いちごジャムの日
社会人×大学生のふんわり異世界転移BL。
温いですがベーコンレタスですご注意下さい!
「ハルー!これ、余ったから持ってきた!」
「わぁ…余ったって量じゃなくないですか?」
にっこにこの笑顔で大きな樽を抱える青年、アキにハルと呼ばれた青年はその樽を覗き込んで首を傾げている。中にはツヤツヤに輝く大量のイチゴ。
「去年ハルが試しただろ?土壌改善。アレで今年は豊作なんだっていってた。」
「よく土が馴染みましたね…。これも異世界補正?」
「さぁ?でもま、みんな喜んでるしいいんじゃないか?」
ごとりと重い音を立てて置かれた樽にそれもそうか、とハルは思い直す。この丸々熟したイチゴの香りを嗅げばそんな些末な事など思考の彼方で、今日のおやつはイチゴのケーキだな。と既に心の涎が垂れてきているのだから。
「うーん、半分ジャムにしてもう半分はドライフルーツですかね…。」
これから寒くなってくる。村は基本自給自足で、今まで干し肉や乾燥野菜なんかで冬を越している村で甘味は貴重なのだ。今のうちに作りおいて、ばっちり美味しく頂きたい。そんな算段を立てているハルは自他共に認める食いしん坊だった。
「その、俺はこの後暇だから…、良かったら手伝うぞ?」
恐る恐るといった様子で申しでるアキに、バッとハルは勢いよく顔を上げる。その目はナイスタイミング!と言わんばかりに爛々と輝き、『絶対に逃がさねぇからな!』と男らしい意気込みでアキの手をガッシリ掴んだ。
「ほんと?!うれしい、ありがとう!」
「…ッぅ、おお!力仕事なら任せろッ!」
ハルが自分の手を握り上目遣いで微笑んでいる。ボッと音が聞こえそうなほど赤面するアキは、今この場に二人の関係性を知らない者がいても『ああ、そういう事ね。』と察せてしまう程わかり易い。一方でハルはアキが居れば何度も家の中と外の竈へ往復せずに済むし、なんなら明日筋肉痛に悩まされる事もないぞとご機嫌だ。
「じゃあこのイチゴ、洗い場まで運んでもらっていいですか?」
「ん、よっと。湧水んとこだよな?」
「はい、おねがいしますね。」
外の調理場の隣の洗い場へ運んでいくアキについて歩きつつ、ハルはまじまじとアキを…正確にはアキと自分を見比べて少々落ち込んでいた。…アキは男の自分から見ても羨ましい程良い男なのだ。見上げる身長差にがっしりと頼もしい身体つき。健康な身体と気配りも出来る優しい性格。極めつけに顔が良い。全てが対極にある自分とは雲泥の差である。
「…ハル?どうかしたか?」
イチゴを洗い場の水桶に入れ洗っている間もジッとハルに見られていたアキは騒ぐ胸中を押さえつけしばらくそのままでいたが、段々と険しい顔つきになってきたハルに何かしてしまったんだろうかと心配になる。
「アキさんがカッコイイなぁと思いまして。」
「ん゛ッ…、けほ。ええと、ありがとう?」
思ってもみない方向からの言葉にイチゴを握り潰しかけ慌てて手を開く。ニヤつきそうになる顔を全力で取り繕うがじんわり熱くなる頬はどうしようもない。
「ほら、私『もやし』じゃないですか。いくら食べて筋トレしても身にならないんですよね…。」
ぐぬぬ、と聞こえてくる呻き声になるほど、と得心がいく。ハルには申し訳ないが、ハルをひと言で表すなら『可愛い』だ。…いや、断じて惚れた弱みや色眼鏡ではない。この村でお世話になってから紆余曲折あったが、村の人達からもハルは可愛い子。と呼ばれている。言うと不機嫌になるので本人のいないところでだが。
ハルは俺の頭一つ分ほど小さいが、日本じゃそこまで小さいわけではなかった。ただ、この世界の平均が日本人より高かっただけで…。そして魔物が出る世界だからか、女は皆逞しく強かった。まぁ弱いと命に係わるから自然淘汰されて強い人だけが残った。みたいな世知辛い理由なのかもしれないけど。
