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刹那にかけて

セツナと向き合う。セツナは、暗殺者を殺す暗殺者だった。無抵抗な貴族を暗殺していただけの俺とは違い、暗殺のプロを暗殺で上回らなければいけない暗殺のプロの中のプロだったのだ。


セツナを見据える。セツナと戦う上で、一番気をつけなければいけないこと、それは、セツナを見失わないこと、だ。


セツナは、誰にも気付かれずに人を殺すことができる隠密性が買われて暗殺者として働くことになった少女だ。

単に肝が据わっていそうとかいう理由で暗殺者にされた俺とは、持っている才能が違う。


師匠……あの人はそう呼ばれることを望んではいないだろうが、彼もよく言っていた。セツナはまるで、暗殺者になるために生まれてきたようだって。それくらいに、彼女の暗殺者としての才能はずば抜けていたのだ。


「警戒してるね。確かに私、かくれんぼ強かったもんねー。一度見失われたら、捕捉できないってそう思ってるのかな? よかった。クロエちゃん、私のこと、ちゃんと覚えてくれてたんだね、嬉しい」


「セツナ……、私達が争う必要なんて、きっとない。勇者パーティと魔族、それは相容れないものなのかもしれない。でも………優斗……勇者が言ってたんだ。もう誰の“殺し”もやりたくないって。きっと私達、分かり合える。だから……」


セツナの瞳から、光が消える。まるで、俺の言っていることが理解できないと言わんばかりに。先程まで元気溌剌とした様子で話していた少女の声は、一転して、深海のように底の見えない、ドスの効いた低い声になっていた。


「何を言ってるの、クロエちゃん。他人の言ってることだよ? 信用できるわけがない。だってそうでしょ? 他人は裏切る。同じ仲間だろうが、裏切りはいつかやってくる。私達にとって……私にとって、本当の意味で信頼できるのは、クロエちゃんとサツトだけ。他の奴らがいうことなんて、信用できない。クロエちゃんも、そうじゃないの?」


………確かにセツナは、暗殺者時代の記憶を失っているのかもしれない。しかし、セツナが暗殺者時代に培った価値観は、どうやら消えてはくれなかったらしい。

セツナは、誰も信用できなくなっていた。裏切りの重ね合い、暗殺者同士の殺し合いに身を投じていた彼女にとっては……仲間など、いつか裏切る存在でしかなかったらしい。


でも、まだ間に合う。セツナは、少なくとも俺やサツトのことは信頼してくれている。まだ、絶望的に間に合わないわけじゃない。


「セツナ、今はまだ、難しいのかもしれない。けど、きっと、いつかセツナにとって、他人が信頼できないものじゃなくなるよう、頑張るから……。だから、今だけ、私が敵になることを許して欲しい」


状況が状況だ。セツナのメンタルケアをこなしながら、魔王軍の襲撃を解決するのは、難易度が高すぎる。だから、セツナには申し訳ないが、一旦は彼女を退けることを目標に、セツナと対峙する。


少しだけ、周囲に意識を向ける。

………セリカとアルトは、上手いことオニンニクとやり合えているようだ。

優斗とカカエねえさんの様子は、ここからじゃわからないけど、上手くやってくれていることを願おう。


瞬間、セツナの姿が消える。しまった、と思ったがもう遅い。俺は一瞬にして、セツナの姿を見失ってしまったのだから。


もしセリカ達が負けてしまっていたら、なんて、そんな思考を一瞬でもしてしまったのが間違いだった。セツナに他人を信頼できるようにしようと言いながら、俺は勇者パーティのことを信頼しきれてなかったらしい。反省だ。


