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右手で左手首を押さえている尾行者の様子を注意深く見ながら荒井が

「俺を尾行している目的は何だ?」

と尾行者に問い掛けると

「あんたが、例の射殺事件に関する情報を何れだけ把握しているのかを監視するためだ」

未だ痛みに耐えているような様子で答える尾行者へ続けて

「でっ、その監視の目的は?」

「俺の立場で、監視の目的までは分からい。ただ、上司から荒井という警察官を尾行して例の射殺事件についての情報を如何ほど入手しているかを把握して報告せよとしか命令されていない。ただ、何かあった場合にはテーザー銃で拘束した上で連絡するようにと言われただけだ」

未だ痛みに耐えながら答える尾行者に

「それじゃ、これからボディチェックをさせてもらう」

荒井が言い放つと、左腰に装着している手錠を左手で取り出してから尾行者を無理やり立たせて近くの電柱まで連れて行き、尾行者に電柱を抱くように命じると両手に手錠を掛けた。これで、荒井がボディチェックをしている間に尾行者から反撃される可能性は低くなる。

尾行者を電柱に拘束してから、特殊警棒をアスファルトの地面に叩き付けて元の状態に戻すと右腰のホルスターに収納して、尾行者のボディチェックを始める。目星を付けていた尾行者の右腰を探ると案の定、ホルスターに収納されている拳銃を発見した。

発見した拳銃は、セミオートマチックのようであったがホルスターから抜き出してみるとベレッタ84FSというモデルであった。


ベレッタ84FSは、イタリアの銃器メーカーであるベレッタ社が製造している口径380ACP弾薬を使用するオートマチック拳銃で銃身の長さが97ミリメートル、全長は172ミリメートルと比較的小さな外観ながら弾倉に最大13発の弾薬を複列で装填することができる。ちなみに、拳銃の外観が大きく変わらないものの弾倉の装弾数が単列となるベレッタ85は、日本の麻薬取締官に貸与するために採用されていた時期がある。また、使用する弾薬は口径が9ミリメートルとなっており、昨今米国の法執行機関で採用されている9ミリパラベラム弾と混同しそうになるが、380ACP弾の威力は9ミリパラベラム弾の40パーセントくらいしかない。ただし、米国の一般市民がセルフディセンスとして所持する場合には、最低でも380弾以上のものという認識が強いので対人用としては充分な威力を有していると言える。


荒井は、尾行者のボディチェックによって発見したベレッタ84FSを手に取ると弾薬の装填状況を確認するためにスライドを少し引こうとするが、少々の力ではスライドがビクともしない。これは、ベレッタ84FSの作動方式がストレートブローバックと言われる方式で、銃身部が拳銃のフレームに固定されている構造であるために、弾薬を発砲した際のエネルギーが直にスライドの後退によって受けてしまう事になるので、拳銃が破損することがないよう張力の強いスプリングを使用されているため、例え男性であっても相当に力を入れなければスライドが引けないくらいになっているためである。

思いの外、苦労して拳銃のスライドを少し引いて弾薬の装填状況を確認してみたが薬室は空の状態であった。そこで、荒井は更に力を入れてスライドを引いて弾倉から薬室に1発の実弾を装填した。薬室に実弾が装填されたベレッタ84FSはハンマーが起こされた状態となっており、これで引き金を引けば発砲ということになるが、荒井は以前に読んだ拳銃の専門雑誌でベレッタ84FSにはデコッキングレバーというパーツがあって、それを引けば発砲されることなくハンマーを倒すことが可能であることを知っていた。

しかしながら、荒井も警察官であるので拳銃を貸与されているが、貸与されているのはスミス・アンド・ウェッソン社製のM360J通称「サクラ」と呼ばれるリバルバー式拳銃であるため、コッキングレバーを操作した経験がない。そのため、荒井も恐る恐るデコッキングレバーを引いてみると、多少の抵抗感があった後にレバーが動くとカチンという音と共にベレッタ84FSは発砲されることなくハンマーが倒れた。

荒井も内心はホッとしたところであったが、これで手にしているベレッタ84FSが完全に安全状態となったわけではなく、この状態で引き金を引けば発砲されることになるが、ハンマーが倒された状態から引き金を引く事でハンマーが起こされて発砲となるダブルアクションと、予めハンマーが起こされた状態から引き金を引いて発砲となるシングルアクションでは引き金を引く際、力の要り様がまるで違い、最初にハンマーを起こすための作動に力が必要となるダブルアクションの方が、最初からハンマーが起こされているシングルアクションより強い力が必要となる。