…つまり、ハルはこの世界で小動物のような可愛らしさを手に入れてしまった。女と変わらない身長。大雑把な俺とは違う真面目で几帳面な性格。柔らかく人当たりの良い物腰。綺麗好きで毎日手入れしているという白い肌にツヤツヤの髪は風に吹かれると良い匂いまでする。現代日本で当たり前になっている『綺麗好きな清潔男子』はワイルドライフな異世界で完全に希少種だった。
「私もアキさんの様に男らしくありたいのですが…。」
「いや、ハルは今のままで十分男らしいぞ。」
「え、本当ですか。」
ぱぁっと華やいだハルの雰囲気に、うんうんと頷くとイチゴのヘタを取るスピードが段違いで上がった。嬉しそうなハルをチラ見しつつヘタ取り待ちのイチゴに手を付けて口へ放り込む。その甘酸っぱさにこの世界に来た時のことを思い出していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
何が切っ掛けだったのか、なにが悪かったのか俺達にはわからない。ただ、その日も俺はバスに乗りいつもの席に座っていた。会社めんどくせぇなとか、地球爆発しねぇかななんてありもしないことを考えて。毎日同じバスに乗っていれば顔見知りができる。名前なんて知らない、本当になんの関係もない『顔見知り』だ。気怠そうなOL、メイクに精を出す女子高生、本を読む大人しそうな大学生、眉間に皺を寄せて経済紙を読む男…。視線だけで見渡した車内にあくびを噛み殺していると突然のブレーキに額を打ち付け、星が散らばる視界と混ざり合う悲鳴。なにが起こったかわからないまま、暗転する視界。
薄らと聞える怒号に意識が浮かび上がり、次の瞬間には腹に鈍い痛みと衝撃が走って息が詰まった。競り上がる胃液に喉が焼け、咳き込む程唾液が床を汚していくが何なら涙も鼻水も出ていて気にしていられない。
「なんてことするんですか?!」
誰かが俺の背を擦っている。何者かから庇ってくれているのか、彼の威嚇するような声にますます状況がわからない。
「水です、飲めますか?」
四つん這いの俺に差し出されたそれはよく見るラベルの天然水で。胃液に焼ける喉にそれを流し込むと咳も幾分ましになった。顔を上げれば心配そうに眉根を下げて俺を見る男に胸がキュンと…いや、いやいやいや。この子確かバスにいた大学生くんか?
「ありがとう、ええと…?」
「金沢晴彦と申します。」
「あ、石川亮彦です。」
ふらつく足元にすかさず金沢君が肩を貸してくれる。礼をいいつつお互い自己紹介してしまう辺り日本人だなぁなんて、現実逃避だけどな。周りを見渡すとまず目に入ったのは横転して動きそうにないバスと鬱蒼と茂る森。そしてとんでもない目つきで睨んできている男…は、経済紙読んでいたおっさんだな。その隣にいるのは気怠そうにしていたOLと女子高生。
「全くいつまで寝ているんだこの非常事態にッ!」
「まぁまぁ、落ちつきましょ?」
「はぁ?携帯繋がらないんだけど。マジゴミ。」
憤るおっさんを宥めるOLと我関せずでもその二人側に立つ女子高生で、なんとなく勢力というか…俺と金沢君チームとあっちチームに分けられている気がする。
「石川さんは頭を打っているんですよ?声をかけるならまだしも蹴るなんて…、」
「声をかけても起きなかっただろッ!起こしてやったんだからありがたく思え!大体頭を打ったからなんだ!オレが若い頃は…」
「流石ですぅ~宇都宮さんって昔から素敵だったんですね♡」
なるほど、俺を蹴ったのはおっさんか。苦言を表する金沢君に自分の苦労譚を語りだしたおっさんと、それにしな垂れかかりつつ持ち上げているOL。あれはどういう…?言っていい物か悩むがこのメンツで唯一まともであろう金沢君に小声で話しかけると、言い辛そうな顔で思いがけない返事が来た。
「私もよくわからないんですが…、どうやら私達は『異世界転移』というものをしているらしく、宇都宮さんは『勇者』なのだそうです。」
「…はぁ?」
「なんだその反応は!!…ああ、オレが勇者でお前等はゴミだからな。羨ましいのだろう。」
