憧れの人
部屋から出て建物からも出ようとした時、人影が見えた。
あれは…藍斗か。
こんな時間に何をしているんだ。
藍斗は剣を振るっている。
なるほど。武者振るいか。お前も同類だな。
「寝なくていいのか?」
必死に何かを頭に描きながら考えて剣を振う藍斗。格好だけは一丁前に出来上がってるよ。
「ええ?小春?どうしたの。寝れないの?」
「……私のセリフだ。少し体を動かしたくて」
藍斗がいるなら左手は使えないがまぁいい。
少し体を動かせば自然と眠れるだろう。
「頭にイメージがあるのに、身体はついてこないんだよな」
「イメージ?藍斗にはイメージする強い人がいるのか?」
そういえば父親がアービターだったか。誰かの動きを真似ることは大切だと思う。戦いの中でイメージとはとても重要になってくるから。
藍斗はシュッと風を斬った。
「俺さ、都にたどり着いて初日に、妖魔に襲われたんだ。と言っても家族が襲われて、俺は怖くて動けずにいた」
「……そんなものだろう。直接見たら誰だって怖くなる」
見慣れてる人以外は怖くなって動けないよ。私も……そうだったから。
「うん。それはそうなんだけど、このままじゃダメだなって痛感した。そこで助けてくれた人がいてさ。まぁその人からしたら助けたつもりじゃないだろうけど。その人が居たから俺たちは生きている」
小春は兎の面をつけた人は知ってる?
そう尋ねてきた。
まさかここでその話をされるとは。
「噂でなら」
「うん。俺も噂で知ってた。噂のその人は嫌いだし、納得いかないけど、でも」
刀をすっと上にあげる。
地下だから月明かりはないが、灯りが藍斗の刀に反射してきらりと光る。
「その人、すっげぇ綺麗だった」
……?
「2太刀で妖魔を殺した。一撃目で首を落とす。2撃目で、妖魔の頭を灰に変えた。あの人は、あの妖魔の弱点が首から上にあると分かって、まず首を落としたんだ。そしてその後、丁寧に処理した。
あまりにも綺麗で、ビビってたはずなのに見惚れてしまって、俺はその瞬間に憧れてしまった」
こいつは何を言ってるんだ。
私の話をしているのは分かる。
だけど…あれを見て憧れるなんて。
「どうかしてるな」
「……そうかな。綺麗だったよ、すごく。洗練された動きはハッと息を飲む暇さえ与えてくれなかった。ただ目の前の流れるような動きに釘付けになって、目を閉じればその時の光景が浮かぶんだ」
……変わった奴だ。
思い出したよ。都で襲われてたやつか。あれが藍斗と藍斗の守りたい人だったのか。
今の瞬間まで気がつかなかったよ。
「怖くないのか?団長殺しの噂があったろ」
誰もが私を見て怖がる。
妖魔の血に染まり、意気揚々と妖魔を斬るその姿は、まさに狂った戦士だと言われた。
別にこっちも助けて礼を言って欲しい訳じゃない。助けている感覚もないから。
ただ妖魔がいるから斬る。それだけ。
「俺はその噂は間違ってると思う」
「……多くの人が目撃している」
「うん。だから理由があったんだよ」
「理由?」
パッと勢いよく藍斗は振り返り、私を見て微笑んだ。
「理由もなく、誰かを傷つけるような人に見えなかったから」
……ふざけたことを。
何の根拠があって…言ってるんだ。
ただそのまっすぐな笑顔を見ていられなくて視線を逸らした。
「俺はさ、強くなりたいんだ。そしたらきっと、あの人にもう一度会える。その時に伝えたいことがあるから。だから…強くなるよ」
俺に色々妖魔のこと、教えてくれ。
ただ真っ直ぐに見つめられる。
こいつに、裏はないのか。
「何を伝えるんだ?」
その本人はここに居るが。ここまで言われたら私も気になるだろう。弟子にしてくれとかなら、この場で斬ってやる。
でも藍斗の言葉は私を拍子抜けさせた。
「助けてくれてありがとうって、言うんだ」
……あっそう。
会ったタイミングで好きに言ってくれ。
というか、わざわざ言わなくてもいいのに。
「俺さ、助けてもらったのに礼も言わずにいたんだ。まじで最低だなって」
「そんなものだろ。怖かったのなら尚更。震えて言葉がうまく出ない人だって多い」
「うん、だからだよ」
「ん?」
小春もなんだかんだ強い子だから分からないかもね。また藍斗は笑っている。
強いと分からない?