また、最初からハンマーが起こされている場合には、引き金に意図せずとも力が加わり引かれてしまえば即発砲ということが想定されるが、ハンマーが倒れている場合には簡単に発砲されることはないだろうという精神的な緊張具合もまるっきり違う。

荒井は、ベレッタ84FSをダブルアクション状態にして銃口を尾行者へ向けながら

「あんたから奪った拳銃とテーザー銃は、暫くの間、俺が預かるが返却のためには例の射殺事件について詳細を知っている者でなければ相手にしない。これから、あんたの手錠を外し終えたら、あんたは緊急連絡をして俺が言ったことを上司に伝えるんだ。たぶん、あんた等のことだから俺の携帯電話の番号なんかは把握しているだろうから、俺と話し合うつもりがあるなら俺の携帯電話に連絡してくればいい」

荒井が、そこまで話すとジャケットの内ポケットから手錠の鍵を取り出して、尾行者に掛けている手錠を外し始めるが、その際に何気なく尾行者の左手首を見ると、荒井の打撃により内出血を起こしているようであった。

尾行者の両手から手錠を外し終えた荒井が、その場で外した手銃を左腰の手錠用ホルスターに仕舞うと、右手に持ったベレッタ84FSの銃把部で尾行者の左首筋を強打してやると殴打された尾行者は、そのまま意識を失って気絶し電柱を抱くようにして倒れ込んだ。その状態を見た荒井は、相手から奪った拳銃とテーザー銃をジャケット左右のポエットに突っ込み、通りへ戻ると周囲を見渡し不審な人間がいないことを確認してから、その場を離れていった。


今日は真っ直ぐ自宅へ帰ろうと考えていた荒井であったが、このように拳銃を携行した状態となってしまっては、下手に料理屋に入店して夕食を摂るといったわけにもいかない。空腹を感じながら当てもなく夜道を歩いていると尻のポケットに入れている携帯電話に着信の振動があった。

荒井は、尻ポケットから携帯電話を取り出して画面を見ると「非通知」と表示されていたが、発信者について凡その察しがついていることから画面の受話器マークをタップして電話に出た。

「君も随分と荒っぽいやり方をするねぇ」

相手の言葉を聞いた荒井は、一瞬怒りの感情が沸き立ち

「人の命を何とも思わないあんた等よりは、相当優しく接してみたつもりだが」

と皮肉交じりに答えた。

「まぁ、君の気持ちを否定はしないが、お陰で部下は首と左手首の打撲を痛がっているよ」

悠然と構えた相手の声に、荒井は更なる怒りを覚えつつも

「でッ、答えは」

単刀直入に問い掛ける。

「仕方がないので、君との取り引きに応じるよ。大事な備品を奪われたままにはしておけないのでねぇ」

電話の相手は冷静な声で、荒井との取り引きに応じる旨を回答してきた。

「それで、君のほうで場所の指定はあるのかい?まさか、明るい照明の元で周囲に大勢の人間が居るような喫茶店などとは言わないだろうが」

しかし、荒井自身も取り引き場所として最適と思われる所に心当たりがなかったので

「俺の方は、これといった場所に心当たりがあるわけじゃないので、そちらが指定する場所で構わないが、その場所には取り引きに応じる人間1人だけにしてもらいたい。仲間が周囲にゾロゾロといて襲撃されても困るのでねぇ」

荒井は自らの感情を抑えるように答えると

「分かった、待ち合わせ場所には私1人が向かうことにしよう。元々、こちらとしても君を襲撃する気はないので他の人間を配置するような真似はしないことを約束しよう。現時点で、君が何処に居るのか分からんが川崎港の岸壁沿いにベンチが並んでいる場所があるだろう。そこのベンチで取り引きというのはどうだ」

相手の提案に対して

「いいだろう。ただし、少しでも周囲に不審な影を見付けたら、取り引きは中止させてもらう」

「私のほうも異存はないが、私は東京の事務室に居るので待ち合わせ場所に到着するのに若干の時間が掛かることだけは了承してもらいたい」

相手の言葉に

「分かった。それでは先に待ち合わせ場所に向かって待っているよ」

荒井が、そでだけ言うと携帯電話を切った。


荒井が、川崎港に到着すると背もたれがあるベンチが点在している岸壁近くに来てみたが、周囲は倉庫街のために人通りが少ないものの完全に無人という事もなく建物の所々からは照明の明かりが漏れているだけなく、沖合には数が少ないながらも船舶の往来もあり、決して静寂に包まれているわけでもなかった。

