汚された白百合 一
初めて小説を投稿するので、拙いかもしれないけれど、読んでくれたら嬉しいです。
第一章 汚された百合
「俺が救ってやるよ、リリー。」
懐かしい夢を見た。昔、ある丘であっていた少年のあの言葉。私を救ってくれるという言葉。あれから何年たっただろう。
彼は、どんな人になっただろう。
エルドア帝国の第6皇女にして、継承権第6位のリーゼロッテ・ナーシャ・リ・エルドアは大した後ろ盾もない母親の娘として生まれた。政治的な立場は弱く、王族としての利用価値は女という体と性別以外になかった。特に、彼女の弟、アルバート・ギル・エルドアは男であるために王位継承権はあるものの、王位継承権を所有していること自体他の王子やその王子を支持している貴族に疎まれていた。
「リーゼ。まだ寝ていたの?」
リーゼロッテの母、アメリアが部屋に入って、窓のカーテンを開けながら言う。
「、、おはよう。お母様。懐かしい夢を見ていたの。」
アメリアは第3夫人だった。その容姿は美しく、銀髪に、赤眼、手足は細く、皇帝もその容姿を気に入り後宮に入れたのだった。リーゼロッテもまた、彼女の遺伝子を受け継ぎ、母親そっくりの美しい女性に育っていた。
「またあの丘であっていた、男の子?」
アメリアはリーゼロッテの髪をとかしながら聞いた。
「そうよ。あの男の子。元気にしているかしら。」
リーゼロッテは机に膝をついて、あの夢の少年の顔を思い出していた。
「どこの誰かもわからないその少年のことは忘れて、今日の第1王子の誕生祭の心配でもしなさい。」
「どこの誰かではないわ!ルルよ!ルールー!」
リーゼロッテは後ろを振り返り反論した。アメリアはリーゼロッテの髪から櫛を外して、近くに控えていた侍女のクレアに櫛を託した。
「はいはい。ルルね。じゃあ、リーゼロッテの支度お願いね、クレア。」
アメリアはリーゼロッテを軽くあしらって、クレアに後の世話を任せた。
「じゃあ、食堂で待っていますからね。」
「はーい。」
リーゼロッテは座り直して、クレアに身を委ねていた。
「もう、お母様ったら、何回いってもルルのこと覚えないんだから!」
「アメリア様も覚えてはいると思いますよ。」
リーゼロッテの髪を整えながら、クレアは答えた。
「そうかしら。」
「えぇ。ただ、」
「わかっているわ。ただ、私は、今どうしているのか気になっただけよ。」
リーゼロッテは少し不機嫌そうに返事をした。本当に気になっただけだったのに、恋愛に結びつけて考えるクレアに、そして母に少しだけ嫌気がさした。
「お嬢様、終わりましたよ。」
「ありがとう!クレアはやっぱり、髪を結くのが上手ね。」
リーゼロッテは頭を左右に振りながら鏡を見た。さっきの曇った顔よりかは、少し明るくなったのを見てクレアは微笑んだ。
「お気に召したようでよかったです。アメリア様が食堂でお待ちですから、早く行かれないとまた叱られてしまいますよ。」
「そうね、急いでいってくるわ。」
そういってリーゼロッテは自分の部屋を後にして、食堂に向かった。
「お母様!ごめんなさい、お待たせして!」
勢いよくリーゼロッテはドアを開け、食堂に入った。食堂にはアメリア、弟のアルバートが先に座っていた。淑女らしくないリーゼロッテの姿を見てアメリアよりも先にアルバートが口を開いた。
「姉様、また、寝坊?」
「あら、アル、昨日は間に合ってたわ。またとか言わないで。」
リーゼロッテはアルバートの前の席に座った。
「でも、姉様今日はわかってる?」
「わかってるわよ。お母様にも言われたわ。」
アメリアは二人の会話の終わらせるように、フォークをグラスに当てて鳴らした。その音で会話をやめ、2人は胸の前で手を組んだ。アメリアはそれを見て自分も胸の前に手を組んで、言った。
「ユーラティア神よ今日まで続く平和と恵みに感謝いたします。ユーラン。」
アメリアが言い終わると、リーゼロッテとヘルドアも「ユーラン」と続けた。
エルドア帝国の唯一神であるユーラティア神は星の神であり、その神星は「ポラリス」とされ、闇夜も導く煌々と輝くその星はエルドア帝国にとっては希望と星、光の象徴となっている。そのため、「ポラリス」という名称はとても重宝されてきた。そして、この帝国にはもう一つ星を由来としているものがある。それは「ゾティック」と呼ばれる12人の騎士の総称で使われている。そのうちの一人が、今ちょうど入ってきた彼だ。
「おはようございます。アメリア様、リーザロッテ様、アルバート様。」
「おはよう。ノア。」
ノア・シュトレーゼン。彼は、ゾティックのうちの一人でアルファルグの称号を授かっている。ゾティックは宮に対して最低一人はつくことになっている。そして、政治的立場から遠いこの宮も、例外ではなかった。ここの他に、皇帝が住まうポラリス宮、皇后が住まうスピカ宮、皇太子が住うシリウス宮、第1夫人とその子供の第1王子と第3王女のアルタイル宮、第2夫人と第2王女、第4王子、第5王女のベガ宮、そして、リーゼロッテたちのデネブ宮。ただ、まだ、皇后も皇太子も決まっていないためにスピカ宮とシリウス宮は使われていない。この二つの宮を除いて、最低一人のゾティックが護衛としてついている。