ふふん、とドヤ顔で胸を張るおっさんは胸より腹が前に出ている所為でつい視線がそっちへ行ってしまう。というか、おっさん50代に見えるんだが自称勇者って…。憐れみそうになる視線を慌てて逸らすと、今度はその先にいた女子高生に睨みつけられた。
「何見てんの?キモッ。」
「…尼崎さんは『聖女』で佐々木さんが『大魔導師』だそうです。」
尼崎と呼ばれた女子高生は、金沢君に舌打ちすると勝手に呼んでんじゃねーよモブ。と吐き捨ててきた。…なんなんだこいつら。異世界転移とか勇者とかそう言うのは端に置いておくとして、人として倫理観が無いのか?それとも異世界転移ってのがこいつらの言動を大きくしているんだろうか。
「おら、オレ達のステータスは教えたんだからお前らも教えろ。まぁ大したもんじゃないだろうが、序盤は協力して街を目指すのがセオリーだからな。」
「宇都宮さんって物知りなんですねぇ♡」
繰り広げられる茶番になんとも言えない顔になる。隣の金沢君も困り顔のまま視線だけ俺に向けているんだが、俺の方が背がある分金沢君が上目になっていて可愛…んん゛ッ…いや、何でもない。
そもそもステータスってなんだ。試しに小声で呟くと、目の前にVRの様な画面が出てきた。肩が跳ねたが自分に酔っているおっさんやゴマ擦りOLは気付いていないようだ。名前や年齢身長の他に今までとった資格や趣味が反映されているのかSTRなんかが書かれている。
「…村人。」
「は?」
「俺の職業だろ?村人だ。」
眼を点にして間抜けな顔を晒しているおっさんに、ステータスを読みながら話している風を装う。それが演技だと気が付いたのかはわからないが、訝し気なおっさんに間髪入れず
「私は農民のようです。」
金沢君が被せると、途端におっさんが大笑いしだした。…わかり易い奴だな。バカにしたように見下して笑うおっさんに辟易する。そんなものから目を逸らしてチラ見した金沢君は意を決したような真剣な顔をしていた。
「私は、お三方の様な特別な職業ではないようです。このまま一緒に行っても足手纏いになってしまいますから、近くの村か街に身を寄せようかと思います。」
「ふん、どうやら立場は弁えてるようだな。そこまで言うなら荷物持ちとして連れて行ってやるぞ?」
「すみませんが私は見た通り非力で…、ごく潰しになってしまいます。」
下手にでて話し出した金沢君になるほどそう来るのかと感心した。しかし君だけこいつらから離れるのはずるいぞ。俺も君と一緒に、いや、一人別行動は危ないからな。うん。下心じゃないぞ。
「俺も金沢君と残ろう。村人と農民でも、まぁ近くまでなら一人よりマシだしな。あんた等は大きい街とかで…あー、王様に在ったりとか?あるだろ?三人じゃ夜とか大変かもしれんが、俺達の分まで頑張ってくれ。」
内心金沢君に断られたらどうしようと焦って適当な事を言ってしまったが、彼も俺を心配してくれているのか視線が合って微笑まれた。………はッ、息が止まっていた。硬直してしまった俺を見て不思議そうに首を傾げている金沢君が可愛い。うん、もう降参しよう。金沢君めっちゃタイプなんだがどうしたらいいんだこれは。
「…そうだな、確かにこんなところでいつまでも時間を浪費している場合ではない。時は金なり、だ。お前達には悪いが死にはせんだろ。」
おっさんは俺の言葉で若い女二人に自分だけのハーレムパーティーになると気が付いたのか、荒くなる鼻息を無理矢理抑え込んで鼻の穴が広がっていて相当気持ち悪い。が、どうでもいい。それより金沢君ってノーマルだよな…どうアプローチするべきだろうか。元の世界では無意味だがこの異世界転移とか意味の分からん状況は使える。なんせ二人だけ(正しくは五人だがあいつらは知らん。)の共通点というのはどんな関係性でも強固な絆になり易い。信頼関係を築いて情でも移ってくれたらワンチャンいけるんじゃないか?
