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射殺された死体は、捜査機関の人間が首を捻るような弾痕が残っている。この殺人は、一体どんな銃器が、或いは弾薬が使われているのか?そして、それらの武器や弾薬の入手ルートは?

事件は、本来捜査するはずの警察から、捜査権が米国国防総省や防衛省に移管するという異常事態となるが真実は何一つ明らかにならない。正義とは不変であるはずとの信念で、所轄の刑事と新聞記者が事件の真実を追い掛ける。

現場となった部屋の前で、険しい表情の荒井警部補は何回目かの台詞を口にした

「おい、未だなのか?一体、いつまで待たせる積りだよ」

荒井の周りにいる刑事や警官も口には出さないが、本音としては同じ気持ちであった。

死体が転がっている部屋の中では、鑑識課の連中だけは忙しく部屋中を動き回り何かを探しているが、イライラしたような口調の荒井からの問い掛けに、鑑識主任が

「仕方ねぇだろう。兎に角、大事なブツが見つからい状況なのに、あんたらを入れてみろ。立ちどころに、現場が荒らさせて見付けた証拠物件の証拠能力がなくなるかもしれねぇ。もうちょっとで終わるから、大人しくして待ってろ」

と部屋の内部から怒鳴り声で応えた。

それを聞いた荒井が

「鑑識さんの邪魔をするつもりはねぇけど、俺らも仕事で来てるんだ。いつまでも、現場への立ち入りをお預けされたんじゃ。いい加減、堪忍袋の緒が切れるだろうが」

室内にいる鑑識主任に対して心情を露とすると

「兎に角、もう少しだけ待ってろ、そしたら今から仏さんを運び出すから廊下で仏さんの状態でも良く見てみるんだな」

と主任が応えると、締め切られていた部屋のドアが開いて、担架の上にブルーシートを被せた死体を二人掛かりで運び出してきた。

一瞬、荒井は隙を衝いて部屋の中に入ろうとしたが、鑑識主任が部屋への立ち入りを制して、死体を運び出した部下に対して

「おまえら、仏さんをそこの廊下に置いて、さっさと部屋に戻って証拠探しだ」

と告げて、2人の部下を部屋に入れると鑑識主任だけが廊下に出てドアを閉めた。

「お待ちかねの仏さんだ。死因は、射殺による出血性ショックだと思うが」

鑑識主任が煮え切らない感じで説明するのを聞いた荒井が

「出血性ショックだと思うがとは、何だよ。もっと、はっきりした事が言えねぇのか」

と気色ばんで詰め寄ると

「部屋の状況からすると、間違いなく銃器が使われたのは間違いないんだ。だが、どんな状況でそうなったか分からんが、弾丸が破裂したようになって仏さんの身体中に当たってるんで、詳しい死因は法医学の先生に司法解剖してもらってみなきゃ、分かんねぇってことだよ」

鑑識主任の説明に納得いかない荒井が

「はぁ、弾丸が破裂って、鑑識さんよ。何年、警察で飯食ってんだ?そしたら、凶器は散弾銃じゃねのか?」

荒井は半ば呆れた表情で言うと

「あの部屋の状況で、散弾銃が使用されてることは100パーセントねぇよ。それだけは断言できる。窓ガラスには、銃弾が開けた孔が1つしかない。もし、お前さんが言った散弾銃なら孔が1つということがないだろう。複数の孔が開くか、あるいは窓ガラスが部分的に割れているはずだ。それに、大小様々な弾頭の破片のような物が部屋の壁や天井に食い込んでいるわけないだろう」

鑑識主任からの説明を聞いても納得できない荒井は

「それじゃ、何で現着して1時間近くも部屋の外で待たされなきゃ、ならないんだ?」

と更に詰め寄ると鑑識主任が

「だから言っただろう。部屋中の至る所に弾丸の破片が飛び散っているんで、それを全て回収させてんだ」

鑑識主任が語気を強めて話すと、流石に荒井も迫力に圧倒されて

「分かったよ、そういうことは早目に言ってくれや。俺らもアンタ等が部屋の中で遊んでいるとか思ってたんじゃねぇし。ここで、遺体検分しってからよ。証拠採集が終わったら声掛けてくれや」