「言ったでしょ。強い人はそれだけ場数を潜り抜けてきた人だって。たくさん辛い経験をしてるって。怖かったよ。勿論震えたし声も出なかったし、変な汗も出た。そんな俺を助けてくれた。
あの人だって怖いと思うよ。どれだけ慣れていても、妖魔を恐れたことはあるはずだ。初めから強い訳がない。そんな人が妖魔を倒せるようになるまで、きっと半端ない努力をしている。
だから、ありがとうって伝えなきゃ。妖魔を倒せることを当たり前だと思っちゃいけない。
守られることが当たり前だと思っちゃいけない」
だから、ちゃんと礼を言うんだ。
貴方のしてることは、凄いことなんだって。守られる俺たちが伝えていかなきゃ。
そう微笑んだ。
変な奴。
礼なんて……いらないのに。
助けた人のことを覚える趣味はないけど、藍斗のことはハッキリと思い出したよ。
でも、お前を助けたつもりはないと言いたい。屋根の上にいた女の子を助けた。
まぁ、どっちでもいいか。
「小春?何か面白いことでもあった?」
「ん?」
「今笑ってたよ」
調子が狂うな。
気分が悪くなるような感じでもないしいいか。
「彼女も礼を言われたら、お前を助けれて良かったと思うよ」
多分。
そう付け加える。
私も右手の練習でもするか。
「小春!」
「今度はなんだ」
刀を持った方の手を掴まれる。びっくりして危うく刃が当たりそうになった。
目の前の藍斗は驚いた顔をしている。びっくりさせられたのは私だぞ!
「彼女って、なんで知ってるの?」
「………なに?」
「兎の面の人。性別はわからないって聞いたのに」
ねぇ、どうして?
そう聞かれてやらかしたことに気が付いた。そうだった。性別はわからないようにしていた。
髪は布で隠して、面をつける。
そうして戦ってきたから。
多くの人からは男だと思われている。
なのになぜ、彼女と言ってしまったのか。
『だからお前はつめが甘い』
「うるさいな」
「え?」
「あぁ、いや、なんでもない。私は女だろうなと思っていたから彼女って言った。男だと言われてる方が多かったな」
誤魔化せるだろう。
「俺もなんだよ!俺もあの兎の面の人は、女の人だと思うんだ!」
初めて意見があった人がいる!と喜んでいる。なるほどな。そう言うことなら安心だ。ただ意見があって嬉しいだけだな。
「藍斗はなんで女性だと思うんだ?」
声も発さないようにしてるし、それなりに横柄な態度も取っているから、女性らしさは無いと思うんだが。
「綺麗だったんだよ!」
「……顔を見たのか?」
なんだ?あの仮住まいの近くに藍斗もきていたのか?私はあそこでしか面は外さないから。
「んーん!雰囲気が!」
「……てきとうか」
「違うよ!本当に綺麗だったんだよ。あんな繊細な動きは男では無理だよ」
なるほどな。参考にさせてもらうよ。男だと噂が流れている方がこっちも楽だからな。
繊細ね。もっとガサツに動くか。
「あの人は誰よりも綺麗に妖魔を殺す」
一瞬背中がひんやりとして、咄嗟に刀に手を添えそうになった。右手じゃなくて…左手が動いた。
なん、だ?
今の一瞬、藍斗が別人に見えた。
「あ、妖魔を殺すに綺麗もクソも無いって、風太に言われたところだったのに」
また言っちゃったよ。そう照れ臭そうにしている。本当に訳がわからない。
綺麗に殺す?
そんな事ないよ。妖魔殺しはドロドロだ。血塗れで自分が本当に獣になったかのような気分になる。
真っ赤な視界に鼻につく臭い。
綺麗もクソもない。その通りだよ。
「なんかごめん。いっぱい喋っちゃった。俺そろそろ戻るよ。話すだけ話してごめんね」
「いや、かまわない。しっかり休んで」
藍斗は手を振りながら建物の中へと戻った。
ようやく深く息が吸えるよ。
『誰よりも綺麗に妖魔を殺す。だってさ』
「……バカだよ。私をイメージするなんて」
藍斗の中でどうやら強いもののイメージが私らしい。
私をイメージしても、死に急ぐだけなのに。
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