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実験

作者: 後藤 章倫

 盗んだバイクで走り出す。なんていう青っちょろい歌詞の曲が流行っていた。は?マジで、は?と疑問を覚えたので実験することにした。


 夜の学校の窓ガラスを叩き割るとか、大人や教師は分かってくれないとか、そういう歌詞に共感する奴らの気が知れなかった。なんだかお手軽に、さも日常茶飯事でっせみたいに、いやコレ必須科目みたいなもんやからとでも言うように、その流行歌は不良学生達のアンセムみたいだった。でも考えてもみてほしい。盗んだバイクで走り出す為には先ずバイクを盗むという犯罪行為を犯さなくてはいけない。それなのにこの妙ちくりんな曲は、普通に当たり前でっせ的な印象を抱かせる。ハッハーン、さてはバイク盗んだ事無いんやないのん?無いのんに不良風的な事を吹かせたくて、バイクは盗んで乗るのんがカッチョイイんやよと想像で書いたのやろ。俺、実験してよう分かったのんよ。


 バイクはあった。色々とあった。原付スクーター、中型自動二輪車、バイクのくせにBⅯWというロゴが付いているやつ、オフロードを走るバイク、そんなのが街なかの駐車場や駅の駐輪場、ショッピングセンターの立体駐車場、民家のガレージなんかに停められていた。そのどれもにキーは付いていなかった。バイクを動かすにはキーがいる。キーが付いてないどころか、タイヤにゴツいチェーンやU字型のロックが装着されているものまであった。ハンドルにもロックがかかっていて、何度か揺すると大きなアラーム音が鳴って慌てて逃げた事もある。どうやってバイク盗んだんじゃい。適当な歌詞書きさくりやがって、と強く憤った。

 もうひとつ問題がある。盗んだバイクで走り出すというシチュエーションで走り出すバイクは、それなりのものでなくてはならない。実験はリアルを追求すべきである。それなりのものというのは、つまり、分かりやすく説明するなら族車である。あの元気の良い人たちが、好んでやる改造がなされているバイクであって、スピードよりも目立つ事に特化したものである。空気抵抗を受けまくるアッパーカウルやロケットカウルを装備したもの、マフラーを上手いことアレして竹槍の如く四十五度程の角度で突き上げたもの、普通はバイクのシートに背もたれ等付いていないにも拘らず派手な色の、それも背もたれどころか頭の上まで達するシートのもの、そのようなバイクの事である。しかしそのようなバイクのオーナー様は、はっきり言ってヤバめな人々であって、そのような人々から彼らが溺愛する愛車を盗むということはかなりのリスクを伴う。どうやってバイク盗んだんじゃい。マジで。適当な歌詞書きさくりまくりやがって、と非常に強く憤った。


 仁はバイクに詳しかった。高校生の兄ちゃんがいて、その兄ちゃんの原付バイクなんだけど、スクーターじゃなくてスポーツタイプのバイクにこっそり乗ったりしていた。俺も何度となく乗っていたからバイクの運転には問題はなかった。仁は衝撃的な事を言った。

「出来んのもあるし、全部が全部やないけど」

そう前置きをしてから言った。

「マイナスドライバーを鍵穴に突っ込む。おもっきしな。そんで強引に回す。したら」

「したら、エンジンかかるとか?」

俺は興奮気味に聞いた。

「いや、かからん。かからんけど電気系統が繋がる」

「繋がったら?」

そこで仁は初めて聞く言葉を口にした。

「押しがけってしたことある?」

押しがけ?何のことかさっぱり分からなかった。なので素直に、したことないと伝えると仁は続けた。

「クラッチ引くやろ、で、ギアをロウに入れる。したらバイクば押す。どんどん押してある程度スピードが出たとこでバイクにまたがる。で、クラッチを離せばガコンていうてエンジンがかかるけん」

「マジか」

「下り坂なら押すとき楽やぞ」

仁は最後にそう付け加えた。

 数日後、仁が言ったことをあやふやに思い出しながら陽が落ち始めた国道脇の歩道を歩いていると、市営グランドの駐輪場にヨンヒャクがあった。近くに人は居ない様子で、どうやらタイヤにもワイヤーなどのロックも見当たらない。これは仁が言っていた数種類のバイクの車種とも一致するバイクで、マフラーへと伸びる排気筒がエンジンの前でクロスしている人気車だった。