と荒井は言うと鑑識主任の肩をポンポンと軽く叩いた。肩を叩かれた鑑識主任は、荒井へ鋭い一瞥を与えると部屋の中に戻っていった。

それを見送った荒井が、廊下に置かれた遺体のブルーシートを剥ぐってみると、遺体の顔には3箇所の大きさの違った射入孔が見受けられる。更に、上半身の方までブルーシートを捲ってみると遺体の上半身は散弾銃で撃たれたように着ていたシャツはズタズタになって血だらけとなっていた。一見すると散弾銃で撃たれたように見えるが、散弾銃の場合は有効射程距離が50メートルくらいのものでライフル銃のように長距離からの銃撃には適していない。それに、遺体の状態を見ればパターンと呼ばれる散弾の広がり方は遠方から狙撃したようになっており、仮に遠距離からの銃撃であれば鑑識主任が言ったように窓ガラスの孔が1つというのでは辻褄が合わない。


鑑識によって廊下に運び出された遺体を30分以上も眺め尽くして、そろそろ手持無沙汰となってきた頃に、ようやく部屋のドアが開いて鑑識課の連中が出てくると、最後に出てきた鑑識主任が

「待たせたな、もう入ってもらって大丈夫だ」

と言って部屋の方へ顎をしゃくった。

永い時間を待たされた荒井を含めた捜査員達が部屋の中に入ると、遺体があったと思われる箇所は白線で囲われ、その前の窓ガラスには蜘蛛の巣状のひび割れが入った状態が目に飛び込んできた。確かに、鑑識主任が言った通りに孔は1つしか開いていない。しかも、窓ガラスと遺体が倒れていた場所は1メートルも離れていない状況である。まさか、散弾銃から発射された弾丸が一列になって窓ガラスまで跳んできて、窓ガラスを貫通してから四散するというのは物理的にあり得ないことで、仮に窓ガラスを打ち抜いた弾丸が何か固い物にでも当たって砕けたとしても、窓ガラスと遺体のあった間に固そうな物体が置かれていた形跡は皆無である。

その時、荒井の脳裏には以前に読んだ銃器の専門雑誌にエクスプローダーという弾薬が掲載されていたことを思い出したが、その弾薬は拳銃弾で弾頭部に少量の火薬が仕込まれていて、弾丸が命中した際に仕込まれた火薬が炸裂するという内容であったが、拳銃の弾薬であるエクスプローダーを使用したとしても、あそこまで遺体が散弾銃で死傷したような状態になるとは考えられない。更に、拳銃の弾丸が内部に仕込まれた火薬が爆発したとしても、その炸裂した弾丸の破片は相当に小さいはずである。

そんな事を考えながら、貫通した窓ガラスの孔を真っ直ぐな位置から覗いて外を見ても狙撃してきたと思われるような箇所は見当たらなかったが、少し立ち位置を左側にずらして見ると200メートルくらい先のビルの屋上に3人くらいの人影が見えた。荒井には、あのビルの屋上が狙撃した場所なのかという疑念を抱いて屋上の3人を眺めていると、その内の1人が荒井の方を見て、一瞬だが荒井と視線が合ったように見えると他の2人に声を掛けたのか、揃って屋上から離れていった。

荒井は、近くにいた捜査員に声を掛けると、窓ガラスの孔から見えるビルディングの屋上を指差して、そのビルディングの屋上へ2人の捜査員と鑑識課員を同行して行くように指示をした。指示された捜査員は若手2二人の荒井からの指示内容を伝えると、2人の捜査員は階下に駐車している鑑識課の車両で証拠品の積込作業をしている鑑識課員に声を掛けて200メートル先のビルディングへ2台の車両で向かって行った。


遺体があった現場の部屋を捜索していた1人の捜査員が

「荒井さん、仏さんの運転免許証が見つかりました」

と言って白い手袋を嵌めた右手に持った運転免許証を持ってきた。荒井が、その運転免許証を見ると、先程まで廊下で見ていた顔と言っても被弾しているので部分的に腫れている箇所があるものの、印象としては同一人物のように見える。運転免許証には「阿部正一郎」と氏名が記載されており、被害者は「阿部正一郎」という人物で間違いないだろうと思われた。