ベンチの1つに腰を下ろすと、荒井はジャケットのポケットに仕舞っていたベレッタ84FSを取り出して、拳銃から弾倉を取り出してから弾倉に装填されている実弾を取り出し始めた。取り出した実弾は全て、座っている内腿の辺りに集めて置き、空になった弾倉は荒井が座っているベンチの座面に置いた。

次いで、弾倉が外された拳銃を持つと力を加減しながらスライドを引いて薬室に装填した実弾を取り出すが、上手い具合に薬室から出された実弾は内腿に集めていた弾薬の上に落ちてきた。

その状態で、起こされたハンマーをデコッキングレバーを引いて倒すと、空の弾倉を拳銃に装填してからジャケットのポケットに仕舞う。その後、ジャケットの内ポケットから白い手袋が入っているビニール袋を取り出して、中身の手袋をジャケットの内ポケットに戻すと空のビニール袋に、内腿に集めておいた実弾を全て入れてから拳銃を仕舞っているジャケットのポケットへ入れた。

取り引きに現れる相手が、実弾を装填した拳銃を所持していれば奪った拳銃から実弾を取り外しても大した意味はないのだが奪った拳銃を返却した途端に、返却した拳銃を発砲されて射殺されるよりはマシであるし、仮に相手が返却された拳銃を発砲しようとしてもビニール袋に入った実弾を装填しなければならず、その隙に荒井が携行している特殊警棒で反撃するチャンスが生まれる。

そうしている内に、近くにタクシーが止まる気配がしたので、荒井は立ち上がって振り向いて見ると停車したタクシーから1人の男性が降りてくるのは見えた。タクシーを降りた男性は走ることもなく、ゆっくりと荒井の方へ歩いてくる。暗がりなので、未だ男性の人相が分かるような距離ではなかったが、荒井には瞬間的に、射殺遺体のあった現場に現れた山辺と直感した。男性が徐々に荒井の方へ近付いてくると、その顔は間違いなく見覚えのある山辺の顔であった。

山辺が乗ってきたタクシーが離れていくと、山辺は両手を肩の高さにまで上げて武器を持っていないことを荒井に示すと

「たいぶ待たせってしまったかな。しかし、電話でも言ったが、君も相当に荒っぽいことをするねぇ。まさか、君が荒っぽいマネまでして調べ上げてくるとは思ってもみなかったよ」

山辺は最初に会ったときのように無機質な上から目線という雰囲気ではなく、気味が悪いくらいに柔和な感じで話し掛けてきた。

「おたく等のように、人の命を何とも思わない怪しげな組織に比べたら、だいぶ可愛いもんだと思うが」

荒井が、皮肉交じりに答えると

「これは、また随分と偏見のある物言いだね。我々は、あくまでも公的機関の人間であり、善良な日本国民に対しては充分に優しく丁寧に接しているつもりだがねぇ」

そう山辺が答えながら、肩まで上げていた両手を降ろして荒井の前まで来ると表情は声の柔らかさとは真逆で冷たく無表情であった。

「さて、下らない戯言は、これ位して本題に移ろうか。君もそうだろうが、私も決して時間が有り余る程に暇を持て余しているわけじゃないのでねぇ」

山辺は、それだけ言うとベンチに腰掛けて脚を組むと

「君も座ったらどうだ?これから話す事は、数分で終わるようなものじゃないし、如何に人通りが少ないと言ってもベンチがあるのに突っ立たままじゃ目立ち過ぎるだろ」

正面の暗く黒い波間に視線を向けながら、山辺は隣の座面を指し示す

「立ったままじゃ、詳しい話もできねぇか」

そう荒井は言うと、山辺の隣に腰を下ろした。荒井が隣に腰を下ろすのを待って山辺は

「それで君が知りたいのは、どの辺りからになるのかな?」

相変わらず暗い海の方へ視線を向けたままで山辺が問い掛ける。

「まぁ、学校の生徒の答え合わせというわけじゃないが最初から話して貰おうか」

荒井は、不測の事態に備える意味で山辺や周囲からの襲撃に対応出来るようにベンチに深く腰掛けることなく前屈みになり両膝の上に両肘を乗せて両手を組んだ姿勢で答える。

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