「ノア!今日も剣術教えてくれるでしょう?」
アルバートは目をキラキラさせて、入ってきたノアに聞いた。
「アルバート様、今日はパーティーがあるのでは?」
クレアがアルバートに釘をさす。
「わかってるって!クレア!」
ノアは練習の返答をせずに、アメリアに目配せをした。
「夜だから、大丈夫だよー!!それに。僕まだ13歳だからすぐ帰るし!だから、ね??いいでしょう?お母様!」
アルバートは目を見開いて手を祈るようにしてアメリアの方に体を寄せた。アメリアは少しため息をしてから、ノアの方を見て頷いた。
「今日は夜もあるのですからね、少しになさい。」
「はい!お母様!」
アルバートはその言葉を聞いて、お皿にあったものを口にかき込んで勢いよく席をたった。
「ノア!行こう!」
そう言って、ノアの腕を掴んで引っ張った。ノアもその腕に引っ張られて動いた。
「では、アメリア様、リーゼロッテ様、お先に失礼します。」
「アルをよろしくね〜」
リーゼロッテは最後のスープを飲みながらノアとアルバートを見送った。アメリアは二人がでていくのを確認してからリーゼロッテに話しかけた。
「リリ。」
「なーに、お母様。」
リーゼロッテはスープを飲みながら答えた。
「リリ。聞いて。」
その真剣な母の声にリーゼロッテはスープを飲むのをやめアメリアの方を向いた。
「何?改まって。」
アメリアはリーゼロッテの顔を見ず、話を始めた。
「リリ。私が容姿だけで第3夫人になれたことは知っているでしょう?」
「、、、はい。」
リーゼロッテはアメリアの真剣な声に思わず敬語になった。
「それでね、皇帝陛下は私の容姿に似た女の子を欲しがったの。多分、政治的利用として女の子を、それもすぐに切り捨てられるような程よく、なんの権力もない子爵家の私の女の子を、、。」
リーゼロッテはその言葉を聞いて、母が次に何を言いたいのかなんとなく察せてしまった。
「お母様。私はお母様のもとに生まれて、こんなに美人に産んでくれて、愛してくれて、私はお母様を恨んだことはありません。」
「、、、私は、リリ、私はあなたに、、」
「産まなければ良かった、ですか?」
「いいえ!!違うわ、、!そうじゃ、、、、なくて、、、」
アメリアはその言葉を聞いてリーゼロッテの顔を見た。リーゼロッテは母のことを見ていた。母が話している時もリーゼロッテは母から目を逸さなかった。まだ子供だと思っていた娘は大人になったんだな。今まで、リーゼロッテを見るたびに罪悪感を抱いてた。いずれ、国のためにどこか知らない遠いところに人質として嫁がされるかもしれない。国のために、駒の一つとして作った子のようにきっと皇帝は思っているだろうから。この環境に、そう思っている親の元に産ませてしまったことへの後悔と罪悪感を感じずにはいられなかった。でも、自分の子供はいつの間にか大人になっていた。きちんと自分の人生に向き合っていた。
「ごめんなさい。リリ、あなたは私の自慢だわ。産んで良かったと本当に思ってる。ただ、私はあなたに、こんな環境に産んでしまって申し訳ないとずっと思っていたの。でも、それは私のエゴだったわね。あなたは私と違って、逃げずにきちんと向き合える子だもの。」
アメリアは席を立って、リーゼロッテを抱きしめた。
「私の可愛い自慢のリリ。いつまでも、そのままのあなたでいてね。」
リーゼロッテは久しぶりの母のぬくもりを感じていた。
「私の自慢のお母様。いつまでも元気でいてくださいね。」
二人は少しの時間抱きしめあっていたが、お互いおかしくなってしまって笑い合った。
「それにしても、お母様。突然でしたね。」
「リリもね、そろそろ縁談の話があるんじゃないかと思ってね、、、」
「そうですね、私もそろそろかと思っていますよ。」
リーゼロッテは苦笑いしながら答えた。
「リリ、もし嫌だったら、」
「私は王族です。勤めは果たしますよ。」
「そうよね。」
「クレア、最近何か噂を聞かない?」
「何か、、ですか。そうですね、、、そういえば今日、何やら重大発表があるらしいと噂になっております。ですが、内容までは、流石に。」
「そうよね。重大発表、、第1皇子の皇太子の件とかですかね?」
「どうでしょう。私も重大発表があるということしか。」
「そうよね、ありがとう。」
アメリアは持っている紅茶に目を落とした。
「今日の舞踏会、無事に終わるいいのだけれど、、、」
「本当ですね、お母様。」
この心配は思わぬ形で的中することになった。
*
この舞踏会は、第1王子を祝おうと宮殿に多くの貴族が参加した。そして、皇帝、3夫人、皇子、皇女、全員が参加していた。王族が参加するというだけでも重要度が高いが、全員参加ともなれば、さらに重要度が高い。さらに、重大発表という噂もあることから、自分の立ち位置を決めるために見定めている貴族はほとんどだった。
「皇帝陛下、第1皇子、第1夫人が到着されました。」
その声にみな集中し、皇族の入り口に注目した。
