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周囲の音も聞こえず真っ暗な空間を彷徨い続けていた筈が、気が付けば徐々に目の前が白っぽくなったかと思うと、その光度がだんだん増してくると同時に、両方の耳には微かながらも名前すら知らない人間の声で呼ばれている感覚がしてくる。

突然、眩しいと感じて右手を目の前に翳したいと思っているが、その右腕は自分が思っているように動かない。そうしている内に、霞がかった視野ではあったが目の前に見知らぬナースと思える若い女性の顔が現れてきた。

「加賀さん、加賀さん、分かりますか?」

ナースと思える女性の問い掛けに、幾分しゃがれた声で

「ええッ」

と発する加賀に

「良かったッ、やっと意識が戻ったんですね」

目の前に居るナースと思える女性は、喜びと共に嬉し泣きをしそうな表情で加賀を見下ろしている。そう言われた加賀自身は、上半身を起こして周囲の状況や自分がなぜ病院と思われるベッドに寝かされているのかを尋ねたかったが、どうにも体に力が入らずに起き上がることすらできない。それでも、必死に身体を動かそうとしている加賀を見たナースは

「やっと意識が戻ったばかりですから、無理に身体を動かせませんよ。右手の人差し指にはパルスオキシメータが付いていますし、点滴の針も刺したままですから、無理に動くと点滴の針が外れて大変なことになります」

ナースから、そのように言われると確かに右手人差し指や右腕上腕部の内側には変な違和感がある。

「ここは何処ですか?私は何故寝ているのでしょうか?」

しゃがれて力のない声で問い掛ける加賀に

「ここは警察病院ですよ。加賀さんは、交通事故に遭われて重傷で運ばれてきたんです」

「交通事故?」

何処か頭の中がハッキリとしない状態の加賀がオウム返しに呟くと

「ええ、そうですよ」

優しく答えてくるナースが

「あっ、いけない加賀さんが意識を取り戻した事を担当の先生に知らせてきますので、加賀さんは未だベッドで寝ていてくださいね」

加賀に、それだけを言うとナースは踵を返して病室を出ていった。ベッドの上に残された加賀は、「交通事故」をキーワードにして自らの記憶を辿り始める。

暫く天井のLED照明を見詰めながら考えていると、川崎警察署の荒井と居酒屋で飲んだ事、その後に荒井と別れて横断歩道の信号待ちで佇んでいた際に、突然に右手の方から何か巨大で固い金属の塊に衝突されて数メートル飛ばされた事、その際に反射的に身体を丸めて受け身を取ったつもりであった事までの記憶が蘇ってきたが、その後は暗い闇の中で何一つ思い出せないでいた。

そんな加賀が寝ている病室のドアが開けられると、加賀と同い年くらいの男性と先程のナースが部屋に入ってきた。

男性は、加賀が寝ているベッドの脇に来ると

「加賀さん、気分は如何ですか?」

優しい声で問い掛けるので

「これと言って気分が悪いことはないですが、何せ身体に力が入りません」

ナースと会話した時よりは幾らか力が籠ってきたが、未だしゃがれた声で加賀が答えると

「それはそうでしょうね。何せ、加賀さんは救急車で搬送されてから約1カ月近くは昏睡状態でしたし、栄養も点滴からした摂取していなかったのですから」

若い男性が答えると続け様に

「遅くなりましたが、私は加賀さんの担当医の橋本といいます。これから徐々に口から食事を摂ってリハビリをすれば体力が戻ってくる事で身体に力が入るようになりますので、少しずつ頑張りましょう」

と説明してくれた。

「1カ月も寝たっきりだったんですか?」

教えられた事実に驚きながら、率直な気持ちを伝えた加賀に

橋本医師からは

「意識は戻りましたし、搬送されてきた時は内臓にも多少のダメージがあったのですが、内臓の方は加賀さんが昏睡状態であった間に問題のない状態にまで回復していると思いますよ。ただし、先程も説明した通りにリハビリをしながら様子を見る必要がありますから、暫くは無理をされないように」

と説明を受けた加賀は

「これは先生に伺う事ではないかもしれませんが、私を撥ねたドライバーは捕まっているのでしょうか?」

「私もあまり詳しい事までは知りませんが、未だ警察の方で捜査中であると伺っていますよ」

当然のことではるが、幾ら担当している患者の事であるとは言え医師が交通事故の捜査状況まで知っているわけがない、橋本医師からの回答で納得しているわけではないが加賀は

「そうですか。ありがとうございます」

と答えることしかできない。加賀としても交通事故が、調べていた射殺事件との関連を疑う気持ちがあるものの目の前の医師に尋ねたところで分かる筈もない。

直ぐにでも荒井と連絡を取りたいところであるが、意識を回復したばかりの自分に電話を掛けさせてくれるような事を認めてくれるわけはないだろう。


意識を取り戻してから数日後に加賀は集中治療室から一般の病室へ移され、病院の時間制限があるものの見舞い客との面会も自由に許されるようになっていた。しかし、病院から外出することは許可なしにはできず、体力の回復を目指して歩行訓練等のリハビリに取り組むだけが日課の加賀は、逸る気持ちでいたところへ加賀を担当しているナースがベッドにやってきた。