「ええ、ではお気をつけて。勇者様ご一行の旅の安全を祈っています。」
「おお、お前等も達者で暮らせよ。」
俺が欲まみれの汚い算段を立てている間に話は終わったらしく、金沢君はおっさん達に手を振りながら別れを告げていた。
「…話を、合わせてくだってありがとうございます。」
「いやいや、俺の方こそありがとう。庇ってくれたのも、水も。」
そう言えば、キョトンとした後にどういたしまして。とはにかんで…ぁ゛あ゛あ゛可愛いッ!おもわず叫び出しそうになるのを寸出で止める。少し癖のある黒髪はツヤツヤだしシンプルで清潔感ある服装もよく似合っている。白い肌に頬と唇は桜色でぷるぷるなんて少女漫画かアイドルかよッ!はぁあキスしてぇ…。
「お腹、大丈夫ですか?アザになっていないと良いんですが…。」
しかも気遣いできる良い子なんだよなぁ。おっさん共との差で余計にしみるぜ…。痛みはないが心配してくれる金沢君に悪いので、確認のためにスーツを寛げてシャツを捲ってみると俺の腹をみた金沢君から「うわっ」と声が上がった。
「え、俺から見るとわからないけど…アザになってる?」
「あっ、す、すみません!大丈夫ですよ。少し赤いくらいでなんともなさそうです。」
自分の腹を撫でたり軽く押したりして確認していると、金沢君からOKが出たが…。え、じゃあ今のうわってなに?俺の腹にたいして?へ、返答によっては傷付くんですが。
ついじっと金沢君を見つめるとそれに気がついた金沢君の視線がうろうろと泳いで…、観念したようにすみません、と呟かれた。いやいや、怒ってはないよ?
「う、羨ましくて…。」
「羨ましい?」
「私、鍛えても石川さんのように筋肉がつかないので、『うわっすごい!』って思ってつい声に出てしまって…すみません。」
恥ずかしそうに目を伏せて頬を染めている金沢君、プライスレス。えっ、えっ、これはもしかして好印象?ッよくやった過去の俺!ストレス解消のジム通いがこんなところで役に立つとは!
「そ、そっか!謝らなくて良いよ全然!むしろありがとうというか…んん゛ッ…えっと、とりあえずさ、街、探しに行く?」
「ふふ、…そうですね、日が暮れる前に見つけられると良いのですが。」
しどろもどろな俺に笑って少し心配そうに空を見る金沢君に、朗報です。
「実は俺の職業、村人じゃないんだ。」
「あ、やっぱりですか。私も農民ではないんです。」
ニヤリと悪い顔をして見せると、スン、と澄ました顔で金沢君も悪ノリしてくれた。そんな顔も可愛い。
「で、持ち物リスト?の中にMAPがある。」
「職業によって違うんですかね?」
お互いの持ち物を確認したところ、数日分の食料と調味料・ナイフにカトラリーなど一人登山キットの様なラインナップだった。
「応急処置なんかの道具がないな…、怪我には気を付けるに越したことはないが…。」
薬や絆創膏などの治療関係がないのはなかなか痛い。ここが異世界ではなくても、小さな怪我で命を落とす危険は変わらない。幸いにも金沢君はパーカーにジーンズとスニーカーだから森を歩いていても問題ないし、俺はスーツに革靴だから運動には向いていないが防寒と虫に食われないという意味では問題ないと言えるだろう。
「…ッあの、石川さん。」
「ん?ああ、大丈夫だよ金沢君。何かあっても、君を守るからね。」
思い悩んでいるかのような雰囲気の金沢君を安心させたくて、ちょっと格好をつけてしまったけど…まぁこの位許される…よな?好きな子の前では恰好付けたいモノなんだよッ!誰ともなく言い訳しつつもやっぱり少し恥ずかしくなって笑ってしまったが、金沢君は何故かキラキラした目で俺を見上げていた。…え、なに可愛い。天使?天使なの?
