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妖魔のいる世界

--------



「おい!亜子(あこ)!お前も《《アービター》》に入るつもりか?」


男は先を歩く女に声をかける。

女はそんな男を振り返りもせずに声を出す。


藍斗(えいと)もでしょ?あんたを一人で入団なんてさせたら心配でしょ?私もついて行くの」


ヒラリと桜が舞う。

またこの季節がやってきた。



「お前さ、妖魔と戦うんだぞ?わかってんのか?」


「女だからって言いたいの?」


「あぁそうさ。アービターに女が入るなんて聞いたことない」


「あんたが聞いたことないだけでしょ?なんでもあんたの狭い世界に当てはめないで」


女はキッと男を睨む。

その二人の様子を見かねた男が間に入った。



「お前らさ、喧嘩してる時間あるわけ?アービターの入団は誰でもできるもんじゃねーの。ここ何年も入団者が限られている。亜子にそう言ってるけど、お前だって入団できるとは限らないだろ」


男の冷静な言葉で二人は黙る。

はぁ…ため息は春の風に流れて消えて行く。

わかってるよ。と悔しそうに、藍斗(えいと)と呼ばれた男は元来た道を戻った。


そして後からきた男も、言いづらそうに女に告げる。


亜子(あこ)、俺も辞めた方がいいと思うぞ」


「……奏多(かなた)までそんなこと言うの?」


もう知らない。そう女は言い、藍斗とは違う道へ歩いて行ってしまった。




「誰のために言ってると思ったんだよ」




そんな言葉は誰にも届かなかった。



--------


この世界には人と妖魔がいる。

俺たちが生まれるもっと前……

妖魔と人が共存していた時代があったそうだ。


今この現状からは考えられないことで、今を生きる人たちは誰も信じていないと思う。

あんな残虐な妖魔と……共存なんて出来るわけがない。



俺の名前は藍斗(えいと)

家族は居ない。いや…家族みたいな人達はいる。奏多(かなた)亜子(あこ)は俺の家族だ。


一つ年上ってだけで、俺たちの兄貴的存在の奏多。わがままで気が強くて…でも心配性で優しい妹みたいな亜子。



俺たちは妖魔に家族を殺された。


俺の父さんは、アービターに所属して、妖魔狩りをしていた。

アービターは、妖魔と戦う組織だ。


妖魔は…人を喰らう。


人間は奴らの口に合うらしく、奴らはただ喰いたくて喰っている。


そしてその中でも力のある妖魔は、喰った人に成りすませる力を持つ。



喰って欲を満たす妖魔と、人間になり切ろうとする妖魔がいる。後者が厄介だ。


人間だと思っていた人が、妖魔の可能性があるなんてことも、あり得る世界なんだから。



妖魔と人は違う。

見た目も声も臭いも…全部違う。

だけど、ヒトの形をした者…人間に成りすましている妖魔は、見た目や声や臭いでは分からない。でもそれも…妖魔だ。


妖魔が憎い。

俺たちの家族を奪い、村を奪い…希望も奪った。


だから俺たち三人は、都にやってきた。

ここなら妖魔の被害もまだ少ないだろうし、ましてや生きるための衣食住も仕事も整っている。


そして俺は、父さんと同じアービターに入ると決めていたのだ。


特殊な訓練を受け、妖魔と人を瞬時に見極め、妖魔を殺す。そして人の文明を守る仕事だ。



共存した過去なんて…過去にすぎない。

もうこの時代では妖魔と人は相見えることはないだろう。


俺は亜子と奏多を守るためにアービターに入る。俺にとっては二人が家族だから。二人を守れるのは俺しかいない。もうあんな風に、目の前で大切な人が喰われるところは見たくないから。


川沿いを歩く。

少し人気の無いところに来てしまった。



ここ最近、妖魔はあまり人の前に姿を現さない。理由はアービターだ。



アービターには入団条件っていうのがあって、その入団条件は【強き者】【力を証明できる者】この二つを兼ね備えた人のみ、入団できるんだ。


過去には色々な力の見せ方があったと言う。父さんの時は、剣技で決まったらしい。

各地域の強者がこの春に都に集まる。

そうやって、アービターは力のある者達で結成され、世界のために動いていた。



一年前に、ある二人組がアービターに入団した。それ以降、弱い妖魔は確実に数が減った。その二人組があまりにも強すぎたから。


しかし…その二人組の噂について、良くないものがある。

ある日突然現れたその二人組は、元々いたアービターの、歴史上一番強いとされていた、当時の団長を入団試験で殺したのだ。



これが力の証明だと。

入団試験の条件の、強き者、力を証明できる者、この二つを最強の団長を殺すという事で証明した。


血だらけの刀を振るったという。



この話が本当か嘘かは分からない。あくまで噂。

その二人組がアービターに入ってからというもの妖魔は目に見えて減ったのも事実。強いことには変わりない。


各地で襲われる人も減り、俺たちもこの都に辿り着けた。俺もアービターに入りたい。みんなを守れる強き者になるんだ。


去年とは違い、今年は訓練制度が設けられて、まだ実戦もしていない俺でもやる気と気合があれば仮入団はできる。


とはいったもの…

入団条件の大雑把さに苦しめられていた。



「力を証明するって…いったいどうすりゃいいんだよ」


俺の父さんは優しかった。そして強かった。

ある村の救出に行った時に妖魔に殺された。俺が八歳の時だった。


今のアービターも強いんだろう。

しかし…団長殺しの噂が本当ならやり方は嫌いだ。


殺す必要もなかっただろう。そこまでして力を見せつけ、アービターに入る理由はあったのだろうか。


いや…

他人のそんなこと考えても無意味だ。俺はまだ入団できる入口にさえ立てていないのだから。



「まずは作戦立てなきゃ…」



奏多も亜子も巻き込みたくないから、二人にはアービターとは無関係でいて欲しい。でも何が何でも付いてくると言う。困ったな。


問題は山積み。

亜子と言い合いなんていつも通りだ。そろそろ奏多と亜子の元に戻ろうと元来た道を引き返している時、都の中心部が騒がしいことに気づいた。


なんだ?なにかあったか?