「みな、今日はわが息子、エリアルの誕生祭に集まってくれたこと感謝する。」
皇帝であるアレクシス・ライト・エルドアが言葉を述べた。第1皇子、エリアル・フィン・エルドアがグラスを持って前に出た。
「今日は私のために集まってくれたこと、感謝する。快くまで、楽しんでいってくれ。」
エリアルがグラスを掲げると貴族も同様に掲げ、舞踏会が始まった。
それを見て、アメリアがリーゼロッテに小さな声で言った。
「早く、皇帝陛下にご挨拶して帰りましょう。」
「そうですね。」
リーゼロッテはアルバートを連れてアレクシスのもとに向かった。
「おぉ、アメリアではないか。」
アレクシスが先に気づき、近くにいた貴族たちもアメリアの姿を見て話すのをやめ、少し離れた。その声を聞いてか、エリアルも話していたのをやめ、こちらに来た。
「アメリア様に、リーゼロッテ、相変わらずの美人ですね。」
エリアルの声は場を和ませるためなのか、嫌味なのか、わからない声の温度だった。アメリアはそれを受け取らないことにし、形式的な祝いの言葉を述べた。
「皇帝陛下、エリアル様、この度はおめでとうございます。」
リーゼロッテもそれに続いて、アメリアと同じく頭を下げた。
「このような大きなパーティーでないと皆集まることもないからな。」
アレクシスはアメリアとリーゼロッテに言った。そうこうしているうちに第2夫人と子供も来て、皇族が一ヶ所に集まる結果になった。
「あら、アメリア様。久しぶりね。最近お見かけしないから大事に育てている白百合が枯れてしまったのかと心配していたところよ。」
第2夫人、ベリンダは大富豪のコングラット伯爵家の出であり、実家の財力を買われ後宮入りした。この夫人はしがない子爵家のアメリアをこの上なく目の敵にしていて何かと突っかかってくるような人だ。現に今も、白百合はアメリアの印象が白く優美なことから白百合と言われていることを皮肉ってアメリアの顔が年老いて恥ずかしくて出れなかったんじゃないかと言ってきたのだ。これに相手するのは時間の無駄だとアメリアは分かってはいるが、何せ第2夫人、無視できる相手ではない。
「ベリンダ様のご心配には及びませんわ。」
「そう。」ベリンダはこれだけ返すので精一杯だった。ベリンダ自身対して頭も良くないため言い返す言葉が多いわけではない。
「お二人とも今日はエリアルのために来てくれて本当にありがとう。こうして、あなたたちに会えて嬉しいわ。」
温厚そうな表情を浮かべる第1夫人、シンディは由緒正しいアルフレイン公爵家の出であり、皇后に一番近いとされている。第1夫人になってから20年以上になるのにも関わらず皇后になっていないことは社交界の触れてはいけない話だ。
「シンディ様。最近はサロンの方もお忙しいのだとか。さすがですわ。」
ベリンダもシンディには頭があがらない。それはアメリアも同様である。特にアメリアはシンディになるべく関わらないようにしていた。
「アメリア。久しぶりね。」
「えぇ。シンディ様。長らくご挨拶できず申し訳ありません。」
アメリアとシンディは学友だったが、学生時代の少しのすれ違いや家格の違いからもアメリアとシンディは当時の学生時代のような距離感ではいられなくなってしまっていた。
「美しい我が妻たちが集まると幾千の幾億の星の輝きにも負けぬほど美しいことよ。」
皇帝はこの女たちの水面下での争いを見ても呑気なことを言っている。
「あー。それで、リーゼロッテよ、お主には北の国、ノースアイランドの領主に嫁いでもらうことにした。」
突然の発言にリーゼロッテは驚いたどころではなかった。ノースアイランドといえば、極寒の地に住まう勇猛な騎士に領主のダグラス・ダグエル。彼は血にうえた狂人で有名だった。そこに嫁げということはもはや死を意味している。ただ、舞踏会でいうことということは決定事項。ならば、断れないということ。リーゼロッテは覚悟を決めるしか無かった。わかりました。そう言おうとした時だった。思わね人が遮った。
「父上、いささか急ではありませんか?」
エリアルが異議を申し立てたのだ。
「そうかね?もうリーゼロッテもいい年だろう。なぁ。」
リーゼロッテはエリアルに便乗してしまいたかった。けれど、ここで便乗したとしても結果は変わらない。
「えぇ。そのお話、喜んでお受けいたします。」
リーゼロッテは全ての不満を飲み込んで言った。
「おお。そうか。結婚の祝いに今度何か送ってやろう。」
「ありがとうございます。父上。」
エリアルは抗議を続けようと前に出たが、シンディがそれを悟ってなのか、口を開いた。
「リーゼロッテ、きっとあなたの花嫁姿は美しいのでしょうね。見るのが楽しみだわ。」
エリアルは前に出た足を後ろに戻した。それに続いて、ベリンダも口を開いた。
「肌も白いし、きっとあちらの雪がよく似合うはずだわ!」
ベリンダのそれは嫌味なのか、リーゼロッテには少し判断がつかなかった。
「ありがとうございます。シンディ様、ベリンダ様。」
アメリアは何もいえずまだ困惑の表情を浮かべていた。そのアメリアの裾を引っ張ってアルバートが小さな声で聞いた。