「石川さん、私は『治癒師』なんです。」
「え?」
「ステータスに書かれていました。恐らく、怪我などを治す職業なんだと思います。」
「えっいや、その…言ってよかったのか?」
さっきはおっさん達から離れる為に嘘をついたが、それはあのおっさん達に人としてのあれこれが足りていなかったからだ。だから嘘も方便というか…。馬鹿正直に言って利用されるのを防ぐため、自己防衛みたいなものだ。そしてそれは、俺に対してだって有効だろう。まだ名前しか知らない、出会いはまぁ顔見知りとしてそこそこ経っていたが会話したのは二時間程度だ。正直、金沢君から見て俺が善人だとは限らない。あ、金沢君は善人だぞ当たり前だろ天使越して神だわ。困惑する俺に金沢君はむしろ嬉しそうに破顔して…
「はい。私は石川さんは信頼できる方だと、そう感じました。なので、知ってほしかったんです。」
一瞬何を言われたかわらず、告げられた言葉を反芻して呑み込んだ瞬間、ギュンッと俺の心臓が金沢君の愛らしさに握り潰される音がした。
「ッお、俺は『拳闘士』だった。恐らくジムでボクシングをやっていたからだと思うんだが…。」
嬉しい、金沢君の信頼に答えたい!そんな気持ちが暴走しかけたがともかく同じだけ、金沢君の渡してくれた信頼に答えねばと自分の職業を告げると、また嬉しそうに笑ってくれてグゥ…ッと喉が鳴る。じわじわと頬に熱が集まっているのがわかる。
「まだやり方はわかりませんが、石川さんの怪我は私が治してみせます。」
強い意志を感じる瞳が俺を映して、さっきとは違う意味でときめいてしまった。金沢君、可愛い上にカッコイイなんて欲張りじゃないかッ?!
「…俺は、金沢君が怪我をしないように護るから。」
金沢君の男らしさにクラッと来てしまったがこれだけは譲れない。絶対護る。護って護ってあわよくば恋人の座に納まりたい。そんな邪心をおくびにも出さず真剣な顔で言い切った。
「はい、ありがとうございます。これからよろしくお願いしますね。」
金沢君の白くてすべすべの手が俺の手を握って…小首を傾げて笑う金沢君が愛しすぎてスンッと魂が極楽に逝きかけた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アキさん、どうかしましたか?」
「んぉッ!?いや、すまんちょっとぼーっとしてた!」
いつの間にか至近距離にあるハルの顔に心臓が止まりかけてアキは現実に引き戻された。アキの適当な言い分にもそうですか?と笑いながらハルはぐつぐつと沸騰し続ける鍋を根気よく煮詰めている。
あの後、着いた街で冒険者になったり魔物と出会って異世界を実感したり…、まぁいろいろあったのだが割愛しよう。アキにとって何より重要なのは、ハルがこの一年半で『石川さん』ではなく『アキさん』と愛称で呼んでくれている事なのだ。自分もそれに合わせ『ハル』と呼び捨てにしているのだからこれはもうほぼ恋人では?!しかも成り行きとはいえ一つ屋根の下で同棲までしているのだから、アキはこの村での暮らしを最高に気に入っていた。異世界万歳である。
「そろそろいいかな…、今日の昼食、昨日焼いたパンと出来立てジャムなんてどうですか?」
「お、美味そう。って言うか絶対旨いな!ハルの作ったもんは全部旨い。」
旅が始まって直ぐ知ったことだがハルはとても器用だった。なんでも自分で出来るに越したことはないと、幼い頃から両親に生活力を鍛えられていたらしい。お陰でアキは好きな人の手作りご飯が毎日食べられるのだからご両親様様である。
「ふふ、アキさんはいつも大げさですね。」
