残月へ/如月
残月へ
蒸し暑さが訪れる前に
朝早く眠ろうとした
揺れる青緑のカーテン
隣の家から聞こえるラジカセは時折
子どもの笑い声を聞かせる役割を果たす
僕たちはね逆向きに回る時計をもっている
そら君も時々壊れる時計をもっているだろ
それはね
秒を切る音が
鋭く摩擦を起こすからだよ
君は僕たちと繋がれる
繋がっている
時間が規則正しく歪む星
息が水紋になって焼ける星のことばが断続的に聞こえる
僕は朦朧と相槌を打つ
カーテン越しに話
時が戻ったように
初めましての誰かと
友達として話せるのがうれしくて
この星はそうだね
全て繋がっているわけではないけれど物は溢れているよ
そうだ
そっちへ行くときは
昔駄菓子屋さんで買った
紐のグミやニッキ飴を持っていこう
鉄塔のてっぺんから
デパート前のスクランブル交差点を眺めていた
そうして見ると人間の波も
生気の無いアナウンスも中々良いもので
でも未練がましさも程々に
そろそろ飛び立たないと
みんなとの約束の時間に間に合わない
それは駄目だ
最後のジングルが終わる前に
僕は山脈を振り返り
残月に助けを求めて手を伸ばす
仲間ならどうか港になってくれと
満ちる静電気が髪を揺らす
そうかこうやって時計は壊れていくのか
今日のところは辛くも僕は無事で
大樹は僕の指先に屈する
蝉の声が届かなくて良かった
既に僕は真っ黒な夢の中
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如月
洗濯物を取り込んだら
指先が梅の花の匂いになって
隣の家の白梅を見ていたら
何故だか急にソース焼きそばが食べたくなったので
買い物行こうと家を出たら夕靄
ペットボトルの風車がかたかた回るよ
蓋にぐにゃぐにゃの字で名前が書いてある
紅梅の隣の廃屋は壊されて数年たち
今はただひよどりが梅を落としてく
つい一週間前まで愛想の欠片も無かった癖に
いつになく優しく風が吹く
冬と春の線引きがわからないまま
身体が春に持っていかれた
輪郭の無い太陽もとろとろと眠そうだ
幾億の桜の蕾が見ている最後の夢たちをこわさないように
白いタンポポの涙を歌に乗せるように
5時のチャイムが鳴る