「ノースアイランドというところは遠いのですか?」
アメリアはアルバートと目を合わせるだけで、その問いに答えなかった。けれど、貴族はそうはいかない。第3夫人としての言葉をみなが待っているかのように会場はアメリアの発言に注意が向いていた。そのことにアメリアも気付き、祝いの言葉を言う他なかった。アメリアはリーゼロッテの近くに寄って、
「おめでとう。リーゼロッテ。陛下も、このような良き縁を結んでいただきありがとうございます。」
アメリアはいつか言うであろう日のために考えてきた言葉を言った。
その言葉を聞いて、会場はまた主役に話題が移った。多くの貴族は今日、第1皇子エリアルが皇太子になるという発表を今か今かと待っていた。ただ、今日このような発表があるということを言われているわけではない。貴族の勝手な妄想と願望だ。皇帝もそれなりの年だし、エリアルも良き青年になった。未だ皇太子を決めていないことに貴族の不安と不満はたまっていた。それゆえに今回の誕生日パーティーでは皇太子の発表があるものだと思っていた。もう解散かと思われたときだった。
「あぁ、そういえばエリアル。次の会議ではお前も参加しなさい。」
国の重要事項を話合う会議にエリアルは呼ばれたいうことはエリアルは皇太子に正式になったのだ。順当にいけばもちろんエリアルなのだが、エリアルの公正さをよしとしない貴族が今まで邪魔をしていたのだ。
「はい。父上」
*
次の日の新聞は、皇太子エリアルと、リーゼロッテの輿入れで賑わった。
「姉様。本当に嫁ぐの?」
「そうよ〜アル。お姉さまいなくてさびし〜?」
リーゼロッテはアルバートの質問に明るく答えた。けれどアルバートの表情はそれとは違って暗かった。アルバートはリーゼロッテに抱きついてから小さな声で言った。
「さびしい。」
リーゼロッテは抱きついたアルバートを見て、抱き返した。
「私もさびしい。でも、すぐに行くってわけじゃないから。」
「いつ行っちゃうの。」
「いろいろ準備もあるし、3ヶ月かしら。」
「すぐじゃないか!!」
アルバートは少し怒って答えた。
「行っちゃう前に私とたくさん遊ぼーね。」
「あっち行ったら、会えない?」
「人質ってわけじゃないから会えるけど、遠いから会いづらくなるわ。」
「そっか。」
コンコン
アメリアは封筒を持ってリーゼロッテの部屋に入った。
「皇太子から茶会の招待よ。」
「めずらしい。」
アメリアたちは王宮の茶会や貴族の呼ばれごとなど大きい行事以外は誘われなかった。ただ、今回の茶会は少し別だった。皇太子になった祝いとしてシンディーが開催したものだった。そこに呼ばれるのはシンディーの近しいものやエリアルの側近など、身近な人のみで開かれるお茶会。そこにアメリアたちを呼ぶことは変というほかなかった。
「僕も?ねー僕も呼ばれてる?」
アメリアは招待状を確認した。
「あなたはお留守番。」
「いくの!?」
リーゼロッテはアメリアの顔を見た。断りの手紙でも書くものだと思っていたのだ。
「行くわよ。次の王はエリアルよ。今まで中立を保ってきたけれど、今はそれを保つ方が危険だわ。何より、アルのためにも私たちになんの意思もないことを世間にもエリアルにも示さなくては。」
アメリアが何かに怖がっているようにリーゼロッテには見えた。
*
「あら、アメリアにリーゼロッテも、よく来てくれたわ。どうぞ、ゆっくりしていってね。」
「今日はご招待ありがとうございます。シンディー様。」
皇太子のお祝いの席は賑わっていた。さすがは、皇太子のやるパーティーだ。
「リリ、ちょっと席外すわね。」
「わかったわ。」
アメリアはそう言って会場を去った。リーゼロッテは一人で会場にある食べ物を物色していた。
「リーゼロッテ。君も来ていたのか。」
「えっ。あ!」
突然声をかけられたリーゼロッテは驚いてケーキを落としてしまった。落としたケーキが名残惜しかったけれど、後ろを向いた。
「ごめん。驚かせてしまったね。」
「い、いえ。大丈夫です。皇太子殿下。こちらこそ、申し訳ございません。」
「そんな、固くならないで。母は違えど血を分つ兄弟だろ。私たちは。」
「そう言っていただけて、嬉しいです。エリアル様。」
特に思っていなかった。リーゼロッテとエリアルは大した面識はない。けれど、エリアルの人柄なら、仲が良くなくても兄弟というだけで優しくする。
「二人分の飲み物を持ってきてくれるかな。」
エリアルは近くにいた給仕がかりに言った。
「リリー。輿入れの準備はどんな感じだ?」
リーゼロッテはエリアルが突然自分のことを愛称で呼ぶものだから、びっくりした。
「少しずつ、進めています。」
当たり障りのない返答だった。
「今度、ドレスでも贈ろう。」
少し無理やり出した返答にリーゼロッテは気まずさを感じた。
「ありがとうございます。お兄様。」
エリアルがリーゼロッテのことを愛称で呼ぶならそれ相応の呼び名でなければ変に思われるとリーゼロッテは思った。特に、兄と認識していなかったけれど、致し方なかった。