都の方をみると、白い煙があがっていた……



「奏多!亜子!」



離れてはいけなかった。妖魔の出現率はさがったが、0ではない。奏多も亜子も…敵うわけない。武器を持っているのは俺だけ。どうして離れた!?


待ってろ…!


必死に足を動かし都へ向かう。ひらひら舞い落ちる桜並木を通り抜けて、逃げてきた人々の間をぬって、騒がしい方へ走る。きっと妖魔だ!!


路地を抜け、二人がいるであろう宿のある建物に近づく。



「亜子!こっちだ!」



奏多の声が頭上からして見上げると、屋根に取り残された亜子がしゃがみこんでいる。


そこに反対の屋根から奏多が手を伸ばす。


亜子を見ると…



近くに


妖魔がいた



皮膚はベトベトして、肉はなく、筋肉と皮だけのソレは、言葉にならない声をだし呻いている。

ヒトの形をしていない。


ていうことは、下等種だ!!

下等種なら、どうにかならないか?

そう思い屋根に登ろうとした。だけど、ダメだ。間に合わない。伸ばした手は届かない。


奏多の声もする。

亜子…亜子…亜子…



「 やめろーーーー! 」



非力さが憎い。何も考えずに2人から離れた自分はもっと憎い。


妖魔の手が亜子のすぐ足元に振り下ろされた。

亜子はバランスを崩し恐怖でその場に尻餅をついてしまった。


妖魔の手が再び振り上げられてそれが全てスローモーションに見えた。目の前の光景から目を背けようとした時、それは起こった。



「 え? 」



亜子の側にいた妖魔の首が、一瞬で無くなったのだ。


それと同時にガクンと力が抜けたかのように、動きが鈍りフラつく妖魔。


何だ?何が起こった?



ザクッ



少しして、俺の背後で鈍く重い何かが刺さる音がした。


怖い

振り向くことができない。


シーンと静まりかえる辺り。そして少し離れた所から誰かがこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。


俺は腰を抜かし地べたに座り込み動けないでいる。怖い。何に対しての恐れだ?


だんだんとその人物が近づいてきた。



「 兎… 」



歩いてくる人は、兎の面を被ってこちらを見下ろしていた。

咄嗟に思ったんだ…


殺される!!!と。


動け!動け!俺の足…動け!

必死に力を込め、ようやくその場から這うように動けた。


怖い…逃げなきゃ。無様に地を這い少しでも距離を取る。本能が逃げなきゃとそう告げているんだ。


そんな俺には目もくれず、俺の横を通り過ぎて背後に向かう。



あぁ…今やっとわかった。

そういうことか。


この面の人が、屋根の上の妖魔を殺したのか。


地面に妖魔の頭といっしに突き刺さる刀を、その兎の面の人は躊躇いもなく引き抜き小さな声で呟いた。




「 こいつも違う 」


と。


刀から滴る血は、赤黒くドロドロとしていた。

妖魔の切り落とされた頭に再び刀を突き刺すその人は、面を付けていて表情はわからないが無表情なんだろうなと思った。


その姿から何の感情も感じ取れなかったから。



妖魔の頭が灰色の煙をあげながら消えていく。刀は少し赤く光ったように見えた。



「藍斗!!」



亜子の声がして我に帰る。

そうだ。亜子と奏多!!

振り返ると2人とも俺の側まで来ていた。



妖魔を殺す光景に……魅せられていた。

グロい切り落とされた妖魔の生首に、容赦なく刀を刺すその一連の動きに、何の無駄も躊躇いもなかった。


赤黒い血だまりに立つその兎の面をつけた人物を綺麗だと思ってしまった。



「ねぇ!大丈夫?早く離れようよ」



亜子に腕を引っ張られ、ふらふらと立ち上がる。動かなかった足も動くようになっている。


振り返ると兎の面をつけた人は、こちらをチラリと見たような気がした。


騒がしい都に、妖魔が沈む。



「藍斗、大丈夫か?」


「あぁ…すまない。助けれなくて」


「あんたね…助けるとかじゃなくて、逃げなきゃダメでしょ!巻き込まれるわよ!」



亜子の言う通りだ。

助けるなんて…そんな簡単に言ってはいけない。動くことさえ恐怖で出来なかった。


守れるようになるには程遠い。



あの兎の面の人が居なければ…亜子と奏多もどうなっていたかは分からない。それに俺も。



「にしても、あの人なんだったんだろ?アービターの人かな?」



亜子が言う。既に兎の面の人は居なくなっていた。そうか…あの動きはアービターだからか。納得してしまったよ。


ざわざわしていた周りも静まり、形もなく消えた妖魔が残したのは、少量の血と肉片だった。


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