荒井は、部屋の捜索を手伝っていた鑑識課員に

「鑑識さん、この運転免許証」

と声を掛けると、鑑識課の1人が証拠押収用のビニール袋の口を開けて近寄ってくる。荒井は、そのビニール袋に運転免許所を入れると

「あとは、仏さんの職業が分かるような手掛かりを探し出してくれ」

部屋の捜索をしている全員へ声を掛けた。


運転免許証には、本名のほかに住所等の記載があるので、その情報を基に税務当局へ照会すれば職業等は直ぐに判明しそうなものであるが、裁判所の差押え令状がなければ税務情報は開示してくれないので、それよりは部屋を捜索して手掛かりを見付けた方が手っ取り早い。

荒井も含めて捜査員が部屋の捜索に専念していると、部屋の入口に警察官とは思えぬ3人が現れ、そのうちの1人が部屋の中に向かって

「捜査の責任者はいるか?」

と声を掛けてきた。その声を耳にした荒井が入口付近に向かい

「私が責任者ですが。貴方は?今、この建物は捜索中ですので、警察関係者以外の立ち入りはご遠慮ください」

関係者以外が侵入していることの苛立ちを抑えながら応えると、声を掛けきた1人が背広の内ポケットから身分証経書を取り出して、荒井へ提示して見せると

「私は、防衛省機密情報部の山辺といいます。それと、後ろの2人は米国国防総省捜査局の方々です」

確かに、提示されている身分証明書には「防衛省機密情報部情報課 山辺隆一」と記載されているのが見える。

「もう、警察庁を経由して、おたくの署長さんへ連絡が入っている頃と思いますが、この事件については今から我々の管轄になりますので、早急に引き取っていただきたい」

山辺と名乗った男は、有無も言わさぬ命令口調で荒井に告げた。

「はぁ?一体、どういう事なんだ。何の権限があって防衛省だとか、米国の国防総省が首を突っ込んでくるんだよ」

荒井が、山辺と名乗った男に食い下がると

「私に食って掛かる前に、君の上司に電話してみたらどうだ。そうすれば、私が言ったことが本当だと分かるだろう」

山辺は冷静な態度を崩さずに、荒井に応えた。多少は頭に血が上っている荒井だが、自らの背広の内ポケットから携帯電話を取り出すと、刑事課へ電話を掛ける。

「もしもし、荒井だ。課長は居るか?」

電話の相手が出るなり、刑事課長と代るように催促する。

刑事課長が電話口に出ると

「課長ッ」

と荒井が言葉を発した後は、「はい」と「はぁ」以外の言葉を発することはなく、10分程度の通話で終わった。

憤懣遣る方無い表情の荒井が携帯電話を切ると

「この件が、我々に捜査権が移行された説明を受けたようだね。それでは、お引き取り願おうか」

と山辺が告げると荒井が

「全員、この事件は防衛省と米国に捜査権が移ったそうなので、引き上げるぞ」

と言い残して部屋を出ていく。部屋から出て行く荒井の背後から

「立ち入り禁止のテープは、そのままにして貰えるかな」

と山辺が声を掛けてくる。

「勝手にしろッ」

荒井は、半ば不貞腐れたように言い放つと

「全員、聞こえたろう。引き上げだ」

荒井が大声で告げると、捜索を行っていた他の捜査員と鑑識課員が驚きの表情を浮かべながらも捜索途中の部屋から次々と出て行った。

そこへ、入れ違いとなるように上半身にはワイシャツの上から防衛省の作業用ジャケットを身に着けた10名くらいの男達が部屋の中に入って来る。山辺は、後方に居た2名の防衛省職員に

「お前達は、所轄の警察署へ行って押収してある証拠品を貰ってきてくれ」

と命じると、言われた2人は黙って頷き階下に停めてある公用車に乗り込むと警察署へ向かった。


刑事課に戻ってきた荒井は

「課長、電話では署長に警察庁から、このヤマは防衛省へ捜査権限を引き渡すことになったので捜査中止になったそうですが、一体どうゆうことです。何だって、刑事事件の捜査に防衛省や米国国防総省が絡んでくるんですか?仮に、ガイシャを狙撃したホシが軍人であったとしても犯人を検挙した後のことでしょうに」

一気に捲し立てるように刑事課長へ詰め寄ると

「米国国防総省?それを何処から知った?」

荒井の言葉に訝った表情で尋ねる課長に対して

「課長と電話で話していた時に、私の目の前に防衛省と米国国防総省の担当者がいたからですよ」

事も無げに応えると

「そうか。そうしたら、早速だが署長のところへ行ってくれ。私も詳しい事は何一つ教えてもらってないんだ」

課長からの指示通りに署長室に向かった荒井が、署長室のドアをノックして入室すると、そこには既に鑑識主任がおり、先程の現場から押収してビニール袋で小分けされている証拠物件が段ボール箱に詰め込まれた状態で、応接テーブルの上に置かれていた。