兄と呼ばれたエリアルはなんとなく嬉しそうに見えた。
さっき、飲み物を頼まれた給仕が帰ってくるのと同時にアメリアも帰ってきた。
「これは、皇太子殿下。挨拶が遅れて申し訳ありません。」
「いえいえ、気にしないでください。アメリア様。」
アメリアはリーゼロッテの顔を見て、目で訴えてきた。
『なんでいるの?』
リーゼロッテは首を小さく傾け、『さぁ?』と返答した。
「飲み物が足りなくなってしまいましたね。」
そう言って、エリアルは持ってきた2個をアメリアとシンディーに渡して、たまたま
近くを通った給仕の盆から1つとった。
「じゃあ、アメリアの婚儀に。」
エリアルの言葉と共にアメリアとリーゼロッテは少しぎこちなく乾杯をした。
3人が飲んだ直後だった。
「うっ」
アメリアが苦しそうな声をあげて倒れた。
「お母様!!!!」
リーゼロッテは倒れた母の体を支えながら大きな声で名前を呼んだ。
「お母様!?」
リーゼロッテは倒れた母のそばでどうしていいかわからず、名前を呼び続けていた。
「あぁ。どうしよう。お母様。ねぇ、お母様?」
奥からエリアルと医者と思われる人が一緒にこっちに走ってきた。
医者はアメリアの診断をするためにリーゼロッテをアメリアから離した。
エリアルはリーゼロッテの肩に手を置いて宥めた。
「大丈夫。大丈夫だから。」
エリアルは何度もそういった。けれど、リーゼロッテには母が大丈夫だなんて到底思えなかった。
医者は脈を測って薬を飲ませ、呼吸を聞いた。
「解毒剤が、効きません。」
「嘘よ。そんなの信じないわ。」
「ゴホッ」
「お母様!」
リーゼロッテはアメリアの近くに駆け寄った。
「お母様。大丈夫よ。きっとすぐ治るから。エリアル様もいるし、ここは王宮だもの。毒の解毒剤だってすぐ見つかる。だから、」
「リリー」
アメリアはリーゼロッテの頬に手を伸ばした。
「あぁ、私の可愛いリリー。」
アメリアの声は消えそうなくらい弱々しかった。
「おかあさま、、、。ねぇ、、待って、、、」
リーゼロッテはすがるようにアメリアを見つめた。
「負けないでね、、、、、。」
アメリアはそう言うと、目を閉じた。
花のように儚く、百合のように美しかったアメリアは、雲一つない青天の日に死んだ。
*
次の日には瞬く間にアメリアの訃報が流れた。この訃報は別の意味で世間を賑わすことになった。
「アメリア夫人がねぇ。」
「毒を盛られたらしいわよ。」
「皇太子殿下が飲もうとしていたコップを飲んで倒れたって。」
「それじゃあ、皇太子殿下が誰かに狙われてるってことじゃないの。」
アメリア殺害の調査が始まったが、これと言って情報が出てこなかった。だが、皇太子が狙われた以上総力を持ってしても犯人を見つける必要があった。
そんな調査がおこわれているなかアメリアの葬儀は、親族と近しいものたちだけの少人数で行われた。
アメリアの遺体から検出された毒は未知のものだったらしく、従来の解毒剤が効かず、即効性がある猛毒だということしかわからなかった。
リーゼロッテは少しの間だけ葬儀の場から離れ、一人、母との思い出に浸っていた。だが、後ろから足音が聞こえ、振り向くとノアだった。
「こんな所にいたんですね。探しましたよ。」
「ごめんなさい。少し、1人になりたくて。」
「いえ、大丈夫ですよ。ただ、皇帝陛下から手紙が。」
そう言い、ノアはリーゼロッテに手紙を渡した。リーゼロッテは受け取った手紙の内容を確認してぐしゃっと丸めた。一息してから言った。
「結婚式は延期ですって。」
リーゼロッテは呆れたように笑った。
「ふふ。信じられる?自分の妻が亡くなったのよ。」
ノアは何も言わなかった。言う言葉が思いつかなかった。
リーゼロッテは気持ちを落ち着かせ葬儀に戻った。
「姉様。」
そうアルバートはリーゼロッテの裾を引く。リーゼロッテはアルバートの方を見た。だがアルバートはこっとを見ていない。アルバートの目線を辿る。そこにいたのは皇宮騎士の制服を着た人たちだった。そのうちの一人がリーゼロッテは騎士に目をやったことを見て口を開いた。
「第7皇女様、アメリア様の」リーゼロッテはそれを遮る。
「今は葬儀中です。事件の協力なら後ほどします。今は、母を弔わせてください。」
だが、騎士は気にせず続けた。
「アメリア様のご遺体をこちらにお渡しねがえないでしょうか。」
「何を、言っているのです?」
リーゼロッテが騎士に向かって歩いていくより早くアルバートが動いていた。
「お母様のことどこに連れてくんだよ!!」
「っアル!」リーゼロッテは急いで駆け寄ってアルバートを騎士から引き離すためにアルバートの体を掴んだ。
「アル!やめなさい!」
「だって!!だって、姉様!!この人、このひとお母様を連れてく気だよ!!!」
アルバートはリーゼロッテの腕の中で暴れている。泣きながら自分よりも体格も身長も大きい騎士を殴ってやろうと暴れている。
「いいの!!姉様!!」
その言葉にアルバードを抑えている腕に力が入る。
「いいわけ、ないでしょう。」
リーゼロッテは声を抑えて小さく言う。
