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北の国への逃亡劇


後ろから、騎士達が追ってくるのが見える。


「ノエル!」


「私は北の国の勇者よ! 東の国に属している人間じゃない! それに、北の国の宝でもあるんだから。私を殺したら、北の国が黙っていないわ。だから大丈夫」


俺とノエルは、騎士団をまくために、森の中へと入っていく。

足元の草や蔓に、足元が掬われそうになる。武器もないから、邪魔な蔓を切って進む、なんてことはできない。


茨の道を進むかのように、草蔓に絡め取られて、全身を傷付けながらも、俺とノエルは森の中を進んでいく。


気付けば、追手の姿は見えなくなっていて。

この場にいるのは、俺とノエルだけになっていた。


「クロエ、大丈夫?」


「うん、大丈夫……だけど、ノエルは?」


「私は大丈夫。……にしても、まさか東の国があんなこと言い出すなんてね……」


俺の過去の罪を引っ張り出してきて、勇者の最後の仕事として、王命を下す。

まさか、そんなことになるとは、俺も思っていなかった。けど、もしかしたら…。


「最初から、そのつもりだったのかも。アンジェが俺をパーティに誘ったのが、俺の死刑を知っていて、それを回避するために、少しでも俺の罪が軽くなるように、魔王討伐の功績を与えようとした結果のものだったって、そう考えれば、納得できるし」


「あの子がそんな器用なことできるとは思わないけどね。そもそも、クロエが処刑されるって話が出た時も1番驚いてたのあの子だったし」


そうなのか。

なら、アンジェの知らない間に、裏で進んでいた話なのかもしれない。


「……まあ、ともかく。とりあえず、これからどうするか、よねぇ」


東の国に滞在するのは、もう難しいだろう。俺の顔は知られているし、おそらく指名手配扱いだ。


「……いっそ、捕まって処刑された方が、良いのかもしれないね」


「……は……?」


「結局、もう東の国にはいれないわけだし…。それに、俺が大量殺人を犯したのも事実なんだから。だから……」


「……勇者パーティの皆がどう思うかとか、そういうこと考えたことないの? ……優斗だって、クロエのこと……想ってくれてるし…」


………勇者パーティの皆が俺を受け入れてくれた時、確かに嬉しかった。

けど、勇者パーティはもう、終わりなんだ。皆はそれぞれの道を進む。優斗だって、世界のために動かなくちゃいけない。だから……。


「………魔族と人間の諍いがなくなって、大量に貴族を暗殺した俺が処刑されて……そうすれば、本当に平和が訪れる。俺が逃げ回って、指名手配になってるうちは……きっと国民は、怯えて過ごすことになると思う」


「……どうしてそんなに卑屈になるかなーもう! いいじゃん、この世界で生きていきたいって、皆と一緒にいたいって、そう思ったんでしょ!? だったらそれでいいじゃん。何で国の言うことを聞く必要があるの? ………はぁ、とにかく、ほとぼりが覚めるまで、北の国に避難するけど、いい?」


「ごめん。ちょっとネガティブになりすぎてたかも。……うん、とりあえず、北の国に避難しよう」


北の国に避難して、そこで暮らして……。それで、どうするんだろうか。多分、お尋ね者になった俺は、二度と勇者パーティとは会えない。

東の国での生活なんて、不可能だろう。追手に怯えながら、北の国で慎ましく暮らす、ことになるんだろう。


ノエルとは関わりを持てるし、そんなに悪い暮らしじゃない。わかっている、わかっているんだけど。でも、やっぱり……。

……俺は思ったよりも、勇者パーティに思い入れがあったらしい。最初は強引にアンジェに引き込まれ、なし崩し的に属しただけだった。でも、マコやセリカと仲良くなって、カカエねえさんやエレナさんと出会って、アンジェや優斗に、一緒に背負ってもらって……。


俺は勇者パーティでたくさんのものを貰った。

日常の思い出も、一緒に戦った記憶も、たくさん。


だから、その日々がもう送れないのだと考えると、正直寂しい気持ちもある。

けど、東の国で暮らせない以上は、どうしようもない。


「そんなに心配しないでよ。私これでも結構稼いでるし、クロエ1人養うくらいなんてことないし。ま、その代わり私の作品のネタになってもらうけどね~」


「うん、そうだね、ありがとう……」


本当に、ノエルには申し訳ない。俺には何も返せないのに、こんなにも気にかけてもらって。迷惑をかけてしまった。


「……作品って何のことか分かってる? メス堕ち本だよ? いやー! 元暗殺者のTS娘メス堕ち本とか売れるだろうなー!」


それでノエルの稼ぎになるのなら、全然良い。これだけ迷惑をかけてるんだから、それくらいはしないと。


「そうだね。たくさん稼げるといいね」


「……ねえ、クロエ。大丈夫?」


「うん、平気。大丈夫。大丈夫……」


俺はノエルに支えられながら、北の国へと向かう。俺の顔等が周知されている可能性も考慮して、ローブを着用し、顔を隠しながら移動する。途中、馬車を見つけたので、ノエルが北の勇者としての顔パスを利用して乗せてもらうことになった。そうして、どうにかして北の国にたどり着いたのだが、俺達が訪れたのは、北の国の中でも田舎の部類のドルーコ村だった。