……うん。大丈夫だ。皆のことだ。きっと上手くやれるはず。だって、俺をどん底から救ってくれた、皆なんだから。


それに、姿を見失っても、俺はセツナのことをよく知っている。こういう時、セツナが取る行動は………。


「上!」


背後、がありがちと見せて、実は上。

セツナは天井を這い回る技術を持っているし、上からの奇襲が得意だった。天井が高いこの場所で、上からの奇襲を選ぶとは普通は思わないだろう。セツナじゃなかったら、きっと背後からの奇襲を警戒していたはずだ。


俺は短剣で、セツナの襲撃を防ぐ。セツナは驚いたような目をしつつも、はにかんで、嬉しそうにしている。


「クロエちゃんはやっぱり私のこと、よく理解してくれてるんだね。この攻撃を見破るなんて。私、今のは流石に防げないかもなーって思ってたから」


「確かにセツナはかくれんぼが上手かったけど、忘れたの? いつも誰がセツナのこと、見つけてたのか」


「えへへ、クロエちゃん、大好き。ベルは全員殺してから、手駒にする形でクロエちゃんを魔族側に引き込むつもりだったみたいだけど、大丈夫。そんなこと私がさせないから。私がクロエちゃんのことを殺すって言っておけば、他の奴らはクロエちゃんに手出しはしてこないから。だから、私の提案を受け入れて? 一緒に魔族になろ? そしたら、痛い思いはせずに済むから。ね、クロエちゃん」


そうか、勇者パーティを殺害して、自身の駒にする。ネクロマンサーなら、そういうことも可能なのか。恐ろしい力だ。けど、セツナはネクロマンサーの少年に操られているようには思えない。肉体が保存されていれば、死者の蘇生も可能なのだろう。ネクロマンサーの少年も、死者としてではなく、生者として、セツナを現世に呼び戻したということを発言していたようだし。


とんでもない能力だ。もしこの能力が、今まで俺が殺してきた奴にも使えたのなら、暗殺者時代を帳消しにできたのかもしれないな。まあ、別にもう、受け入れると決めたのだから、今更羨んだりはしないけども。


にしても、セツナの様子を見ていると、俺への好感度が異様に高い。依存に近いとも言えるかもしれない。信用できるのは俺とサツトだけと言っていたし、そうなってしまうのも自然なことなのかもしれないが……。


「セツナ、悪いけど、私は魔族になるつもりは一切ないよ。でも、セツナのことを諦めるつもりもない。私は勇者パーティの一員として、セツナと真正面から戦うつもり」


「そっか。やっぱり、勇者パーティが悪いんだ。私のクロエちゃんを誑かして……。許せないよね。昔は、私とクロエちゃんとサツトだけいれば、それで世界は完結してたのに」


セツナは淀んだ目で言う。まだ、彼女の精神状態は、完全には安定していないのかもしれない。いくら暗殺者時代の記憶がなくとも、壊れた精神の修復には、相応の時間が必要なんだろう。歪な形でトラウマを封じられたセツナは、歪な形で正常な状態を保っているのかもしれない。


……のどかな村でのんびりと過ごせれば、きっと次第に彼女の精神も回復していくんだろう。けど、魔王軍四天王なんて立場じゃ、精神の回復なんてできるはずがない。


「でも、よかった。勇者パーティの人達を殺すの、少し申し訳なく思ってたから。でも、クロエちゃんのことを誑かすような悪い奴らなら、死んでも仕方ないよね」


「セツナ、それは……」


死んでも仕方ない。そんな台詞、セツナに言ってほしくなかった。誰よりも優しくて、誰よりも人のことを思って、だからこそ1番に壊れてしまった、そんな、優しくて、天使みたいな子なんだ、本来のセツナは。


でも、この歪んだ状態が、セツナを狂わせてしまっている。

本当は誰かの死を望むなんてこと、セツナはしたくはないのだろうに。


絶対に止めなきゃいけない。セツナを、これ以上魔王軍の都合の良い駒でいさせてたまるもんか。


「セツナ、行くよ」


今度は俺から仕掛ける。

暗殺者時代に培った技術を、勇者パーティの一員としての、不殺の技術として使い方を改める。


「……幻覚! 闇魔法の応用だね!」


セツナほどではないが、俺も気配を殺すのは得意だ。だが、セツナはその分野において、おそらく世界で2番目に秀でている。俺の技術では、セツナに見破られてしまうだろう。だが、闇魔法を扱えば? 俺の気配を殺す技術に、闇魔法を重ねがけすれば、セツナをも欺く技術が完成する。