「お願いです。」暴れるアルバートを抱きながらリーゼロッテは騎士に頭を下げた。母を弟を守る方法をこれ以外知らない。
「母を連れて行かないでください。もう静かに寝かせてあげたいんです。それ以外の協力だったらしますから。お願いします。」
リーゼロッテは頭を下げ続けた。皇女のプライドなどない。ただ、母と弟を守りたい一心だった。アルバートもそんな姉を見て暴れるのをやめた。
「それは、できません。」
だが、騎士は命令に従順だった。
「アメリア様の遺体をこちらに引き渡してください。」
それでも騎士はそんなリーゼロッテのプライドを踏み潰すように言った。
「なぜです。これ以上、母の遺体を調べても何も出てこない。もう、母を」騎士はその言葉を遮った。
「アメリア様が毒を盛ったと白状したものがいたのです。ですから、解剖のためではなく、罪人として引き取りに来たのです。」
リーゼロッテは混乱した。
「、、、何を言って、、母が、罪人、、、、。」
「先ほど、一人の侍女が毒の入った飲み物を運んだ侍女とアメリア様が話していたと白状していたのです。」
「それだけじゃ証拠にならないわ。」
「『これを入れてほしい』と言っていたと。」
騎士が取り出したのは一つの小瓶だった。それは、アメリアがある薬を入れていた小瓶。
「、、、、、それは。」
「やはり、ご存じですか。」
リーゼロッテは明らかに動揺していた。それを見た騎士は疑いを確信に変えた。
リーゼロッテは何か言わないと、そう思って口を動かしていたが、声が出なかった。
「、、その小瓶は」先に声を上げたのはノアだった。
「その小瓶はアメリア様のもので間違いありませんが、人を死に追いやるほどの毒ではありません。それに、あの日、アメリア様はその小瓶を宮に置いて行かれていました。」
リーゼロッテはノアの方を見る。
「でも、毒を持ち歩いていたのは事実でしょう。」
騎士は反論する。
「あの毒は毒を相殺する働きがあるんです。毒のない状態で飲めば毒ですが、毒のある状態なら一時的な解毒剤になるんです。ですから、何かあった時のために常に持ち歩いていらっしゃいました。」
「毒を持っていた。それが事実です。アメリア様の死体を引き渡していただきたい。これは、最後の通告です。」
リーゼロッテはショックで言葉が出てこない。アルバートは何も言えずただ、リーゼロッテのそばにいた。ノアは、騎士の発言に怒りを隠せそうにもなく、剣を抜こうとしたその時だった。
「やめるんだ。」
突如として現れたエリアルはそう言った。その声に誰もが驚き、その場の全員がエリアルを見た。
「なぜ。」リーゼロッテはようやくその一言を言った。
エリアルはリーゼロッテの方見て、微笑むと騎士に目を移して言った。
「アメリア様の葬儀はこのまま進める。」
「しかし!」
エリアルは騎士を静かに睨んだ。騎士も皇太子の意向に従うしかなかった。
エリアルはリーゼロッテの元に駆け寄った。
「すまなかった。アメリア様の葬儀を邪魔してしまって。」
エリアルはリーゼロッテに頭を下げた。
「なぜ、、、、。」
リーゼロッテはそれしか出てこなかった。
「君を助けるためだよ。」
エリアルはリーゼロッテにそう返答した。リーゼロッテはエリアルの言葉に少し動揺した。
「ありがとう、ございます。」
リーゼロッテに捕まえられているアルバードにもエリアルは謝罪した。
「アルバートも、すまなかった。」
エリアルが止めたおかげで葬儀を最後まで執り行うことができた。
だが、アメリアへの疑惑が消えたわけではなかった。アメリアが首謀者だという記事が世に出たことでアメリアの評判は地に落ちることになった。
*
アメリアの葬儀が終わって1週間。さまざまな噂が世間を行き交った。その中で一番白熱したのはアルバートを皇太子にしようとしたからという噂だった。アルバートの王位継承権を放棄していないことが裏目に出た結果だった。
「姉様。僕、皇太子に興味ないよ。」
リーゼロッテがもう食べ終わるという頃に突然アルバートが言った。明るかった姉が明らかに憔悴し、自分の感情を押し殺している。そう、アルバートは感じた。
リーゼロッテは「知ってる。」と、それだけ返して部屋を出ようとした。
そんなリーゼロッテをアルバートは呼び止めるように口を開いた。
「姉様。お母様は」
「バカ言わないで。」
リーゼロッテはアルバートの言葉を途中で止めて今度は勢いよく部屋を出ていった。
一人残されたアルバートにクレアが声をかける。
「アルバート様」
「大丈夫。姉様を焦ってるんだよ。」
僕を皇太子にしようだなんて平和主義の母様が考えるはずがない。陥れようとする誰かがいる。アルバートはそう思っていた。。でも、アルバートにはわからなかった。権力も後ろ盾も何もない自分たちを狙ったとして得られるものなんて何もない。私怨?それにしては命をかけすぎている。幼い自分でも思いつくのだ。姉様がそれを感じていないわけがない。でも、今姉様に考えるだけの心の余裕と母様の私を考えられるだけの準備ができていない。きっとノアを自分たちから話そうとするだろう。そしたら、姉は一人になってしまうのではないか。アルバートはそれが少し怖かった。
