴海の弱点から少しずらして刀を突き刺す。
血は溢れてこない。直接妖蛭が血を吸っている
「あぁ、それと最後に…」
言い忘れていたよ
「お前があの日、気まぐれで生かした小さな子供は、お前の望み通り、お前を殺すために生きていると……伝えてくれ」
「くそ…や、ろ……」
鳴海は最後の力を振り絞ったのか、人間の姿になり息絶えた。
最後まで人間でいたいだなんて。
『……色々思い出してしまった』
血を吸ってから静かになった妖蛭はポツリと呟いた。妖魔の血と鳴海の血が飛び散りすぎて自分の身体も真っ赤だ。
「で?何処へ向かう?お前の記憶探しもしなきゃいけないな」
『……またゆっくり話そう。とりあえずお前傷口が開いてるぞ』
「言われなくても分かっている。首の傷が深い。へたくそめ」
『俺はできる限りの治療はした。お前が避けるのが下手なだけだ』
緊張が解けたのか膝から崩れ落ちる。
くそ
血が足りない。
妖蛭が血を吸っても、私の血が増えるわけでは無い。だからもう、貧血の域を超えた。
『俺も力を使いすぎた』
「たぶん死にはしないが、私も少し…疲れた」
鳴海が人間のまま死んでくれたのは案外好都合かもしれないな。まだ私の姿を偽れるから。藍斗と凛が誰かに喋らなければ。
そうだ
2人の安否を確かめないと…
『動くな小春。お前の傷が痛めば俺も痛い』
「一心同体ってやつだな。2人の安否だけ確かめたいんだよ」
扉のボタンに触れるとブーーーと音を立てて開いた。
ロックをかけていたから、向こう側からは開かなかった。
扉が開けば……
「なんだ、大丈夫そうだな」
扉にへばりついて私の名を叫ぶ2人がいた。
よかったよ。そこまで大声が出せるなら、元気な証拠だ。
「「小春!!」」
「うるさい。傷に響く」
2人以外にもたくさん気配がした。
来たか、紫苑。
この大惨事に何をしていたんだろうな。一度眠って…起きてから話を聞きたいが、やるべき事がある。
「2人とも…鳴海のことは誰かに話したか?」
そう尋ねればまだだと首を振る。
今ここでもまた妖魔が出て、紫苑や他のアービターで退治していたらしい。そういえば見覚えのない人間の死体が転がっている。
私が扉を開けるその寸前まで妖魔が居たと。
ていうことは、ちょうど良かった。
「私に話を合わせてくれないか?」
「どんな風に?てゆうか、傷が…」
藍斗の涙がポタポタと落ちてくる。生きているのに泣くなよ。凛も真っ青な顔をしている。再び傷口に当てられた手拭い。
すぐに真っ赤に染まる。
はぁ。血が足りない…
生きてる子がいるぞ!と色々な大人が大袈裟に心配してくるが、話したいのは1人だ。
私がいた部屋に団員が入り、うっと吐き気を催し、そこにいた全員が下を向いた。
悪臭だったからな。
あの数の妖魔の死骸が転がってるんだ。後から弱点をついて消し去ってやろうと思ったがそんな余裕もなかった。
「こんな数の妖魔…いったい…」
あの!と声を出そうとした藍斗の腹を殴る。私の話を聞いていなかったのか?
「ひ、酷いよ」
「話を合わせろと言った」
「だって、小春が何も言わないから」
「こんな下っ端に話してもどうにもならないだろ。凛、紫苑に話があると言って連れてきてくれ」
凛はすぐに紫苑の元に走ってくれた。
疲れたよ、全く。
「こんなに傷だらけで…何もできなくてごめん」
「……何もしてないことはない。初めて妖魔を倒したろ?いい経験だ。それに……」
藍斗は勘付いたのか、私の手に、手拭いで包んだ何かを持たせた。
「み、みんなの…骨……拾ったよ」
「……そうか、ありがとう。あいつらも…お前が拾い出してくれて…喜んでるよ」
私の言葉を聞いて、うわーーんと堰き止めていた涙が溢れたのか、子供みたいに藍斗は泣き始めた。やれやれ。声が頭に響いて痛い。
重症の私の上に抱きついて涙を流す藍斗。
何故死にかけの私がお前を慰めなきゃいけないんだ。と思いながらも私の手は藍斗の背中に触れていた。
「私の分も…藍斗が泣いてくれ」
一度泣いたから。もう私はこの事についてでは泣かないよ。だから……お前は存分に泣いてくれ。
「扉が開かなくて…」
「うん」
「小春の声も聞こえないし」
「うん」
「凛が焦ってこっち側のボタン壊しちゃうし」
「ふっ…」
「小春にまで、何かあったらって……」
「また後で会おうと言っただろ」
「でも…怖くて…」
「わかったわかった。だからそろそろ私の上から退け!重い!」
動く方の手で藍斗の脇腹を小突く。そろそろ息ができない。
「ごめんね小春」
「やっぱりもう泣くな!鬱陶しい」
泣いてくれと言ったがやっぱり取り消しだ。うるさい。妖蛭も私の中で舌打ちばかりしている。ハァ
「小春!紫苑さん連れてきたで!」
ようやく来たか。
最後にもう一度伝わるかわからないが、藍斗と凛と目を合わせる。
その場しのぎの嘘になる。
鳴海が妖魔だったなんて後からきっと分かるから。でも今必要なのはここから疑われず抜け出すことだ。
死にそうだが大事な仕事が残ってる。
『さぁ、悲劇のヒロインを演じろ』
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