アービターへの疑問
「はい!そこまで!」
鳴海教官の声で全員地面に倒れる。いや、全員じゃなかった。小春だけは、ハァハァと息を切らせているが、ちゃんと立っている。
これ程までに実力差があるとは。
「男軍がへばってどうすんのよ。小春を見なさい。全然スーツも赤くなってないよ」
「ちゃうやん。小春すばしっこいもん。あとちっこいし見えへん」
小さいは禁句なのか、小春自身気にしているのか……凛がそう言うと、ムスッとした顔をして凛の足を踏み潰した。
痛いと悶えている凛。
今のは凛が悪いよ。
「リーチを活かせてないお前が言うな」
小春は小春で気が強いのか、凛に倍返しをする。
仮想妖魔と戦って5日目。そろそろ仮想妖魔に慣れてきたところ。
今日はまさかの、竹刀で6人でやり合えとの事。
まさか、一緒に戦う仲間に竹刀を向けるのか?とみんながみんな嫌な顔をした。
でも訓練だと言われた。
ヒトの形をする者を相手にするときは、向こうだって刀を使う時が多い。
まず対人戦になれなきゃ、実際斬ることもできないよ。そう鳴海教官に言われた。
確かに妖魔みたいな見た目だから、躊躇わず斬りかかれているだけで、これが本当に人なら?人に見えるんだよ、本当に。
そうなった時に、躊躇いなく斬れなきゃいけない。
それの練習段階として、あのスーツを着て竹刀でやり合えと言われた。
仮想妖魔と同じく、竹刀が触れた場所、強さ等で、出血量がかわる。
そして案の定、皆んなやり辛そうにした。飯を共に食べて共に成長する仲間。
その皆んなに竹刀を振ることを躊躇っていた。
当たれば痛いし衝撃は伝わる。
だけど、小春は小春だった。
「なんだ?この5日間無駄にしたいのか?何のための対人戦だと思ってる。私たちの誰かが妖魔に喰われた時、処理するのは仲間である私たちの中誰かだ。
誰かが喰われる前に処理してやらないといけない。その為のチームなんだろ。
もし私が妖魔に喰われたら、妖魔に喰われた私を処理するのはお前達だ」
小春ってさ、本当に不思議なんだけど、毎日24時間つきっきりで皆んなと過ごしてきたから分かるんだ。
小春は本当に仲間思いだ。
「お前達は、妖魔に私がいいようにされても、姿が小春だから斬れないだなんて言うのか?どちらが嫌なのか分かるだろ。喰われて身体を乗っ取られるくらいなら……仲間に最後を見届けてもらえる方が良いだろう。
お前達は……私を助けられないのか?」
小春に言われなきゃ全員がやろうと思えないなんて、俺たちは男として本当に未熟だ。人としてもまだまだだ。
「お前ちっこいし、一口で喰われそうやもんな」
「……」
フラフラの凛に小春は躊躇いなく竹刀を振り下ろした。
小春の剣の軌道はこの数日で定まってきた。まだ不安定だけど、前みたいな、へにゃちょこ斬りをすることは無くなった。
「やる気なってきたわ。お前からやったんで!」
「吠える奴ほど弱く見えるぞ」
また始まった。
凛と小春は仲がいい。その分互いを挑発し合って意識している。
強くなるためにはそこに食らいつかなきゃ!