リーゼロッテは執務室に戻る。もう朝から晩までご飯の時ですら大抵、執務室にいた。突然、アメリアが亡くなったことでやらなければならないことが一気に増えたのだ。
「お嬢様、今いいですか。」
ドアの向こうでノアがそう問いかける。リーゼロッテは片手間に返事をした。
「どうしたの。」
リーゼロッテは資料から目を離さずに入ってきたノアに聞いた。
「、、アルバート様のことです。世間でも」
「わかってる。アルバートのことはもう決めてあるわ。」
ようやく、リーゼロッテは資料からノアの方に目を移した。
「アルバートは留学させるつもり、遠い国に。それで、王位継承権は放棄する。それも、もう皇帝と話してる。でも、最近皇帝の体調が悪いのか、あんまり進んでいなくて。でも、私の輿入れまでには何が何でも終わらせる。」
「そうでしたか。どこの国に?」
「友好国のルーンムア国に。あそこならここと同じくらい治安もいいし。完全に安心ってわけではないけれど、味方のいないこの国に置いていくよりは。」
「そうですね。そこでしたら私も行ったことがあります。」
ノアがそういうとリーゼロッテは少し、下を向いて一呼吸した。リーゼロッテの表情は言いづらいとでもいいたげな表情だった。
「ノア。あなたがついていってくれたらこれほど安心なことはないわ。でも、あなたはこの国の騎士でこの国にいなければならないわ。だから、、」
「だから、ついて行かなくていいと?」ノアの声に少し熱が籠る。
リーゼロッテは机から離れてノアの立っている方に向かう。
「あなたの未来の邪魔になりたくないの。せっかく掴んだ地位を私たちのせいで無駄にしてほしくない。」
「無駄になんて。俺は、」
ノアの口調がだんだん崩れていく。
「ノア、あなたは孤児や平民に憧れの的なのよ。私はあなたに活躍してほしいし、そんなあなたを兄のように感じてすごく自慢に思ってる。」
リーゼロッテはノアの手を握って一つのペンダントを渡した。
「、、、、、これは。」
魚座の形が綺麗に装飾されたペンダント。このペンダントはゾティックの主人としての証だった。
「今までありがとう。ノア。」
ノアは渡されたペンダントを握りしめて何も言わず部屋を出ていった。
一人の残された部屋で自分に言い聞かせるようにリーゼロッテは言った。
「これで、よかったのよ。」
ガチャ。
「姉様、すごい顔でノアが出ていったけど、喧嘩でもした?」
「アル。びっくりした。ノックぐらいしてよ。」
「したよ!何回も。」
リーゼロッテは机に戻って資料を見始めた。
「ねぇ。ノアと喧嘩したの?」
「してないわよ。」リーゼロッテは空返事だった。
アルバートはリーゼロッテの持っている資料を掴んで取り上げた。
「ねぇ!母様の葬式から姉様おかしいよ!!」
「おかしくなんて」
「笑わなくなったし、寝坊しないし、ご飯残すし、ノアと喧嘩するし!!」
「いや、ノアとは喧嘩して」
「したんでしょ!」
リーゼロッテはアルバートのしつこさが面倒になって答えた。
「、、、、しました。」
「ほらね!」アルバートは得意げに言った。
「でも、」
「どうせ、姉様、ノアに『もう私たちのことがいいから』的なこと言ったんでしょ。」
「え、聞いてた?」
「聞いてないよ!でもね、姉様、僕だって、自分の状況くらい少しはわかってるつもりだし、どうしたらいいかも姉様が何をしようとしてるかも想像は少しできるくらいにはなったと思うんだ。」
アルバートはリーゼロッテからさっき奪った資料を机に静かに戻す。
「僕にも、少しくらい話してほしい。全てを背負おうとする姉様はかっこいいけど、姉様を支えたいと思ってるノアや僕の気持ちを無視しないで。」
あぁ。私はこの子にそんなことを思わせていたのかと、リーゼロッテは思った。小さくてまだ善悪も人生の渡り方も良し悪しもわからぬ子供だと思っていた私の弟は私が思っているよりも成長していた。
「まだ、子供だと思ってたのに。」
リーゼロッテは目の前にいるアルバートの頭に手を置いた。
「ごめんね。」
自分よりも小さく幼い私の弟。私の暴走を止めてくれた賢い私の弟。
リーゼロッテはそこで、初めて母の死を本当の意味で受け入れられた気がした。
「いいよ。」
頭を撫でられているアルバートが答えた。
「いいけど、姉様。ノアのことはどうするの。」
リーゼロッテは少し考えてから言った。
「考えたけど、やっぱりこのままでいい。体裁の悪い私たちと一緒にいたら何になるかわからないし、何より、これ以上、皇室との関係を繋いでおくわけにはいかないと思う。」
「うん。僕もそれがいいと思う。」
リーゼロッテはアルバートが反対すると思った。
「え?いいの?」
「え?良くて言ったんじゃないの?」
「そうだけど」
「反対すると思ったんだ。しないよ。ノアに危険が及ぶのが嫌だったんでしょ?」
鋭い子。そうリーゼロッテは思った。
「母様を狙って得られるものは少ないはずなのに、わざわざ皇太子を狙った。私怨にしてはあまりにも命をかけすぎていると思うの。」