 夕陽もほぼ沈み、国道を走る車はライトを点けている。ヨンヒャクがある駐車場の街灯が数回点滅を繰り返したあとに点灯した。ヨンヒャクへと近付く。ハンドルを揺らすと、これにもロックは掛かっていない。勿論キーは刺さっていない。

 いつもそうだ。物事は大体急に始まる。ハンドルを握る。バイクを少し起こしてからスタンドを後ろへ軽く蹴り上げる。ゆっくりと押すとヨンヒャクの重みを身体で感じた。どうやらクラッチはニュートラルへ入っているみたいで、バイクは前へと進んだ。とりあえずグランドの反対側にある茂みを目指す。人の気配を気にしながらグランドを横目にじわじわと行った。もうそこは、国道を走る車の音よりも蜩の鳴き声の方が大きくなっていた。

「待て」

背後から野太い男の声がした。心臓がカチンといって、息が詰まりそうになる。走ってくる足音が近付いてくる。どうしよう、このままヨンヒャクを手放し逃げようか、それとも。考えが纏まらずに頭の中で堂々巡りをしていると、足音が直ぐ後ろまで来た。

「おそーい」

こどもの声だった。その後ろから息を切らしながら追いかけてくる足音がする。

「ナァちゃん待って、暗いから、危ないから」

ようやく何となく事態がつかめた時に女の子の声が背中にあった。

「わっ!」

この狭い遊歩道をバイクを押している俺に気付いたみたいだった。そこでようやく父親はナァちゃんに追いついた。

「ナァちゃん、ほら危ないからね手つないで」

父親がナァちゃんにそう言って顔を前に向けたところで俺と目が合った。俺は咄嗟に「こんばんわ」と言っていた。

「こんばんは、バイク、故障ですか?」

父親が聞いてきたけど、気の利いた返しが出来ないでいた。ナァちゃんは父親のお尻のうしろからこっちを見ていた。親子は近くに住んでいるのだろうか、父親が言った。

「それ、あそこに三日前からあったから」

遊歩道の街灯が俺たちを上から照らしていた。光の下で、赤と白のツートンカラーのヨンヒャクは思ったよりも古びていた。

「よく見ると若い人だ。学生さんかな?高校生?」

中学生の俺は軽く頷くことしか出来なかった。早く行ってくれと強く願った。

「家は近く?」「バイク大丈夫?」「親御さん心配してない?」

そんな事を続けて聞かれても、俺は「はい」と言うのが精一杯だった。

「ほらナァちゃん、お兄ちゃんにバイバイして」

父親に促されてナァちゃんが俺に手を振ってくれた。ようやくナァちゃんと父親は手をつないで小走っていった。

 重いヨンヒャクを押してグランドの反対側まで来た時にはクタクタになっていた。茂みのところには街灯は無い。近くの公衆便所の入り口と自動販売機のとこだけ光があった。放置してあったとはいえ、そのヨンヒャクを此処まで移動させたのだから、即ち盗んだということだ。日も暮れ、時間も大分遅くなり、家の事が気になったけど、盗んだバイクで走り出すというシチュエーションには、家出、怒り、理由なき反抗みたいなキーワードが欠かせないもので、かと言って俺は別に家出をしたいなんて思ったことは無い。無いのだけど、今夜の、この感じは実験の条件にピッタリだった。

 仁が言ったとおりに、思いっきりマイナスドライバーを鍵穴へ突き刺した。それから渾身の力を込めて右へ回す。強引にじりじりと。変な音がしてドライバーが九十度近く回った。


 水は少し冷たくて、全身が痛かった。茂みを抜けた先に噴水があって、その縁で俺は天を仰いでいた。ライトが割れてハンドルの曲がったヨンヒャクが熱を帯びたまま俺の近くで横たわっている。仁が言った手順で俺はバイクを押した。またがってクラッチを離すとガコンとエンジンがかかった。アクセルを捻ってギアを上げていくとどんどんスピードが乗って来る。闇を切り裂くように両脇に立つ木々の間を抜けていく。闇の先に光が見えたと思ったら急に視界が広くなり目の前に噴水が現れた。慌てて右手でブレーキを握ると前輪がロックして、そのまま噴水に激突した。結構な音がしたと思うけど誰もそのことに気付かなかったみたいだ。蜩はもう鳴き止んでいた。

 とりあえず、盗んだバイクで走り出すとこうなる事が分かった。実験終了。


                   〈了〉




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