小春のおかげでみんな剣筋に迷いがなくなった。
そして冒頭に戻る。
散々がむしゃらにやったが、小春だけが出血も殆どなくやり過ごした。
俺たち5人は疲れすぎて倒れている。
「お前達が妖魔に喰われたら、私が真っ先に斬ってやるよ」
フンッと鼻で笑った小春。
生意気なのに憎めなくて、みんな苦笑い。
確かに、真っ先に食われるのは俺たちだ。
「小春に5人分の処理は大変だからね」
「構わない。いざとなれば、5人くらい斬る」
「「「「ちょっとは躊躇えよ!!」」」」
みんなのツッコミが重なり、そんな俺たちを見て小春は楽しそうに笑った。
あんな顔するんだな。
小春は……きっとよく笑う子なんだろうな。
小春の動きは時々驚かされるものがあるけど、動きで言うならば、俺も凛も負けてないと思う。ただなんだろうな。ふとした時、目で追えない時がある。
小春はどれだけの修羅場をくぐり抜けてくだんだろうな。
「明日から凛チームはもう1段階上の仮想妖魔とやるよ」
おお。レベルアップか。
初めて仮想妖魔と戦った時のレベルの妖魔は、3人でそんなに大きな傷を負わずに倒せるようになった。
自然と息が合う感じがすごく嬉しい。
風太チームも倒せるようになったんだけど…
「あんた達は出血を抑えれたらランクアップさせてあげるけど、今のままじゃ攻撃をもらいすぎている。戦場だと死ぬから。もう少しこのレベルで訓練よ」
出血死組だなんて呼ばれる風太達。
まぁ、出血はダメだよね。
実際ならそこに攻撃が当たって痛みを感じ血が出るということだから。
今は体力がある限り無限に動けるけど、傷を負えば、血が足りなくてフラフラするだろうし、痛みを我慢できるかもわからないし……
ここでスーツを真っ赤に染めてるようじゃダメなんだよな。
俺もだけど。
「俺らもうちょい強い奴倒せるみたいやで?」
「挑戦できるだけで倒せるかは分からないけどね。でもそうだな」
楽しみだ。
「3人とも。明日からの訓練は、風太チームとは分かれてやるからね。今日は早く寝るようにしたほうがいい。明日は……ノンストップで動き回ると思っておいて」
鳴海教官からそう伝えられた。
過酷そうだな…でもやるしかない。
「小春」
「なんだ?…ですか」
相変わらず敬語は使えないのか、変な話し方をしている小春。
そんな小春に鳴海教官は言った。
「剣筋は良くなってるよ。あの赤子が剣を振り回してるみたいなところから、よくここまで成長した」
「……で?」
「生意気さに磨きがかかってるな。まぁいい。動きなんて、その辺のアービターの奴よりも完璧に出来ている。だけど…」
だけど?
俺たちまで前のめりになって話を聞いていた。
「何のために刀をとった?小春の闘い方は、常に何かの息の根を止めようとイメージしているように思う。目の前の妖魔ではなく、お前は何を見据えている?」
俺には何の話か分からなかった。
どういう事?なんて聞く空気でもなかったし。だけど小春は鳴海教官の言いたいことが分かったのか、返答せずに黙った。
小春は…確か…現妖魔王殺すと言っていた。小春の目標はそこだと思うけど…
小春は何も言わずに鳴海教官を見ている。
えっと、何この空気。
凛もそう思ったのか、勘弁してぇなとため息を吐いている。
女の人の威圧感は怖いんだよ、慣れてないしさ。あーこわい。
「私は私の目標のためにアービターを利用するだけだ。常に妖魔を斬ることしか考えてない。何のために刀を取ったなんて愚問だ」
小春は気が強い。これが素だから仕方ないのか……物怖じせず鳴海教官に言い返している。
「女は怖い」
「聞こえるよ」
凛と2人でコソコソ話す。
でも確かに鳴海教官は、小春を探るような言動が多い。
まぁ不思議な子だから気になるのかもしれないけど…なんだか見ていても良い気はしない。
そして次の日、午前中訓練の、午後から仮想妖魔との対決が決まった。
「藍斗、凛。仮想妖魔でお前達がついて来れなければ困る。少し練習しよう」
小春は訓練が始まる少し前に俺たちに話しかけてきた。そうだよね。今日はいつもより強い仮想妖魔とやり合うからね。
「お前も刀筋マシになっただけで、下手くそに変わりないねんからな!」
うりうりと小春の頭を掴む凛。
小春は凛の手首を掴み離せと暴言を吐いている。どっちもどっちだな。
「刀筋がおかしくても、死にはしない。でもお前達は動きが悪い。だからスーツを毎回血だらけにするんだ」
お、俺も巻き込まれた。
でもさ?最近思ったんだけど……
「小春って俺たちと一緒に正団員になりたいの?」
なんだか小春も…まぁ凛もそうだけど、言い方悪くすれば自分さえ良ければいいって感じのスタイルだと思ってた。
凛は面倒見がいいことはわかったけど、小春は最初は馴れ合うつもりはない!と言っていた。
それが……今は俺たちが遅れを取らないように練習しようと言ってきた。