「加賀さん、リハビリ大変お疲れ様でした。加賀さんがリハビリ中に荒井さんという刑事さんがお見えになって、加賀さんがリハビリ中ですと伝えると轢き逃げ犯が捕まった事を伝えて欲しいと仰って、この封筒を渡して欲しいと預かってました」

ナースが差し出した右手には1通の封筒があり、それを受け取った加賀は

「轢き逃げ犯は、どうして逃げたのかを言っていましたか?」

「何でも、飲酒運転をしていたので現行犯逮捕になると飲酒運転をしていた事がばれて運転免許が取り消され仕事ができなくなるからとか仰っていましたけど」

ナースは、それだけ言うと病室を出て行った。

それを見送った加賀は、手にした封筒を開けると結構な枚数の手紙となっていたので、自分のベッドに腰掛けて荒井からの手紙を読み始めた。

「本来ならば、意識を取り戻した貴殿に直接会って判明した事実をお伝えしたいところですが、貴殿が入院されているのが警察病院となると病室に盗聴器が仕掛けられている可能性を捨てきれず、軽率に真相を喋ることは控えるべきと判断しまして手紙をお送りすることにしたことを理解して頂ければと思います。また、私には捜査終結とされた事件を勤務時間に独断で行っていた事で、今まで在籍していた警察署から運転免許センターへの異動が決まり、以前のようには気軽に貴殿の所へ訪れることができなくなったのです。

貴殿と酒を酌み交わした日の翌日、私は貴殿が不幸にも交通事故の被害者となった事を知りまして、貴殿が搬送された警察病院へ赴きまして、誠に勝手ながら貴殿からの了承を得ずに所持品である取材用のメモ帳を拝見させていただきました。お陰で専修工科大学の今井教授へ辿り着く事ができたことで、そこから事件の真相へ辿り着くために糸を手繰り寄せることが出来るようになりました。

結果として、防衛省で事件の真相を知っている人物と直接会って話を聞く事が叶い、事件の真相が分かりましたので貴殿にもお伝えする意味で書き記させて頂きます。

まず、今回の射殺事件における被害者となった阿部正一郎は、城南大学の工学部に在籍していた3年生の頃に、金属等の物質の特性をナノテクノロジーによって変化させる研究を発表する機会があり、その研究内容を防衛省が目にした事で防衛機器研究所へ就職するようスカウトしたのだそうです。

就職後も学生時代から取り組んでいた研究を続けた結果、彼は金属の特性を変化させることができる弾丸の開発に成功したのです。その成功した研究内容が国防における重要機密とされることは間違いなかったので、阿部自身も引き続き防衛機器研究所の研究員を続けていれば、その分野における専門家として相当な出世も望めたのでしょうが、阿部という人間は元々、功名心が高いだけではなく金銭に対して異常な程の執着があったために、弾丸の開発に成功した直後から日本と米国が敵対国としている某国と密かに接触を取り始めて亡命を計画していたそうです。特に、阿部が開発した技術の試験データについては記録媒体等に残っているそうですが、肝心のノウハウについては彼の頭脳以外に記録保存されていなかったそうですので、今後の革新的な兵器開発を行ううえで重要な鍵になるマテリアルの開発技術を持って、亡命するのであれば彼が欲している地位と莫大な金銭を手に入れることは容易いのだそうです。

このことは、早い段階から同盟国である米国とも日本は相談していたようですが、最新の軍事情報が敵対国へ流出するのは如何なる手段を講じても阻止するという米国の強い要請を受けて、日米両国の引き留め工作に阿部が承諾しない場合には彼が幼少時に両親を交通事故で亡くして天蓋孤独であったことに加えて、彼が独身者であることで彼を暗殺しても肉親等が騒ぎ出す可能性が低いとの判断から暗殺という手段が選択されたのですが、その際には日米両国で自国の司法当局をコントロールして暗殺した事実を揉み消すことで話が纏まったそうです。

そんな折に射殺事件が起こった当日は、阿部が亡命を実行するために某国の人間と接触して某国へ向けて不法出国する計画となっていたそうで、阿部を24時間の監視対象としていた防衛省が阿部の不穏な動きを察知した事で兼ねてより日米両国よって計画されていた阿部を亡命前に暗殺する計画を実行することになりました。当初は、所轄の警察が現場検証等で動き出す前に防衛省が現場を押さえてしまう予定であったものが、偶然にも所轄の警察が現場検証に入ってしまい阿部が殺害された情報が警察に齎されてしまったのだそうです。