荒井が入室するのを見届けた署長が

「二人とも前に」

と荒井と鑑識主任に声を掛けると、2名は署長のデスクの前まで来ると起立した姿勢でいる。署長が、一つ空咳をすると

「先ずは、現場検証お疲れ様でした。ところで、君等が現場検証してきた事件については県警本部長経由で、法務省及び検察庁、更には警察庁から重要防衛機密に関わる恐れがあることから、米国国防総省及び防衛省に捜査権限を委譲する旨の連絡が入った。よって、この事件に関しての捜査は終結したこととして、押収した証拠物件も全て防衛省に移管する。暫くしたら、防衛省の担当者が訪れるので、証拠物件の引き渡しに遺漏のないよう行ってくれ、以上」

少しも詳細に触れない署長からの説明があると

「はいッ」

と荒井と鑑識主任が返事を返して直立不動のままで居ると

「防衛省の担当者が来るまで、そこの応接椅子に腰掛けて良いよ」

署長が2人に告げると、机の未決決裁文書箱にある書類を1つ取り出して目を通し始める。未決書類に目を通し終わり決裁印を押印したところで机上の電話機から呼び出し音が鳴ると署長が受話器を取り上げて

「署長の太田ですが」

と名乗り

「ああ、そう。それじゃ、署長室にお通して」

とだけ署長が応答し、応接椅子に腰掛けていた2人に

「今、防衛省の担当者が見えられたので、ここで押収物を引き渡してくれ」

荒井と鑑識主任に言うと、別の未決文書を取り出して目を通し始めた。

暫くすると署長室のドアがノックされて2人の若い男達が入室してくると署長の机の前まで来て、背広の内ポケットから名刺入れを出して名刺を1枚取り出して署長に

「防衛省機密情報部事務官の杉田です」

「同じく、鈴木です」

と言って差し出すと

「署長の太田と言います。押収物については、そちらの2名が行いますので」

2人の防衛省事務官と名刺交換をした署長が、応接椅子に腰掛けていた荒井と鑑識主任を示した。

杉田と鈴木と名乗った2人の事務官が、荒井と鑑識主任の対面にある応接椅子に腰掛けると杉田と名乗った方が

「早速ですが、押収物の引き渡しをお願いします」

と応接テーブルに置かれた段ボール箱を見ながら言った。

「こちらの段ボール箱に入っている物が全てです。それと、こちらが押収物品の一覧表に、それらを部屋の何処から押収したかを示した図面も添付しております」

鑑識主任がA4版数ページの資料を差し出しながら応える。

それを受け取った事務官の杉田が

「それでは、間違いなく押収物と資料を頂戴いたします。なお、後日になりますが移管を受けた物品の目録を郵送でお送りいたします」

それだけ言うと鑑識主任が差し出した資料を受け取り、鈴木が押収物の入った段ボール箱を抱えて2人揃って応接椅子から立ち上がり、署長の方に向かって

「確かに押収物品を移管して頂きました。それでは失礼いたします」

と杉田が署長に告げて、軽く頭を下げると署長室を出て行った。

その2人を応接椅子に腰掛けながら見送った荒井と鑑識主任も、防衛省の2人が退出すると応接椅子から立ち上がり

「それでは、我々も失礼いたします」

荒井が署長に告げてから、署長に頭を下げて署長室から退出して廊下に出た。荒井と鑑識主任は並んで、それぞれが所属する部屋へ向かう途中で荒井が

「一体、どうなってんだ?」

鑑識主任に問い掛けると

「さぁな、俺だって現場から戻ってくるなり課長から、押収したブツの分析はいらないから、急いで一覧表に纏めてくれって命令されて大急ぎで資料を作っただけだからな」

「ふうん、このヤマは訳の分からん事ばかりだなぁ」

荒井は、胸の前で腕組みをしながら独り言のように言うと

「もう、このヤマは米国と防衛省さんに移って、俺等は手を引くように命令されてんだ。ブツも取り上げられてことだし、これ以上の詮索をしても仕方ないよ」

鑑識主任は言うと、鑑識課のドアを開けて部屋に消えていった。

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