「懐かしいな……」


かつて皆で村に訪れた時のことを思い出す。確か、あの時マコのことを泣かせてしまったんだっけ。

……あの時のマコには申し訳ないことをしたな。

それに、村中が脳みそ筋肉になっていた時は困惑したものだ。普段筋トレとか一切しないエレナさんが、ダンベルをもって近づいてきたりしてきたときは、驚愕してしまった。まあ、筋力自体は向上しているわけじゃなさそうだったけど。


「ちょうどそこに宿があるし、一旦はそこで泊まりましょうか」


そうしてノエルが指さした宿は、かつて勇者パーティで宿泊していた宿屋だった。マコが破壊してしまった建物は、既に綺麗に修復されていた。その宿屋を見て、改めて、今俺の隣には勇者パーティの皆がいないんだなと実感する。


ノエルは、宿屋に入って、そこの宿主に二人分の宿泊料金を支払っているところだった。


「……ノエル、何から何までありがとう」


「別に。まあ、その代わり本のモデルにはさせてもらうからね~」


ノエルは明るい口調で言う。今の俺は、ノエルに世話になっている状態だ。もしノエルが俺を元ネタにして本を出版したいと思っているのであれば、しても構わないと考えている。


まあ、おそらく今のノエルは、なるべく俺が暗い気持ちにならないように、明るく冗談を言っているだけなんだろうけどね。


そうして、俺とノエルは借りた部屋に入る。周囲の目がなくなったことで肩の力が抜けたのか、ノエルはベッドに倒れこみ、脱力しきっていた。


「とりあえず、しばらくは私の貯金を切り崩しながら、各地を転々として逃げるのがよさそうね。東の国が北の国にクロエのことを告げる可能性が、ないわけじゃないし」


「どういうこと? 東の国の犯罪者に、どうして北の国が……」


「クロエは国王や勇者を暗殺しようとした逆賊って扱いにされてたでしょ? 国王はともかく、東の国の勇者を殺害するってことは、それだけで世界に対する反逆と受け取られかねない。その意味は分かる?」


「あ……」


そうか。東の国の勇者である優斗は、魔族との和平を実現するために、ある約束を交わしていた。

それは、人類側が約束を反故にし、魔族へ戦争をしかけるような凶行に及びる場合は、自分が全ての人類を殺害する、と。


つまり、勇者が人間と魔族の平和実現のために、抑止力として機能しようとしたわけだ。

そして、そんな抑止力たる勇者を殺害することは、人間と魔族の和平を崩壊させようとしている、と取られてもおかしくはない。


「つまり、クロエは世界の敵になっちゃうってことよ。東の国だけじゃなく、北の国、南の国、西の国。そして、魔族達の、ね」


「世界が、敵に……」


恐ろしい事実に、俺は頭を抱えてしまう。


「ひどい冤罪だけど、運悪くクロエには元暗殺者って経歴もあったわ。国民もそれを知っているでしょうし、クロエが逆賊であるって国王が話せば、大半の民は信じてしまうんじゃないかな」


勇者どころか、もう誰も殺すつもりなんてないのに。

でも、世間はそうは思ってくれないらしい。


大量の貴族を暗殺した、極悪非道な犯罪者。


事情を知らない者は皆、俺のことをそう評価するだろう。

誰もが敵視する、凶悪犯罪者、それが、今の俺だ。


「もう、普通の生活には……」


「……。大丈夫よ。きっと優斗達がなんとかするだろうし。それに、助っ人なら呼んであるから」


「助っ人?」


「そう。私がクロエを連れ出したことはバレてるだろうし、東の国が他国と連携を取ってくる可能性が否定できない以上、北の国でもクロエが安心して暮らすことはできないわ。だから、クロエにはもっと遠くへ逃げてもらおうと思って」


確かに、ノエルが俺を連れ出すところは、大勢に見られている。そのため、北の国に逃げ込むことは、向こうも想像していることだろう。

ともすれば、北の国内で逃げ続けることは不可能、か。となれば……。


「南の国とかに、逃げればいいかな?」


「いーえ、逃げるのは……」


ノエルが口を開こうとした、その時だった。コンコンと、扉がノックされる音が鳴る。

俺は追手かもしれないと思い、なるべく息を潜める。そんな俺を尻目に、ノエルは扉の向こうの様子を伺う。


「いいよ、入って」


すると、ノエルはあろうことか、扉の前にいた人物を部屋へと招き入れてしまった。


「ノエル、ちょっとまっ……」


「大丈夫だから」


俺は焦ってローブを深く着込む。が、次の瞬間には、聞きなじみのある声が聞こえてきて……。


「クロエ……」


そこにいたのは。


「アル、ト……?」


西の国の勇者、アルトだった。

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