IN MAOJO
「セツナ、アンジェを放して」
「どうして? そんなにこの子が大事なの? ねえクロエちゃん……私より、この子の方が大事なの?」
セツナを刺激しすぎないようにしないと。アンジェが危ない。だから、俺はなるべく穏やかな声で、セツナと対話する。
「セツナより大事とか、大事じゃないとか、そういう話じゃない。私にとっては、セツナもアンジェも大切な友達だから」
「………セツナ………ちゃん……どうして……私達、一緒に………」
「……っ…私は、気に食わない。私は、お前が嫌いだ。私とクロエちゃんの仲を引き裂いた女狐が! 私からクロエちゃんを奪って、私の、私のクロエちゃんを!!!!」
まずい、セツナがどんどんヒートアップしてきている……。
今のセツナは、俺へ異様なほど執着している。俺に対する独占欲が、凄まじいことになっている。だから、俺とアンジェが変に仲良くすると、セツナはそれに嫉妬して、感情が制御できなくなってしまうのだろう。
なら…………。
俺は手でアンジェに魔法を使うように提案する。今のセツナは激昂していて俺の手元にまで注目していないし、アンジェが魔法を行使しようとも、それを認識することができないだろう。
俺のジェスチャーに、アンジェは少しだけ頭を動かして、コクリと頷く。
どうやら伝わってくれたらしい。
となれば、とにかく今はセツナの気を逸らして、アンジェを解放させることを優先しよう。
「セツナ、どうしてここに? てっきり南の国に滞在してるものだと……」
「……酷いよ、クロエちゃん。私はさ、凄く心細かったんだよ? 見知らぬ土地で、信用のできない南の勇者とかいう胡散臭い奴のところに預けられて……。本当に、寂しくて、辛くて、胸が苦しくて………」
「ごめん。けど、今のセツナには、そうするしかなくて……」
「どうして? なんで私から離れようとするの? 昔はあんなに一緒だったのに。私は、クロエちゃんのところへ行くために、枷も外して、魔族の仲間を見捨ててまでこっちにやってきたのに。やっぱり、勇者パーティが悪いのかな? ああそうだ。首輪でもつけよっか? そしたらクロエちゃん、私から離れられなくなるでしょ?」
……完全にヤンデレ化している……。暗殺者時代の記憶がないのに、暗殺者時代に培った価値観や感覚が残っているせいで、俺への依存指数がとんでもないことになっているんだろう。
流石に首輪をつけられるのは困る。メス堕ちしろとか言ってくるノエルよりも困る。
……いやノエルもノエルで大概だな。やっぱあいつも矯正してやった方がいいんじゃないかな。
……とにかく、これ以上セツナの思考を暴走させるわけにはいかない。アンジェが魔法行使の準備を進めることはできているが、このままだと俺への歪な愛を加速させて、とんでもない方向へと思考を巡らせるかもしれない。
なんとかセツナの危険思想を加速させないような話題を出さないと。
「ねえ、セツナ、覚えてる? 昔のこと」
「何を? なんでも覚えてるよ。私にとっては、クロエちゃんやサツトと過ごした日々が、人生の全てだから」
「じゃあ、あの人のことは覚えてる? 私達の面倒を見てくれてた……」
「……あの、人? ……なんの話? 私の記憶にあるのは、私と、クロエちゃんと、サツトの3人で過ごした日々だけ。それ以外には何もない。私にとっては、2人が全てだったんだよ?」
どうやらセツナは、俺達の暗殺の師匠にあたる人物について、覚えがないらしい。それもそうか。あの人のことを思い出すということは、暗殺者時代を思い出すということであり、同時に、あの人に同業者を殺す暗殺者として生きていくように仕向けられた、裏切られたという意識がある以上、あの人のことを思い出しても、セツナの精神に異常をきたすだけだ。
だからこそ、セツナの精神を守るために、ネクロマンサーのベルはその記憶を消去したんだろう。
「覚えてないなら、いいよ。でも、セツナ。私をわざわざ魔族になんてしなくても、いいんだよ。そんなことしなくたって、私はセツナを見捨てたりなんかしない」
「そんなこと言ったって! 私は………裏切られた、あの時、私は………あ……れ……あの時って………なんだっけ………」
「怖がらなくてもいい。この世界は、すべてが不幸に塗れてるわけじゃない。皆が皆、信用できないような人間ばかりじゃない」