本来の俺ならば、闇魔法なんて扱えなかっただろう。これが扱えるようになったのは、マコと一緒にいたおかげだ。マコの近くで、誰よりもマコの闇魔法を見てきた。だからこそ成し得ることができた。


手始めに、隠密技術を用いてセツナのすぐ近くにまで移動し、彼女がその手に持っている短剣を没収する。


「うわっ、いつの間に!?」


「言ったでしょ、セツナには誰も殺させないって。殺しの道具なんて、絶対に持たせてやらないから」


「ふーん。でもね! 私の武器は一つだけじゃない!」


言って、セツナは懐から一つの短剣を取り出す。

やはり、一本だけではなかったか。


この距離だと、セツナの攻撃をかわすのは難しそうだ。セツナは攻撃の速度もはやい。目視してから避けるのは、たとえ勇者であろうとも不可能だ。なら。


俺はセツナの攻撃を、胸で受ける。

セツナの短剣は、俺の胸を貫いた、なんてことはなく。


俺の胸には傷一つ付くことなく、セツナの短剣を受け止めていた。


「は……? なんで? 巨乳で受け止めた?」


「巨乳ちゃうわ! こちとら晩年貧乳なんですー。機能性重視の体してるんですー」


まさか、レャシオの年にあんなものが売ってあるとは思ってなかった。

そう、セツナの短剣を受け止めたのは、下着だ。


実は下着店に寄った時、アンジェがこっそり俺の下着を買っていたらしく、ドレスに着替える際に渡してきたのだ。


『お揃いの下着! クロエちゃん、あんまり派手なの好きそうじゃなかったから、機能性重視のやつで!』


なんて言いながら、魔法で加工された、防刃仕様の下着を渡してきた。

あんなに純真な目で見つめられたら、当然断れるわけもなく、その場で着用したのだが、こんなところで役に立つとは。


ちなみにお値段は結構したらしい。まあ、今セツナの短剣を受け止められているこの状況を見れば、流石に高い値段にも納得せざるを得ないが。


ただ、この下着を渡された後、おしゃれなお揃いの下着を買う約束を取り付けられてしまった。ついでに下着の着せ替え人形をする約束も。

別に約束を反故にしてしまうこともできたのだが、あんな純真な子を裏切れないというのと、たった今アンジェに渡された下着のおかげでセツナの攻撃を受け止めることができたという事実のせいで、なんとしてでも約束を果たさなければいけなくなった。


「さて、この短剣も没収させてもらうよ」


俺はセツナが手に持っていたもう一つの短剣を没収する。

そして、セツナがもう逃げられないよう、その右手を掴みこむ。


「あはは! 武器取られちゃった。でもねクロエちゃん、私は魔族になってから、魔法を扱うようになったんだ。だから、武器がなくたって、私は戦えるんだよ? なんでか分からないけど、クロエちゃんよりも私の方が強いみたいだし、クロエちゃんじゃ、私を倒せないんじゃないかな?」


