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和平条約


魔王と勇者が邂逅する。


魔王は大柄な男で、頭には闘牛を彷彿とさせる勇ましい2対の角を生やし、やたらと筋肉質な両の足を慎みもなくおっ広げて玉座に佇んでいた。


傍には、四天王の一角を担う竜種のキングドラゴンが控えていた。


「余に和平を持ちかけよう、という話だったな、勇者殿」


魔王は悠然と、勇者である優斗に問いかける。

その視線は冷ややかであるようにも思え、同時に彼が心中で何を考えているのか察することができないものとなっていた。


「そうです。俺達は、いえ、私達は、これ以上、人類も魔族も、争いによって血を流さないために、お互いに和平を結び、手を取り合い、共に歩んでいくことを希望しています」


「それが余に何のメリットをもたらす? 魔族の繁栄のために、余は最善を尽くしてきた。人間は醜い。人種で差別し、ひとたび所属する国家が違えばそれだけで争いを始める。信用に足りん。我ら魔族は、国家を違えようと、種族が異なろうと、強いものが代表となり、それらを一つに束ね、共に歩んできた。人類にそれはできまい」


「そうでしょうか? 現に今、人類は国家同士で結託し、協力して魔族と戦っています。今ここに、東の勇者、西の勇者、北の勇者が揃っていることが、その答えです」


「それも所詮、魔族という共通の敵を得ているからというものだ。人類に結託などあり得ん。余がそなたと和平を結び、人類と魔族の争いをなくしたとて、人類はまた新たな敵を見出し、対立するだろう。そこに我々魔族を巻き込んで、な」


「発言の許可を頂いてもよろしいでしょうか?」


勇者と魔族の問答に、少し遅れてこの場にやってきていたアンジェが、手を挙げ訴える。


「許可しよう。存分に主張するといい」


「発言の許可をいただき、ありがとうございます。改めまして、私は東の国の王女、アンジェ=エマニュエルと申します」


「ほう、その年でこの場にやってくるとは、中々肝のすわった娘だな。よい、続けよ」


「ありがとうございます。我々、人類と魔族はこれまで、互いに傷つけ合い、殺し合い、多くの犠牲を支払ってきました。戦死者数も、それに伴い相当数存在すると思います」


「ほう、それで?」


「和平を結べば、これ以上の戦死者は減らせるでしょう。人間は争いをやめることはないと、そうお思いかもしれません。ですが、そうであったとしても、今ここで和平を結んだ場合と、結ばなかった場合では、争いの規模はきっと、後者の方が大きいでしょう」


魔王は顎に手を当てて暫く思案する。

その時間は、わずか数秒であったかもしれないし、数分かかっていたかもしれない。

少なくとも、この場にいる全員が、時間という感覚を忘れてしまうほどに、魔王の一挙手一投足に注視していたのは確かだった。


「仮に和平を結んだとしよう。しかし、それを誰が保障してくれる? 人間が裏切らないとは限らない。今まであれだけ争ってきたのだ、今更、お互いに平和に行こうなどとは、そう都合よく事が運ぶとは思えんが」


「父上。それは、私が証明する」


「何?」


魔王の言葉に対して、魔王の娘である、マコが反応を示す。

彼女は確固たる意志を持って、今この場に立っていた。

魔王の娘として、マコなりに責任を感じているのだろう。

彼女は、その背に人族と魔族の将来をしっかりと抱えるつもりで、今魔王と対峙している。


「私が人間界に忍び込んでから、たくさんの人間に出会ってきた。中には、幼い少女を誘拐し、政界を操作するため、暗殺者という駒として育て上げる下衆も存在する。美しい衣服でうら若き乙女を誘惑し、衣類の魅力でそのまま街に定住させようと企む狡猾な都市も存在する。けど、私は出会った。勇者パーティと、そして、誰よりも信頼できる大切な人と」


「それが何になる?」


「……父上、魔族と人類の間には、和平を結べたとしても、いまだに遺恨が残る状態であることは我も承知している。和平をよく思わない人類が、我々を裏切る可能性があるということも。けど、ここは信じて欲しい。私の仲間と、大切な人達を」


「…………」


娘の抗議に、魔王の中で何か思うところはあったらしい。

魔王は再び思案している。その巨体を動かすことをせずに、じっくりと。


「……魔王、腹を割って話すよ。俺はもう、これ以上誰かを殺したくはない。魔族を斬る感触には、もう嫌気がさしている。………だから、和平を結びたい。けど、どうしても人類が信用できないんだとしたら、マコのことを信じてやってくれないか? もし、人類の国の王が、魔族を裏切って愚かな決断をするようなら、その時は、俺が勇者として、人類を滅ぼす」


「優斗、それは!」


「お前、何言って!?」


「それが俺の覚悟だ。契約書にはその旨の記載もするつもりだ。それで、各国の王に牽制をかける」


「……なら、私も、東の国の王女として、我が国、いえ、人類が持つ4つの国のいずれかが、愚かな選択を下してしまった時は、首を差し出しましょう」


「……………分かっているのか、勇者殿よ。その選択は、お主の身を危険に晒すことになるかもしれないのだぞ?」


勇者が人類を滅ぼすと宣言する。この時点で、人類にとって勇者が“自分達を守護し、悪を滅する英雄”ではなく、“核兵器のような抑止力”になることは明らかだ。

しかし、勇者はどこまで行っても人間であることには変わりはない。

人間であれば、必ず死は訪れる。


抑止力として働くのは、一時的なものでしかないし、魔族領を攻めたい貴族達からすれば、勇者は目障りな存在となるだろう。当然、勇者に刺客を送り込み、抹殺を試みるはずだ。


だが……。


「大丈夫ですよ。俺は仲間達を信じてる。それに、人類を滅ぼすなんて豪語してるくらいだ。そんな簡単にやられるつもりはないさ」


真っ直ぐな目で、優斗は答える。

その瞳を受け、魔王は……。


「……分かった。小さき王女と、勇敢なる英雄の覚悟。そして、我が娘の懇願。これらを受けて、何もしない愚王でいるわけにはいかん。和平の話、承った。だがしかし、一つ条件がある」


「条件、とは……?」


「魔族側が人類を裏切るようであれば、その時は、余が魔族を滅ぼすとしよう。お互いの、平和のために、な」


かくして、長きにわたる人族と魔族の争いは、勇者および王女と、魔王およびその娘との和平条約によって、終結することとなる。






だが。












「連絡が来た。ふむふむ、どうやら、勇者と魔王が和平を結んだらしい。けど、これ、どうしようかね〜。勇者自身が抑止力となってしまった以上、勇者君達を現世に帰す事が難しくなってしまった。かといって、これ以上他の世界の魂をこの世界に留めておくことは難しい。さて、どうしましょうかね王様」


長髪の男はポツポツと語る。男の近くには、玉座に座り込むアンジェの兄にして東の国の王であるランド=エマニュエルの姿があった。


「うむ! では召喚士どのよ、どうすればいいのだ?」


「まあ、無理矢理元の世界におかえりいただくか、死んでいただくか、といったところですね。ただ、平和のために抑止力は必要でしょうから……そうですね〜」


「おい、どうすれば良いのだ!?」


「2人ほど、この世界からは去ってもらうことになります」


本来なら1人でいいんですけど、どうも今回はそうはいかないみたいです、なんて、独り言のようにこぼしながら、長髪の男は淡々と語る。


魔族と人類の和平は成立した。

だが、異界の魂がこの世界に留まるための時間は、そう長くはなかった。


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