阿部の狙撃にあたっては、日本の自衛隊員に行わせるのは得策ではなく暗殺後に監視できない状態で1人にしておくのは問題があるとの判断で、米国の特殊作戦要員のなかでも日本に派遣されており、かつ狙撃技術に秀でている者に阿部を狙撃させたのだそうです。そして射殺にあたっては、阿部が開発した弾薬の威力等の検証を行いたいという米国の強い要望で使用されたとのことで、ある意味では人体実験でもあったと言えます。

そこまでの話を聞いた私は、国の安全保障ために1人の人間を殺すことに正当性がなく立派な犯罪ではないかと抗議したのですが、国益を守るための殺人が本当に犯罪だと思っているのかと言われて、色々と言い返したのですが相手からは日本が交戦状態となって相手国の人間を目の前で殺した場合に、君は殺人を行った人間を緊急逮捕できるのかと問われ、仕舞いには君のような青臭い正義を翳すのは日本が平和な状態にあるからであって、現在も世界の何処かで行われている紛争が飛び火して日本が戦火に巻き込まれないようにし、日本の国益を優先させながら多くの日本国民を守るための必要悪なんだと力説されてしまいました。

相手の言葉で引き下がるつもりはないのですが、前に貴殿にも伝えた通り私には捜査権がない状態で勝手に調査を始めた関係上、この真実に辿り着いたとしても検察に送検することもできませんし、関係者を裁判に掛けることもできません。その事は、単独調査を始めるときから理解していたつもりですが、やはり真相を公にできない口惜しさが募ります。今の法律に「正当防衛」という文言はありますが、国を守るための正義という名の基で犯罪が許されるものではないと今も確信しております。

ここまで書き記しながら矛盾しそうではありますが、貴殿に勘違いして欲しくないのは、この真相を直ぐにでも新聞記事にして欲しいと願っているわけでは決してないことです。仮に、貴殿が新聞記事にしたとしても米国と日本の公的機関が予め手を結んで行われた事件ですので、数々の物証すら回収されてしまい公開されることがないは確実ですから、その新聞記事事態が最終的には世紀の誤報として世間の片隅に追いやられてしまうのが関の山でしょう。そこで、もしも貴殿が正義を貫きたいと思って頂けるのであれば、新聞記事とは別の方法を使って事実を詳らかにして頂けないでしょうか。どうか、時間が掛かっても構いませんので世間に真実を知って頂ける機会を模索してみてださい。

今回の事件に関して、今の私は逃げ出したような状態となってしまい一個人の限界というものを痛感しております。この手紙を書き記す以上のことができないことをお許しください。

これまで刑事一筋で凶悪事件を対象に市民の安全と財産を守ることが正義だと信じて懸命に仕事に従事してきましたし、それ以外の事ができるような器用な人間でもないのですが、今回の一件により命令違反と真相を探るために取った行動で手荒かったことが警察の上層部に知られたことで、事件捜査から退き畑の違う交通部門へ異動することとなり静かに警察人生を送らざるを得なくなりましたが、これからも貴殿のご活躍を心よりお祈りしております。

事件捜査から退く警官より」

荒井刑事からの手紙を読み終えた加賀は、荒井が真実に辿り着いたにも関わらずに何一つできない自らの無力さにもがき苦しんだ姿が想像できた。自分が意識不明の間、たった1人で事件の核心に迫ったにも関わらず、そこから正義を貫けない口惜しさは想像するに余りある。

そんな荒井の無念さを何らかの形で晴らしてやりたいと思いながら、丁寧に手紙を折り畳むと封筒に戻してから、ベッドの上の戸棚になるショルダーバックに仕舞った。病室の外は、何事もなかったかのように穏やかな秋晴れが続いている。

今回も、稚拙な作品にお付き合い頂きまして誠にありがとうございます。

ちょっと短いかなと思っていたのですが、これも私の作品と思って公表させて頂きました。

今回は、完全に実在しない弾丸の閃きから、思い付いた内容でした。また、正義となると不変なものというイメージを壊してみてはどうだろうと想像した部分が重なったものです。

世界には、今も戦争が行われています。その戦争を扱うニュース映像には、対戦国の兵士を殺害して戦果をあげた兵士に勲章が授与されているのを見ると、殺人をしているのに国から表彰される光景は正義に反していないのだろうかと疑問を感じると同時に、我々が暮らす世界に不変の正義は存在する事がないのかを問い掛けてみたいと思ったところです。

テーマの割には、文字数が少な過ぎる気がしますが、それは作者の技量が足りなかったという事でご容赦ください。

次回も更に精進して望みたいと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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