それでもまんざらでもないのか照れ笑いするハルに、アキは思わず両手を合わせて拝むのだった。今日も可愛いハルをありがとうございますと。
話しながらも手際よく薄焼きパンを温めなおしミントを刻む。何をするのか邪魔にならないように見ていると、去年作っていたラズベリーやブルーベリーのジャムに今回のイチゴジャムを混ぜてミックスベリーにしていた。それに刻んだミントやハーブを混ぜて温めたパンに乗せている。
「はい、召し上がれ。」
「いただきます。」
木皿に乗せられた熱々パンに輝くジャム。隣にはアキが仕留めてハルが作ったグォッグのベーコンと生みたてコッコの目玉焼き。毎日丹精込めて育てている野菜はみずみずしく甘いサラダになっている。一口齧ればザクッと軽快な歯ごたえと熱々のジャムが舌を焼くが、甘酸っぱさとミントの爽やかさがたまらない。ハーブの余韻にまたもう一口と食べたくなるうまさだ。
「はぁあ…うま…。」
「それは良かった。」
ジャムの甘みと酸味のバランスが程好く、合いの手のベーコンの塩気に舌鼓を打つ。目玉焼きはアキの好みに合わせて半熟のそれをサラダに乗せて割れば、緑に映えるオレンジ色が食欲を刺激する。
「ハルは良い嫁になるなぁ。毎日飯が旨くて幸せ。」
昨晩はアキの〆たピッグバードでのポットパイだった。おしゃれなカフェでしか食べられないと思っていたのに家で作れるもんなんだな…。と感心しきりだった。アレうまかったなぁ…肉がホロホロで口の中で溶けるのに濃厚なデミグラスソースとバター香るパイがすさまじく合うんだ…また作ってくれないかな。とアキが思いを馳せていると、
「お嫁さんですか…貰ってくれる方がいますかねぇ。」
「いるいるいくらでもいるって。」
席に着き笑いながら自分の分を食べるハルに、アキは何度もうなずいた。こんなに可愛くて優しくて美味い飯を作るのだから引く手あまただろう。ただし俺が全部排除するけどな。と、冗談に乗って来たハルに笑い返しつつ腹の中でごちた。街に着いてすぐ、世界情勢や文化水準を調べた。その時に知ったのだが、この世界なんと同性婚が当たり前だった。いや、当たり前というと語弊があるのだが結婚は男と男、女と女、男と女という選択肢だった。つまりハルをそういった目で見ることも普通で、なんならハルは何度かナンパされたりしているのだ。そんなハルを馬の骨共の嫁になど出して堪るか。アキは自分の中のドロドロとした部分を薬草酒と一緒に飲み下した。
「そうですか?私、自慢じゃないですが今までモテた試しがないんですよね。」
「そ、そうなのか?」
ハルの口から語られる非モテエピソードに、つい心が狂喜乱舞する。この世界での出会いはアキが徹底的に排除していた。つまり、ハルは『すべてはじめて』だということに他ならない。なんだこの世界は俺を幸せにするために存在するのか?などと馬鹿げた思考回路になるのも致し方なかった。
「でも、ハルなら絶対良い相手がみつかるさ!」
浮かれポンチ気味になって、アキはばくりと残りのパンを頬張った。甘酸っぱさがまるで今の自分みたいだな。なんてポエミーなことを考えていると、
「…じゃあ、売れ残ったら責任とってくださいね。」
「うんうんとると…、………えっ?」
さらっと言われた言葉が頭に響いて息が止まった。見れば恥ずかしそうに目を伏せたハルが、ところなさげに視線を泳がせて、
「…約束ですよ。」
頬を染めたままへにゃりと困ったように笑った。バチバチと視界に星が瞬く。耳に心臓がついているかのようにうるさく響く。瞬間、アキは何もかもすっ飛ばして
「ーーーッ結婚してください!!」
口の端にジャムをつけたまま、大声で叫んでいた。