何だか嬉しいよね
「……使えそうだと思っただけだ」
仲間を使えそうとか言うな!とまた凛にいじめられている小春。
凛はでかいからな。小春が小動物に見えるよ。
「離れろ!斬るぞ!」
「アホ!刀抜くなや!」
賑やかで嬉しい。
正直毎日身体は痛いし、この2人について行くのがやっとだ。
だけど楽しい。
実際の妖魔相手にこんなこと言えないだろうけどさ。
「藍斗、行かないのか?」
「ごめん、行くよ」
風太達とは別れて、奥の小さな訓練所に向かう。
「1チームごとに練習場所あるとか贅沢やな。まぁ有難いけどさ」
訓練所の場所についてボタンを押せば、ブーーーンと大きな扉が開いた。
防音の部屋らしい。目の前の大きなモニターに歩いてきた俺たちの姿が映る。
色々な角度から映し出されているのか、モニターが4分割されて、それぞれ4つとも違う角度からの俺たちが映ってる。
ほんとすごいな。
この施設金かかりすぎやろと凛は舌打ちをしている。俺も少し思うよ。
妖魔を倒せる人を育成するのは大事だけど……なんだか別世界すぎて、毎日寝るところもない人たちが沢山いるのに…と思ってしまった。
亜子や奏多だって、同じような家族を失った人たちと一緒に宿舎で共同生活をしている。
だから違和感がある。
「2人は、この施設を見てどう思う?」
小春は訓練所に置いてある、いつも鳴海教官が使っているのと似た機械の前に立つ。
どう思うって…ね。
「深く考えへんかったら、俺にとっては有難い施設や。深く考えへんかったらな」
「……こんなものがあったのかって驚きが多い。あまりにも自分たちとの生活と違ってて、こんなにも異次元なのかと思ってしまった」
ここで過ごすにつれてどんどん疑問は大きくなる。一体誰が作ったのか。そういえば…
「アービターのこの施設が工事中だったとき、見たこと…ないよね?」
ふと思った。
こんなに大きな施設に地下まで掘って巨大な空間を作っている。
でも誰も……ここが建設中だった時の話を知らない気がする。勿論アービターは俺が生まれる前からあるから、俺が知らないのは普通だけど…
最新技術だというのに、最近工事したわけでは無いのかな。
「突然現れたみたいな…そんな感じだね」
この世界は常に妖魔に襲われる危険と背中合わせ。そんな世界で唯一の希望のアービター。こんな最新技術を使う余裕があるのがすごい。
生きるのに必死だから。
これを作れる技術が昔からあったなら……世界はこんな事になってなさそうだけど。
それに、どうして誰もアービターの昔の話をしないんだろう。しないというか、知らないからできないと言うのが正しいのか。
今まで気にしてなかったけど、おかしいよね。この世界は……アービターを中心に発展しているのに。あまりにもアービターの情報と資料が少ない。こんなのいつ作られた?
「アービターっていつできたんやっけ?」
「……どうだろう。父さんは生まれた時からアービターはあったって言ってたけど」
こんなこの世界にとって重要なことを、どうして俺たちは知らないんだろう。
「私はこんな施設を作るくらいなら、この世界の貧しい人たち全員に、必要最低限の住む家、衣服、食事を与えてやることができると思う」
鞘から刀を抜いて、キラリと光る刀を小春は左手で持ち、上に掲げた。
「人を守るためのアービターのくせに、妖魔を殺すことに必死すぎやしないかって思うんだよ」
そのまま小春は左手で刀を振るい、刀の軌道は、まるで決められた線をなぞるように、ブレもなく、小春の手のひらで踊った。
「守るなんて、口で言ってるだけ。本当に守りたいと思うのなら…都にもっと人が住めるようにしたらいい。こんな施設つくれるなら、それこそ妖魔が入れないように地下に住むようにしたらいい。いっそのこと都に巨大な壁でもつくって、都だけで生きれば良い」
だけどそうしない。
アービターは、人の命を守ることを目的にしてるんじゃない。ただ、妖魔を殺すことに全力を注いでる。
ザクッと小春の刀が地面に突き刺さった。
なんだか怖くなった。
誰かを守りたくてアービターに入ろうと思った。だけどここに来て、現実世界との差に目眩しそうになる時があった。
小春の言う通り、アービターは妖魔を殺すことはできるけど、本当の意味で人を守る事はできていない。
「なんやお前ら頭ええな。何ゆうてるか分からんのやけど」
俺もよくわかってないけど、少しモヤモヤしていたものが小春の言葉を聞いて形になった。
簡単に言えばこの施設にかかるお金を、都の再建にかければ世界は変わると言うことだ。
「要するに、何かあれば一緒にアービターを潰してくれ」
そう小春は今まで見せたことのない笑顔を見せた。
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