明るい声で、セツナは言う。確かに、暗殺者としての技術はセツナの方が上だし、魔族の方が人より魔力保有量は大きい傾向にある。


でも、そんなことはじめからわかってる。

もし、俺が本当にセツナに歯が立たないのなら、最初から優斗に俺とセツナをマッチングさせるよう誘導させることはしない。


ちゃんと、セツナの無力化の手段は、持っているんだから。


「ごめん、セツナ」


「へ? クロエちゃん、それって…」


ぷすりと、少女の首筋に、一本の針を刺す。


注射だ。睡眠薬入りの。


俺は、筋力においてはセリカに劣る。優斗やアルトにだって勝てない。

魔法においては、カカエねえさんどころか、マコにさえも届かない。

身体の耐久性だって、他の皆と比べたらそこまでない。魔法で防御できるアンジェの方が、まだ攻撃への耐性があるだろう。

エレナさんのように、回復手段を持っているわけでもない。


俺にあるのは、隠密性と、暗殺者時代に培った技術の数々だけだ。


だが、勇者パーティとして働く以上、敵を倒す必要が出てくる。そんな時、俺の非力な力じゃ、敵を倒す決定打にはなり得ないだろうし、もし俺の隠密性と、身につけた技術、それを見破られれば、俺は一瞬にして敗北してしまうだろうし、長引けば長引くほどそのリスクは高まっていく。


そんな俺の身を案じてか、カカエねえさんが事前に俺に持たせておいてくれたのだ。

カカエねえさんが独自に調合した、即効性の睡眠薬入り注射器を。


本来はこの注射器を、俺の隠密性を利用してこっそり敵に刺して敵の無力化を図る、という使い方を想定していたみたいだが、今回はセツナに俺を殺す気が一切なかったおかげで、セツナを拘束して直接刺すことができた。


セツナはすぐにバランスを崩し、床に倒れていく。

しっかりと受け止めて、ゆっくり床に寝かせておく。倒れた時の衝撃で、怪我でもしたら可哀想だから。


「さて、これでセツナの無力化はできた。あとは皆がどうなっているか、だけど………」


バルコニーの様子を見てみる。そこには……。


「カカエ、ねえさん……?」


優斗とカカエねえさん、2人で対処すると言っていた。なのに、バルコニーにはカカエねえさんが倒れ込んでいて、優斗の姿はどこにも見当たらない。


「そ、そんなはずは……」


周囲を見ると、アルトもやられてしまっている。すぐ近くには、オニンニクも倒れ込んでいる。

……相討ちには持って行けた、というところだろうか。


「そうだ、エレナさんとアンジェは……」


「仮にも僕は『十拝臣』。魔王軍における将軍としての地位を確立してるんです。ネクロマンサーとして、死体を使役することがメインの仕事ではありますが、僕自身が戦えないとは言ってないんですよ」


赤髪の少年の前に、倒れ伏している聖女と王族の姿があった。

2人は、やられてしまったらしい。


オニンニクは討伐できた。でも、『十拝臣』の少年と、外にいるドラゴンの四天王の討伐は、おそらくできていない。


こちらに残る戦力は、トイレで不在のマコと、オニンニクに勝利したものの疲弊しているであろうセリカ。それに、現状どうなっているのか分からない優斗、といったところだろう。とりあえず、セリカと一緒に、目の前の『十拝臣』の少年をなんとか相手しないと…。


「セリカ! 2人でネクロマンサーと戦おう! 他の皆はやられてる! 私達でなんとかしないと!」


「そんな……嘘……よ……」


だが、セリカはネクロマンサーの少年を見て、ピタリと硬直してしまっていた。


「そんなはずない……だって……だって……ベルはあの時………」


「セリカ……?」


セリカの様子がおかしい。いつもの、優雅ながらも過激で元気なセリカの姿じゃない。

一体、何が彼女をそんな風にしているというのか…。


「ああ、やっと僕に気付いてくれた。嬉しいな。ずっと会いたかった。この日を待ち望んでいたんだ。ずっと、ずっと、僕の胸を支配していたんです」


「なんで、貴方が………」


「久しぶりです、姉さん。愛しています。心の底から、誰よりも」


まさ……か……。


「なんで……どうして魔王軍になんかなってんのよ! ベル!!」


ネクロマンサーの少年が、セリカの、弟……?

Tips:セリカには兄が2人、弟が1人、妹が1人いる。

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