セツナは、暗殺者を殺す暗殺者だった。裏切りに塗れた日々にいた。だから、俺やサツトのことしか信用できなくて、依存してしまった。
けど。
「私は、たくさん出会ったよ。この世界で、私のために動いてくれる人に。私を仲間だと言ってくれて、私を友達だって言ってくれて、私のために泣いてくれて……ありのままの私を受け入れてくれた。そして、私のために、罪を背負ってくれた」
きっとセツナにも、そんな人がたくさんできるはずだ。
一歩踏み出して、人と触れ合い続ければ、きっと。
「嘘だよ。騙されてるよクロエちゃん! そんなの、嘘に決まってる! 信用できるのは私とサツトだけ! そいつらに騙されちゃ駄目だよ!!」
今はきっと、信用できないんだろう。
何もかもが疑り深くて、でも、その原因もわかんなくて、チグハグなんだろう。
だから……。
人と魔族が和平を結んだ、その先で。
争わなくて良い世界で。
たくさんの人と触れ合って。
「私やサツト以外にも、色々な人がいるんだって、そうやって、この世界に目を向けて欲しい」
「いやだ! いやだ! 私は! 私は! クロエちゃんじゃなきゃいやだ! サツトじゃなきゃいやだ! 他の誰も、代わりになんてならない!! 私は! 私は!!!」
「………いつか、私も、セツナちゃんの友達になりたいって思ってる。セツナちゃんが、クロエちゃん以外にも心を開けるように、私も手伝うから。だから、ごめんね、今は………」
おやすみ、そう言って、アンジェは今まで密かに作成していた魔法を行使して、セツナを眠らせる。
倒れ込みそうになるセツナを、アンジェはその腕で抱き止め支える。
「アンジェ、無事でよかった」
「私は仮にも王族だからね! こんなところでへこたれていられないよ」
「それと、アンジェは1人で魔王のいるところまで行って欲しい。東の国の王族として、和平を結ぶ場には立ち会った方がいいし。私は今からセリカの援護に入るから、一緒には行けないけど」
一応勇者が3人いるが、それでも王族に対しては王族が接する方が良いだろう。南の国、西の国、北の国の王族こそいないが、だからこそ、東の国の王族であるアンジェが、各国を代表して和平を結ぶべきであると、俺は思う。
「うん、わかった。私は、私の務めを果たすよ」
言って、アンジェは先ほど優斗達が通っていた通路に向かって駆け足で向かい出す。
さて、あとは……。
◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●◯●
「セリカ! ごめん、待たせ……って……」
「ベルなら、もう仕留め終わったわ」
はやっ!
俺の場合はアンジェもいたからなんとか場をおさめれたけど、セリカの場合は単独でベルを相手しなければならなかったし、ベルはネクロマンサーだから、ベルの操る死体達の相手もする必要があったはずだ。なのに……。
「ま、私の大剣にかかりゃ、こんなもんよ」
「脳筋ツンデレデカパイヒロインが……!!」
そうだった。勇者パーティっておかしいんだった。西の国での戦いは大敗だったから忘れてたけど、この世界の基準で考えたら勇者パーティの面々は皆バグレベルの性能をしているのだ。
「ベルと話し合おうにも、やっぱり今のままじゃ駄目みたいね。まずは、魔族と人類の対立を取り除かないと。そうでもしないと、対話することすらできないから」
「うん。優斗達が上手くやってくれていると良いけど……」
「ま、ちょっと遅れるけど、私達も後を追いましょうか。案内人がいないから、迷っちゃいそうだけど」
「ちょっと待ってね。2人を拘束して………。これで、しばらくは動けないはずだけど」
といっても、セツナは普通に拘束を破ってここまでやって来てるからなぁ……。
安心はできない。
となれば……。
「セリカ、俺はここに残ってセリカとベルを見張っておくよ。万が一、魔王との謁見で妨害でもされたら大変だし」
「…クロエ1人じゃ心配よ。私としては、2人を連れて優斗達と合流する方がおすすめだわ」
うーん。確かに、そっちの方が安全か。
「確かにそうかも。じゃあ、2人を運ぶの手伝ってくれる?」
「了解。ほら、脳筋もたまには役に立つでしょ?」
「先程は舐めた口聞いて申し訳ございませんでした……」
といった具合に、俺とセリカはセツナとベルの2人を抱えて、優斗達と合流することにした。
道中、かなり迷ったのは、内緒である。