「うん。僕もそう思うよ。」
ガチャ。突然、部屋のドアが開く。
「やめてきました。」
入ってきたのはノアだった。
「え?」リーゼロッテは思わず声が出る。
「え?やめてきたって、まさか、騎士団じゃないわよね!?」
リーゼロッテは思わずノアに駆け寄る。驚いて「なんとか言いなさいよ!」とリーゼロッテはノアに詰め寄る。そんなリーゼロッテと違ってアルバートはそこまで驚いていなかった。
「さすが、ノア。やめてくると思ったよ。」
リーゼロッテはアルバートとノアの顔を交互にみる。
「え?なに?二人とも組んでたの?」
アルバートは笑いながらリーゼロッテとノアに近づいた。
「いや、ノアならきっと騎士団をやめてでもここにいるだろうなと思って。」
「いや、やめる気はあんまりなかったんですが、お嬢様がペンダントを返してきたので、そのまま皇室に返してきました。」
ノアはケロッとした表情で答える。
「でも、ノアすごい顔しながら出ていったってアルバートが。」
「あぁ。確かに、お嬢様には少し思うところはありますが、私の忠誠は変わりません。」
「だってよ。姉様」
アルバートはリーゼロッテのことをこずく。
「はぁ。」
リーゼロッテはさっきまで悩んでいたのがアホらしくなった。
「じゃあ、ノア、アルの留学に付き添ってやって。」
「了解しました。」
少し、平和が戻った瞬間だった。
*
「父上、具合はいかがでしょうか。」
皇帝陛下にエリアルが聞く。皇帝が倒れて早1週間。突然のことで皇室はこのことを発表していなかった。知らされているのも皇太子のエリアルと側近とわずかなものだけだった。
「、、、、、、あぁ。」
皇帝はこの一言ですら簡単に発せなかった。
「ノアがゾティックの地位を返上しに来ました。」
皇帝は何も言わず、ただ天井を見つめ聞いている。
「それから、アメリア様の件ですが未だ進展はありません。」
「、、、、、、、お前に任せる」
そう言って皇帝は目を瞑った。
「エリアル様、皇帝の御容体は。」
皇帝の側近が寝室から出てきたエリアルに小声で聞く。
「あまり良くないかもしれない。」
エリアルも小声で答える。周りに人がいないか確かめながら。
「では、」
「いや、公表はまだだ。だが、皇帝に何かあってもいいように準備だけはしといてくれ。隠密にな。」
「はい。」
側近はそう返事をして足早にその場を去っていった。
アメリアの死によって起きた小さな混乱はやがて大きな混乱の渦になって帝国を飲み込んでいくことをこの時はまだ、誰も想像すらしていない。ただ、一人を除いては。
*
皇帝に送っていたアルーバの件の手紙が返ってきた。
「あぁ、やっときた。」
リーゼロッテは手紙を受け取って封を開けた。
ちょうど部屋にはアルバートとノアもいた。
「なんて?」
アルバートはリーゼロッテに聞く。
「わかった。ってさ。」
「そ。」
アルバートはそれだけのことが書いてあるのに、未だに手紙から目を離さないリーゼロッテを見て不思議そうに見つめた。
「まだ、何か書いてあるのですか?」
だが、聞いたのはノアの方だった。
「いや、なんとなく、書いた人が違うのかな。手紙の雰囲気がこの前と違うというか」
リーゼロッテはモゴモゴと答えた。
「気のせいですよ。」
「そうよね!」
リーゼロッテは持っている手紙からようやく目を離した。
「あぁ、そうそう。留学も大丈夫だって。ただ、少し急だから忙しくなるかも。」
「わかった。」
アルバートの継承権放棄と留学はなんの障害もなくとんとん拍子で進んでいった。それと同時にリーゼロッテが嫁ぐ日も刻々と迫ってきていた。
「アルが留学して1週間したら、私も出ていってしまうから、この宮には誰もいなくなってしまうわね。」
リーゼロッテは嫁ぐ準備をしながらクレアに言った。クレアは部屋を見まして、思い出を頭に再生させた。
「そうですね。初めてリーゼロッテ様の世話をした時は私も若くて、アメリア様と一緒に子育てをして、無礼とは承知ですが、」クレアはリーゼロッテの方を向き直した。
「リーゼロッテ様もアルバート様も我が子のように思ってきました。そのお二人方が旅立たれてしまうのは寂しいものです。」
リーゼロッテはクレアを見た。昔の思い出よりも少し歳をとってしまったクレアを見て、時の流れの速さを感じた。あの頃はこうなるだなんて、思ってもいなかった。
「クレア、私もあなたのことは母のようにも、姉のようにも思っていたわ。」
リーゼロッテは立っているクレアに抱きついて言った。
クレアは帝都に残る。ここを出てしまえば今のように気軽会えることもなくなる。多分、これが最後になるかもしれない。リーゼロッテはそう思っていた。
「お嬢様、北部に行っても、どうか、お元気で。」
クレアはリーゼロッテを抱きしめて、母のような優しい声で言った。
リーゼロッテはクレアの声と体温に少しだけ、アメリアを重ねた。
*
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
まだ、続きますので、これからも読んでいただければ幸いです。